ヒーローを諦めろ
「血郷!!」
あぁ、そんな。
泣きそうな顔しないでよ。
次の日、俺が連絡をしたのは 人使だった。
A組のメンバーには明日の入寮で会うしいいだろう、とLINEで退院したことだけを伝えた。
沢山返信はきたが、めんどくさくて返していない。
学校からは出てはいけないと 先生に言われた為 彼がわざわざ学校に来てくれたのだった。
抱きしめられた体。
泣きそうな顔じゃなくて、泣いてるな。
震える彼の頭を撫でながら、ごめんね と呟く。
「死ぬんじゃ、ないかって。もう目を覚まさないんじゃないかって。思って」
「…心配させてごめんな。ただいま、人使」
「よかった…ほんとにっよかった…」
前よりもがっしりとした体。
俺が眠っている間も 頑張っていたんだろう。
「顔見せて」
「っん、」
「あーもう。涙でどろどろ」
涙で濡れた彼を手で拭えば 彼は俺の顔に触れた。
「痛くない?」
「痛みはないよ。醜いでしょ。あんまり、見ないで」
「…そんなこと、ない」
そんなこと思うはずない、と呟いて 人使は俺の火傷で爛れた頬を大事そうに撫でて引き寄せられるように口付けをした。
俺と目が合い我に返ったのか、みるみるうちに真っ赤に染まった 彼の顔。
眼に浮かぶ涙は 悲しんでいたからか 恥ずかしさからかは もうわからない。
「かわいい」
「うるさい」
「自分からしたのに、照れてるの?」
うるさいな、と彼は顔を背けた。
「醜いなんて…言うから」
「ごめんね。大丈夫だよ。ありがとう」
もう一度彼を抱きしめてから 笑う。
「ありがとう、人使」
「んっ」
やっと彼が落ち着いた頃には彼の目は真っ赤。
泣きすぎじゃない?と笑えば 無言で叩かれた。
「笑顔を見せてよ 人使。泣き顔ばっかじゃ、悲しい」
「無理。笑えない」
「えー」
涙を擦る彼の手を掴んで、もっと赤くなっちゃうからダメ と伝える。
「血郷…」
なんで、かわいいって思うんだろう。
人使のこと。
髪の毛がふわふわだから?
顔か?
泣いてるから?
わかんないけど、どうしようもなく かわいい。
赤く腫れた彼の目に 彼のように口付けをする。
固まってしまった彼が 何か言葉を紡ごうと口を動かすが 音にはならない。
そんな彼の頬に追い打ちをかけるように口付ける。
見開かれた目。
だが、目を泳がせてから ゆっくりと彼はその目を閉じた。
ほんの数秒の頬に触れていただけ。
だが、彼は真っ赤な顔して俺にもたれて 力一杯俺を抱きしめた。
「馬鹿」
「怒ってんの」
「怒ってる」
誰にでもこんなことすんのかよ、って言葉にどうだろうと 答えれば 彼はこちらを見つめた。
「他の奴に…やるなよ」
「わかった。人使がそう望むなら」
「なら、いい」
彼がやっと 笑った。
安心したように、そして 嬉しそうに。
「ひーとし」
「なんだよ」
「笑ってて。これからも」
なんだそれ、って彼は笑う。
この笑顔。
俺はあと何度、見ることができるのかな。
ヒーローを目指せば。
生きられる保障はない。
俺も。
そして、彼も ヒーロー科へ来れば巻き込まれるかもしれない。
それでも、ヒーローを諦めろなんて 言葉は言えなかった。
君を守るよ、必ず。
この命に代えても、守り抜く。
もう、大切なものを 失ったりはしないから。
▽
次の日。
早速病院に行くことと事情聴取を受けることが決まった。
退院してすぐなんだけど、と言えば それで悪化してないか見るだけだから と先生は言った。
「1人で行っていいんですか?」
「だめだ」
「…ですよね」
先生は今日、クラスの人達を寮に迎え入れる為手が離せない。
「だから今日の付き添いは …オールマイトさんだ」
「ああ…引退して、暇なんですね?」
「違ぇよ」
タクシーの中、オールマイトさんは俺の身を案じた。
痛々しい火傷の跡は長袖を着ても 見えてしまう。
「辛かったね」
「…それは、爆豪に言ってあげてください」
多分俺よりも、彼の方が今回のことは重く受け止めている。
病室に来た彼を見て、そう思った。
「俺は まぁ醜い姿にはなりましたけど、探していたものを見つけたんです」
「探していたもの…?」
「はい」
俺は笑う。
やっと見つけたんです、と。
少し傷の入ったネックレスを握りしめて、オールマイトさんの方を見る。
「だから、俺は大丈夫です。オールマイトさんは、オールマイトさんに憧れてきた子達を特に…気にしてあげてください」
「君は…どうしてヒーローに?」
「俺ですか?俺は、最初は ただ流されて ここに来たんです」
目標もなかった。
ただ、人らしくなるために やってた。
「けど、俺のヒーローに出会ったんです。彼みたいに、なりたい。」
「そうか…」
「それに、兄さんのために…ヒーローにならなくちゃ」
兄さん?とオールマイトさんは首を傾げた。
「お兄さんが、いるのかい?」
「はい。俺の大好きな 兄です」
▽
蛟くんの付き添いを終え学校へ戻った。
相澤先生に 蛟くんの資料が見たいと伝えれば 怪訝そうだったが 持ってきてくれた。
「蛟がどうかしましたか?」
「彼、お兄さんはいる?」
「兄?…いや、いないと思います」
空白だらけの個人情報。
アテネ育児院でのことも、何も記載はない。
「タクシーでね。お兄さんのためにヒーローにならなくちゃ、と言っていてね…」
「そんな話は一度も…。あいつは、多分天涯孤独ですよ」
「…そうだよねぇ」
まさか、彼がアテネ育児院の出身だとは…。
だが、それだけで 本当に奴は目をつけるだろうか?
何か 引っかかっているんだ。
「アテネ育児院のこと…オールマイトさんは知ってますか?俺はまだプロになったばかりで」
「あぁ、そうだったんだね。あの事件は…謎が残ってばかりなんだよ」
あの育児院は 外部との繋がりが一切なく陸の孤島だった。
周りに民家もなく、発見が遅れてしまった。
「エンデヴァーが着いた時には 生き残った少年が1人。建物はおろか、遺体も焼け焦げて。身元を照会する術もなかった。そこにあったであろう記録も、全部焼けてしまってね」
「じゃあなんで、人体実験とか そういう噂が…?」
「その生き残った少年に温痛覚や感情がなかったこと。それと、自分のことを 被験体番号 0218 ブラッディと 名乗ったからだよ」
ちょっと待ってくれ、と相澤先生は顔を覆った。
「今の蛟くんは よく笑うし。その後の治療が良かったんだろうね」
「…違う」
「違う?」
あいつに痛覚は戻ってない、と彼は言った。
戻ってない?
「期末試験の時、あいつ。個性を使わずに戦闘してたって話聞いてますよね。あの時、あいつは舌を噛み切って、口から吐いた血で 俺の視界を奪ったんです」
「それが?」
「無表情で、ですよ。できます?舌を、表情も変えずに 噛み切るなんて」
ちょっと噛んだだけでも、痛いのに。
表情も変えずに 舌を噛み切った?
「…そうでなきゃ、あんな火傷負いながら戦闘なんて…できない」
「……アドレナリンとか、」
「緑谷はそれでどうにかしてる部分ありますけどね。蛟は戦闘が終わった後も 痛む姿は見せないですよ」
お互いの間に 沈黙が流れる。
もし、本当にそうなら…
彼がヒーローになるのは、危険すぎるのでは?
自分の身を守ることが、できないまま ヒーローになれば…彼は、必ず命を落とす。
「…ヒーローを、諦めさせることが…相澤先生にはできますか」
私の問いかけに、彼は何も答えなかった。
答え、られなかったのだろう。
私だって…答えることは できやしない。
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