故郷

11月も下旬にさしかかる頃。
あの事件に関わったメンバーが集められていた。
そして、ソファにちょこんと座る女の子。

「雄英で預かることになった」
「近い内にまた会えるどころか!どういった経緯で!?」
「いつまでも病院ってわけにはいかないからな」

俺はエリちゃんと関わってこなかったし、別にここに呼ばれる必要なんてなかったのでは?
今後関わっていくつもりだって、ない。

「蛟、少しでいいから 話してみないか?」

俺はそんな考えを知ってか、知らずか 先生がそう言って、困った顔をして笑った。
なんで困ってるのに、笑ってるんだろう。
俺が 彼女と話すことに何の意味があるんだろう。
そんな俺の疑問を抱きながらも、背中を押された。

「あの時、エリちゃんを助けにきてくれたうちの1人だ」

しゃがめ、と肩を叩かれ 言われるがままにしゃがめば ソファに座る彼女と目が合う。

「…エリ、です」
「蛟血郷……です」

差し出された小さな手を壊さないように握り返す。
この手は温かいのかな。
触れていることだけしかわからない、ゴムみたいな小さな手。

「何も、奪われてないの?」

小さく呟いた言葉に彼女は首を傾げた。
いや、奪われていないわけじゃないのか。
本来、普通に手に入れられたはずの平穏な時間を奪われて、彼女は痛みと共に生きてきたんだろう。
その痛みは、ない方が幸せだったのかな。
それとも、痛みを持ったまま平穏に戻れることが幸せなのかな。

「…悲しい?」
「どうして?」
「悲しい、顔」

彼女の小さな手が火傷で爛れた頬に触れた。
お兄ちゃんと 俺を追いかけてきた幼い少年少女を思い出す。
そして、あの子達の燃えた遺体の匂いを、思い出す。
チリッと火傷が引っ張られるような感覚がして、そっと彼女の手を離した。

「悲しくないよ」

そんな感情、俺は知らないのだから。

「エリちゃんは、幸せになれるといいね」

俺の言葉に彼女は不思議そうに首を傾げたが、こくりと頷いた。
立ち上がって先生の方を見れば何を言うわけでもなく、みんなを外へ促す。

「エリちゃん 親に捨てられたそうだ。血縁にあたる八斎會組長も長い間意識不明のまま。現状寄る辺がない」
「そんでね、先生から聞いたかもしんないけど個性の放出口になってる角。わずかながらまた伸び始めてるそうなんだ」

だから養護施設ではなく、雄英で預かることになったと先生は言った。

「教師寮の空き部屋で監督する。様子を見て強大すぎる力との付き合い方も模索していく。検証すべきこともあるし…まァおいおいだ」

忙しいだろうが顔を出して、という言葉に俺は何を返すでもなくそっと視線を伏せた。

「A組は寮に戻ってろ。この後来賓がある」

寮に戻ろうとする俺を 先生が呼び止め 他のメンバーを早く戻れと追い払うように手を動かした。

「どうしました?」
「…似てるか?自分に」

先生のその問いかけに、どうですかねと笑った。

「子供はあんまり得意じゃないんです」
「そうか、」
「けど、幸せになってほしいとは 思ってます」

俺の言葉に先生は目を瞬かせた。

「守られるべき、存在だってことは間違いないですから。今までの苦しみを忘れられるくらい 幸せに。笑ってくれればいいなと思ってます」
「…そうだな」





「ねぇ、校長先生」

未だに続く不眠。
通院が終わるはずもなく、同じ薬を何度も何度も貰いに行く日々。
眠れば、同じ夢を見て目を覚ます。
薬を飲んでも、血を抜いても それが普通になってきていた。
体にそれが馴染んだみたいな、そんな気分。

「どうしたんだい?」
「寄り道を、したいです」

車での通院。
いつも誰かしらが付き添いとして隣に座っていた。
今日は珍しく校長が座っている。

「構わないよ!どこへ行きたいんだい?」
「…アテネ育児院のあった場所へ」

校長はつぶらな瞳で俺を見つめてから、じゃあ行こうかと小さな手で俺の足をポンと叩いた。

「…どうして、今更あの場所へ?」
「みんなのお墓、あそこにあるって聞いたので」
「そうかい。きっと、みんな喜ぶさ。元気な君を見て」

そんなはずない、とは言わなかった。
車が止まって、降りれば強い風が頬を撫でた。

「少し、寒くなってきたね」

同じように降りた校長の言葉にそうですね、と頷いた。
相変わらず周りには何もなく、舗装された細い道が続く。

「一人で行ってきても、いいですか?」
「……1時間で戻っておいで。そうでなければ、迎えに行くよ」
「はい」

この細い道を俺は知っている。
草原を抜けて、林をくぐり 広がった景色。
まっさらな地面に墓石が1つ。
じゃり、と砂を踏む音が妙に耳に届く。
ここへ来るのは、あの日以来だった。
ゆっくり、ゆっくりと 進んで 墓石の前で足を止める。

「なんもないんだな」

墓石に刻まれたアテネ育児院という文字。
本当の彼らの名前は、燃えて消えた。
俺たちに与えられた ネームさえも遺されてはいない。
全て一纏め。
ここに眠る命の数を知るのはきっと俺だけなのだろう。
墓石にそっと触れて、目を閉じた。

蘇るあの頃のこと。
幼い弟妹達はみんな死んだ。
兄、姉と呼んだ 彼らは ここを卒業していった彼らは 何になったんだろうか。
生きているのかな。
生きているなら、どうして この場所のことを何も伝えなかったんだろう。

「…俺もか、」

知っている。
ヒーロー達が持つ情報が偽物だと。
あの日起きた真実を、俺だけは知っている。
けど誰にも話していない。

「……マザー、」

とある女性のこと。
俺たちから奪った張本人で、けれど俺たちを育ててくれた 母親のような存在。
俺は、俺たちはマザーのなんだったんですか。
マザーは何故、何を 恨んでいたのか。
何故、最後の最後で奪わなかったのか。

「あの時、奪えたはずなんですよ。殺せた、はずなんですよ」

生き残ったのではない。
残されたのだ。
俺だけ、貴女は俺だけは手にかけなかった。
貴女のことを思い出しながら、思うことがある。
今もわからないままの原点のような謎。
アテネ育児院は誰が 何のために 作ったのか。
その答えを知る方法は、もうきっとないんだろう。





「もしもし、」
『どうしたんですか、校長』
「蛟くん、帰るのが遅くなりそうだ。みんなにも伝えておいてあげてね」

は!?と焦る彼の声をぷつりと電話を切ることで遮断する。
車の中で1時間待ったが彼はやはり戻らなかった。
彼の歩いていった道を歩いていけば、拓けた土地にしゃがみ込む彼の姿。
手を合わせるでもなく、涙を流すでもなく。
彼は墓石の前でただ、目を閉じていた。

エンデヴァーが彼を保護してすぐに、彼から連絡があった。
温痛覚と感情を失った被験体だった少年をどう育てていけばいいかと。
ヒーローを目指すと決めたのは彼なのかエンデヴァーなのかはわからなかったが それならば雄英にと私が助言した。
監視の為ではないとは言えない。
あの事件はおかしな事が多すぎたのだ。
自分も人間に色々されてきた身。
だから、彼に同情するところもあった。
せめて、人らしく生きれればと願っていた。
感情は豊かになったが温痛覚はまるで最初からなかったかのように、彼に戻ってくることはなかった。
本当に、人体実験だったのか。
もしそうなら、何故彼は私のように人に恐怖を抱かないのか。
エリちゃんでさえ、人を怖がった。
それよりもきっと、恐ろしいことをされてきたはずなのに。

「蛟くん」

少し離れたところから名前を呼べば、彼はゆっくりと振り返った。
その表情は エンデヴァーに連れられて病院で見た彼によく似ていた。

「1時間経ったよ。そろそろ帰ろう」
「もう?…全然気付きませんでした」

すいません、と彼は笑う。
さっきの虚無が嘘のように。

「お話出来たかな?みんなと」
「一方的に、伝えただけですけどね。けど、来れてよかった」

彼は困ったように笑った。

「ここは、良いところだね。風が気持ちよくて」

丘になっているのか、墓の向こう側には海と地平線。

「そうですね」

目の下のクマは消えない。
くっきりと残るそれは、傷跡のようにも見えてくる。

「故郷かな?ここは、君の」
「第2の故郷ですね」
「…じゃあ、本当の故郷はどこに?」

私の問いかけに彼は内緒です、と悪戯をした子供のように笑った。
あの頃の彼からは想像できない表情だ。
あとは温痛覚が戻れば、きっと彼は素晴らしいヒーローになるだろう。

「今日のことはみんなには内緒さ!」
「はい」









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