墓標に誓ったこと
俺を慌てて呼びにきたのは爆豪だった。
「なに?どうしたの?」
「いいから、来い」
怖い顔してる彼が引っ張っていった先は一階のテレビの前。
画面には血塗れのエンデヴァーと脳無の姿。
パニックになった人たちの姿。
それを焦凍が真っ直ぐ見つめていた。
「轟…もう見てたのか」
「先生…!」
焦った先生の声も彼には届いていないらしい。
「ふざけんな…」
焦凍の声が微かに震えていた。
何だかんだ言って、彼にとっては父親。
歩み寄り始めた、家族。
だが、俺にとってはそれが問題ではない。
ちらりと視線を横に向ければ、爆豪と交わった視線。
言葉は無くとも、伝わったはずだ。
彼もその為に俺を呼んだんだろう。
『これが象徴の不在…!!』
パニックになった人たちを映しながら発せられたその言葉。
それを打ち消したのは 別の人の声だった。
『てきとうな事言うなや!どこ見て喋りよっとやテレビ!やめとけやこんな時に!あれ見ろや!!』
彼の指差した先、揺れる炎。
『まだ炎が上がっとるやろが。見えとるやろが!!エンデヴァー生きて戦っとるやろが!!おらんもんの尾っぽ引いて勝手に絶望すなや!!今俺らの為に身体張っとる男は誰や!!見ろや!!』
青年が画面に向かって叫ぶ。
彼にとっては、エンデヴァーがヒーローなんだろう。
画面が切り替わり映し出された脳無。
避難先へ迷わず進む脳無をエンデヴァーが追う。
そんな彼に追いつき、背中を羽で押したのはホークスだった。
『戦っています』
「親父…っ」
『身をよじり…足掻きながら!!』
見てるぞ、と焦凍が叫ぶ。
燃えて落ちていく脳無。
そして、黒焦げのそれの傍ら エンデヴァーは右手を突き上げた。
ふらふらと力なく 焦凍がしゃがみ込む。
それにみんなが駆け寄る中、俺は一歩二歩と画面に歩み寄る。
「荼毘…」
彼らの周囲を取り囲んだ青い炎。
燃やされた体が引っ張り上げられるような感覚と浅くなる呼吸。
肺に酸素が届かない。
これがきっと、苦しいって状態。
服の上からネックレスを握りしめる。
『敵連合!!荼毘です!連合メンバーが炎の壁を展開しエンデヴァーを囲い込んでおります!!』
カメラが荼毘にズームしていき、画面に映る彼の姿。
「あいつか…堂々と…どういうつもりだ」
そこに現れたもう一人のヒーロー。
画面の中の彼は何か喋って、あの黒い液体を口から吐き出して それに飲み込まれて消えていく。
AFOが使っていたはずの、あの個性をどうして。
誰が?
「血郷、」
爆豪が俺の肩を引く。
「なに?」
「いや…大丈夫なんか」
「平気だよ」
動き出したんだろう。
もう、誰かに守ってもらっているのもお終い。
自分の手で、自分自身を 大切なものを守る為に戦わなければいけない。
あの誘拐から 随分と周りに迷惑をかけたし。
弱いところをみんなに見せてしまったから。
もう、そんな姿は見せない。
墓標に、誓った。
もう、守られるだけの日々はやめにすると。
思えばこの半年。
特にここ数ヶ月。
人に迷惑をかけてきた。
大丈夫か?と無理はするなよ、と何度言われたことか。
それは俺が頼りないから、弱いからだ。
強くなる。
彼らと戦う為に。
過去と向き合う為に。
目的を、果たす為に。
それにしてもあの脳無、前と少し違った。
やみくもに何もないところで暴れず、人が避難した先を狙っているように見えた。
知性があるのか、誰かが操作しているのか。
あの黒い液体の個性も。
仲間が増えているのか?
狼煙を上げると言った割に静かだったのは仲間を集める為?
AFOを失ったからといって、衰えるとは限らないか。
▽
先生に私服で駐車場に来い、と言われて行ってみれば何故か焦凍がいた。
「えっと?」
「轟の家に行く。お前もな」
「え?いや、え?嫌です」
嫌でも来い、と後部座席に問答無用で押し込められ、発車した車。
焦凍も険しい顔をして俯いていて、何を喋るでもなく 窓の外を見た。
「…会うか、親父に」
焦凍の言葉に彼の方を見るが、俯いたまま。
「会わない」
「…そうか」
「焦凍は、会ってこいよ。…唯一の父親だろ」
返事はなかった。
数十分後、停車した車。
窓の外には見覚えのある日本家屋。
相澤先生と共に焦凍が車を降りて、お前もとりあえず来いと先生に腕を引かれた。
チャイムを鳴らせば、女の人が戸を開けた。
「おかえり、焦凍。先生、ありがとうございます。わざわざ外出許可を頂いて」
「いえ。時間は気になさらなくていいので」
「先生も上がってください」
女の人の誘いを先生は丁重に断って、彼の陰に隠れていた俺に視線を向けた。
「……血郷、くん?」
「えっと…お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げれば焦凍から話は聞いてるよと彼女は微笑んだ。
「あの頃はあまり話したことはなかったよね?」
「そう、ですね」
「…上がっていく?久々のお家だし」
大丈夫です、と首を横に振れば そう?と彼女は目を伏せた。
焦凍は何か言いたげに俺を見たが、静かに家の中に入っていった。
「…行かなくてよかったのか」
「関わったこと、殆どないんです。俺は、他の家族とは隔離されていたので。お互い気まずいです」
車の後部座席に戻れば、先生は外で猫と戯れていた。
そして、急にふつふつと血が沸騰し始めて 顔を上げる。
窓の外、エンデヴァーと目が合った。
窓をノックした彼が窓を開けろとジェスチャーをする。
それに素直に従い窓を開ければ、酷い顔だなと彼が笑った。
「自分の顔鏡で見てこいよ」
「…相変わらずだな、お前は。…荼毘という男、お前がこの家にいた事を知っていた」
「は?」
先生に聞こえないように、小さな声で彼が続ける。
「その火傷、荼毘がやったのか」
「アンタには関係ねぇ」
「……そうだな、」
俺が焦凍の家に預けられたことを知っていた、だと?
なぜ?どこで?
アテナでのことを誰か知ってるのか?
その後のことを、知っているのか?
「………血郷」
「なんだよ」
「あれは強いぞ。お前の体がどれだけ不利かは、もうわかっているだろう」
わざわざ言われねぇでもわかってる、と吐き捨てれば 彼は愉快そうに笑った。
「…変わってくれるなよ、」
「テメェは変われよ。ちゃんと父親やる気なら」
睨みつけてやれば 彼は何も言わなかった。
「家族の尻拭いは、家族がやんだ。アンタのことを、焦凍が背負うことになる。…自分の関係ないとこで起こった悪い事も、全て 家族に降りかかる」
「…わかっている」
「そーかよ」
じゃあな、とエンデヴァーは車から離れていく。
窓ガラスを閉めて、大きく息を吐いた。
「…家族の、責任だ…」
それが、普通なはずだよな?
▽
どんな会話を交わしたのかわからなかったが、蛟は俯いて両手で胸のペンダントを握りしめていた。
数日前、校長が彼をどこかへ連れ出したらしい。
行き先は教えてくれなかったが。
あの日帰ってきた彼も、寮の外でああしていた。
彼が倒れた日から。
いや、もっと前からかもしれない。
少しずつ蛟が変わってきている。
それがいい変化だとは、どうしても思えなかった。
目の下に蓄えた黒いクマ。
最悪の頃よりは薄くなったような気もするが、相変わらずそこにある。
薬も手離せない日々が続いているし、エンデヴァーさんの戦闘の中継の時もそうだったが敵連合への執着が凄い。
そして、恐らくヒーロー殺し ステインにも。
見つけてしまったアレを、問い詰めることができずにいた。
それに、オールマイトから聞かされた 兄 の存在。
最初から掴み所のなかった彼が、ますます姿を変えていっている気がするのだ。
「…どうしたもんかね」
目の前の野良猫がにゃーと鳴く。
野良猫を懐かせるよりも、難しい。
ポケットに忍ばせていた煮干しを揺らせば猫は目を輝かせ、とてとてと歩み寄ってくる。
煮干しを食べる猫の頭を撫でながら、溜息をつくしかなかった。
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