あの日を忘れない

見えたのは 真っ白な天井だった。
こういうの、前もあった。
そんな、呑気なことを考えながら、体を起こす。
枕元の化粧台には 花が飾られていた。
俺は、何をしていたのか。
体はどうしてこんなに重たいのか。

「入るぞ」

ノックの音と開いた扉。
その先にいた彼が目を見開いた。

「血郷、、」
「俺のこと名前で呼んでたっけ?」
「んなこと、どうでもいい!!」

爆豪は俺に駆け寄って、俺を力一杯に抱きしめた。

「よかった…」

らしくない。
そんなキャラじゃなくない?
そんな言葉は 言えなかった。
彼が、泣いていたから。

俺は2週間近く眠っていたらしい。
オールマイトの引退やオール・フォー・ワンが捕まったこと、学校が寮制になること。
俺の知らないことがたくさん起きているようだった。
彼と話しをして、あの日のことは思い出した。
オール・フォー・ワンが俺を転馬と呼んだこと。
弔が俺の兄であること。
もう、忘れたりはしない。
やっと見つけた 俺の大切なものだから。

「それから、お前の火傷…」
「火傷?」

1番言いにくそうに彼は言った。
顔に火傷の痕が残ったこと。
腕にも胸のあたりにも ケロイドやひきつれが残ったこと。
酷いところは皮膚の移植も行ったこと。
たしかに自分の腕は生々しい傷が残っていた。

「目が、覚めたんだな」

慌てた様子で入ってきたのは相澤先生だった。
爆豪といい先生といい、らしくない。

「よかった…」
「約束したじゃないですか。死なないって」
「…死にかけてた奴が、よく言うよ…」

生きててよかった。
先生は真っ直ぐ俺に、そう伝えた。

「みんな、心配してる。お見舞いにもきてるし」
「そうなんですね」
「特に、心操がな」

人使…。
そうか、彼も。

「きっとみんな喜ぶよ。そんで、盛大に怒られてこい。」
「はい。あ、そうだ。俺、退院はできるんですか?」
「…一応、入院治療は済んでる。今後は 通院は必要になるが 退院はお前の調子が良さそうなら今日でもできる」

だが、退院はさせられないと先生は言った。
理由がわからない。

「まだ、ヒーローを目指すのか…?」

先生のその質問に 爆豪も驚いていた。
どう言う意図の質問なんだろう。
怪我をした俺の身を案じて?
わからない。

「元々、そこまでの意思はなかっただろ。ずっと、迷ってた。こんなんになってまで、まだ…ヒーローを、目指すのか」
「目指しますよ」

やらなくちゃいけないことがある。
ステインに、会うこと。
そして…

「俺が、やらなきゃいけないんです」

転弧兄さん。
待っててね。
俺にしか、できないことだから。

「…そうか。じゃあ、退院の手続きをしてくる」
「ありがとうございます」

先生が出て行って、爆豪は紙袋をこちらに差し出した。

「着替え。結構前に 持って来た奴」
「…爆豪の?」
「お前の家 しらねぇから。しょうがねぇだろ」

ありがとう、とそれを受け取り 服を脱ぐ。
視界に入った痛々しい体。
爆豪も顔をしかめた。

「どんな戦い方すりゃ、こんなになんだよ」
「…覚えてないな」

荼毘との戦い。
多分、冷静ではなかった。
あの火事のせいで。
死にに行っているような そんな戦い方をした。
あの日、死ねなかったから。
あの日と同じような炎で死のうとしてたのかもしれない。
けど、よかったよ 生き延びて。
初めて 生きててよかったと 思ってる。

爆豪の服を着て 立ち上がる。
体が随分と重たかった。
筋肉も落ちたし、鍛え直す必要がありそうだ。

「蛟。許可が出た。医者の診察終わったら家まで送る」
「じゃあ、俺は 帰るわ」
「ありがとね、爆豪。また学校で」

無理すんなよ、と彼は言った。
あんなに素直な爆豪 もう二度と見れない気がする。

病院の前に止めてあったタクシーに乗り込み、一度学校に寄るぞと 彼が言った。
学校の前には見たことのない建物が建っていて それが寮だと教えてくれた。

「明後日、みんな入寮する予定だ」
「そうなんですね」
「親に許可を取りに回ったんだが、お前は?どうする」

入りますよ、と答えれば そうかと 彼は目を逸らした。

「許可取る親もいないですしね」
「エンデヴァーさんからは 一応許可をもらってる」
「アイツは いいです。気にしなくて」

学校に来るのも 久々だな。
連れていかれた先は 保健室だった。

「治せるか、婆さん」

先生は俺を椅子に座らせて そう言った。

「…厳しいねぇ」

リカバリーガールが俺の火傷に触れる。

「大丈夫ですよ、治らなくて」
「けど…」
「醜いですけどね。いいんです。あの日のこと、一生忘れないためにも」





変わった。
それが、目を覚ました彼の印象だった。
迷わずヒーローになると言ったことや言葉の雰囲気。
久々に会話をするからかもしれないが、どこか違って感じた。

「蛟くんが来ているって、聞いたんだけど」

そう言って保健室に入って来たのはオールマイトさんだった。
引退のことは、爆豪から聞いているとは思うが。
彼は特に変わった様子もなく こんにちはと笑った。

「もう、大丈夫かい?」
「はい。すっかり元気です」
「…それなら、よかった」

元気と言われようが。
大丈夫と言われようが 目につくんだ。
この酷すぎる火傷が。

「嫌なことを思い出させるかもしれないんだけど。一つだけ、いいかね」
「いいですよ」
「オール・フォー・ワンに 何を言われたんだい?」

爆豪からの証言にあった。
奴が蛟を抱きしめ、何か話していたと。
蛟は、首を傾げ笑った。

「君に会いたかったよと、言われました」
「え…」
「俺が敵連合に 欲しかったみたいです。爆豪のスカウトは弔の意思で、俺は その人の意思で スカウトされてました」

なるほどね、とオールマイトは頷いた。
蛟を欲しがる理由はなんだ?
体育祭でも 爆豪ほど目立つことはしてなかったし。

「どうして蛟くんなのかは、言ってたかい?」

その問いに彼は少し俯いてからこちらを見た。
そして、先生ならわかりますよね?と笑った。

「…アテネ育児院のことか」
「はい」
「アテネ育児院!?」

オールマイトさんも知ってますよね。
ヒーローの中ではそこそこ有名みたいですし、と彼はニコニコ笑いながら話した。

「俺がそこの生き残りだから。欲しいと 言ってました」
「……辛いのに、ありがとう」
「いえ。オールマイトさんもお疲れ様でした」

時代は移ろいましたね、と彼は小さな声で言って椅子から立ち上がる。

「家、帰ってもいいですか?」
「そうだな。それじゃあオールマイトさん また」
「気をつけて帰るんだよ」

学校で保管していた荷物を彼に返せば 少なくなってしまった血の瓶を揺らした。

「殆どが流れてしまって 回収しきれてないんだ」
「いいですよ、これだけあれば。また、集めます」

再びタクシーに乗り、向かった彼の家。
何もないですけど、入りますかと 鍵を開けた彼は言った。
6畳のワンルーム。
あるのはソファベッドとテーブル。
そして、散乱した 注射器や薬剤。
新聞や雑誌だった。

「何もないな」
「…なんも、いらないので」

彼はテーブルの上の開きっぱなしだった分厚いファイルを閉じ、新聞とかをまとめていく。

誰もいない。
何もないここに 彼を置いていくのは 不安がある。
もし何かあった時、誰が気づいてやれる?

「…荷物まとめて。今日 寮に入れ」
「え?」
「荷物まとめるのは、手伝う」

もう、手の届かない場所には行かせたくない。
この掌から 命がすり抜ける。
そんな恐怖をもう、味わいたくなかった。



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