血の鎧
意外だった。
心操が来ることを誰よりも喜びそうな蛟は まるで他人かのような態度を見せた。
放課後の特訓とかで 今のスタイルを見たことがあったとはいえ、こんなに冷めた態度とはな。
「どうした?」
隣に立つブラドが俺の顔を覗き込み首を傾げる。
「何がだ」
「いや、険しい顔をしているからな」
蛟は今、何を考えているのか。
どんな気持ちでヒーローを目指しているのか。
訓練に打ち込む彼を 彼に関わる先生たちは褒め称える。
確かにみるみるうちに成長しているし、クラスで一番だと言っても過言ではない レベルにいる。
それくらい、彼は急成長を遂げている。
ただそれに比例して、彼はやつれていっている気がするのだ。
人ならざるものに、なっていくようか そんな風に見えていた。
「蛟の顔色が悪いな、と思ってな」
「あぁ…」
ブラドは複雑そうな表情を見せる。
俺よりも人の感情に同調するタイプだ。
きっと、可哀想だと思っているんだろう。
B組の生徒達の中にも 目の当たりにした あの顔の火傷を見て 顔をしかめた人たちが少なからずいた。
もしヒーローになれば彼はこれから先ずっとそういう視線を感情を、背負っていかねばならなくなる。
そう思うと、酷だなと 思わざるをえない。
「痛々しいな、あの火傷もクマも」
「…あぁ、」
画面の中、勝利を収めた心操を 彼はどんな気持ちで見つめているのだろうか。
▽
「えーではステージをちょっと移動させまして。次行くぞ!」
「第3セット 準備を!」
蛟はきょろ、と辺りを見渡してから 心操を呼んだ。
「どうしたの?」
「俺に個性かけてくんない?」
は?と固まる心操を他所に彼は何食わぬ顔で 早くと催促した。
「え、いや…何で?」
「10分間。個性使わずにいないといけないし、周りを知覚したくないから。目閉じろ とか命令しといて。その方が、リアルでしょ」
心操が判断を仰ぐようにこちらに視線を向ける。
「やっていいぞ」
「あ…はい、」
心操が蛟に個性をかけようとした時、爆豪が彼の名を呼んだ。
「どうしたの、爆豪」
彼に歩み寄って、耳打ちした何か。
蛟はニコリと笑って わかってるよと 答える。
「ごめんね、人使。お願い」
少し躊躇ってから、心操は「#n2#、」と彼のことを呼んだ。
うん、と返事をした彼の体から力が抜けて 目を閉じろと言う命令に従って 彼はその目を閉じた。
そして、始まった試合。
少し困っていた心操だったが、視線を画面に向けた。
まぁ、困惑するだろう。
自分が見てきた蛟血郷とは まるで姿が違うだろうから。
教師として接していても、感じる。
彼に対する 恐怖心。
彼のステインに対する執着心を知ったからか?
わからない、けど。
俺は 彼が 怖い と思っていた。
画面の中、轟の炎が強くなりカメラが熱に耐えられなくなったのが 画面が揺らぐ。
「蛟、1分前」
俺の言葉を聞いて、心操が恐らく個性を解いた。
ゆっくりと 立ち上がった彼が 目を閉じたままガスマスクをつけて 息を吐く。
「10秒前。5,4,3,2,…開始」
その一言を言った瞬間。
彼の姿はそこにはなかった。
そして、上空から聞こえた4発の銃声。
「銃!?」
血を弾帯で持ち歩き始めてから 彼が携帯するようになった武器。
殺傷能力のあるものではなく、索敵を効率的に行うための物。
燃え上がる炎は彼の目にも見えているだろう。
上空で数秒留まった彼は真っ直ぐその炎の中へ 飛び込んでいった。
▽
荼毘の炎よりも大きな炎。
「どうした すットロいぜ 轟ィイイァア!!あっちィイイ!!」
「お前も鈍くなってんぞ」
「遅くなってごめんね、焦凍」
攻撃を受け続けてフラついた焦凍を後ろから抱き止めて、鉄哲の攻撃を血で防ぐ。
「遅ェよ、血郷…」
「ヒーローは、遅れて登場するもんだろ?」
抱き止めた彼の意識は薄れて行く。
「…悪ィ、」
「いや、俺の出番残しといてくれてありがとう」
炎が消え、フラついた鉄哲が迷わず俺に飛びかかってくる。
それを避けながら 腕の中の焦凍をどうしようかと 考える。
確か、柔化させる奴がいたはずだから 血繭で何処かに隠したところで守りきれない。
彼が見つかれば牢屋に連れて行かれてしまうだろう。
「轟抱えながら 俺と戦う気かァァ!?」
「怪我人放り投げるヒーローが、どこにいる」
血で攻撃を防ぐが、それを突き破った拳。
パワー系はこういうことしてくるから 凄いよな。
鋭児郎にも時々破られるんだよな、血防壁。
「こんなもん効かねぇぞ!!?」
「そうみたいだね」
「操血はブラド先生の専売特許だ!!!お前じゃ、力不足なんだよ!!」
それは、どうだろうと マスクの下で俺は笑う。
抱き抱えていた焦凍を血繭に包み、自分の傍らに浮かばせる。
「確かに、あの先生は操血の個性でヒーローになった。担任を誇りに思うのは、良いことだろうね。けどさぁ?」
彼のパンチを今度は防壁なしで、自分の手で受け止める。
見開かれた彼の目に 俺はゆるりと首を傾げた。
「だからと言って、同じものと考えるのはやめた方がいい。使い方が 全く違うんだから」
手を掴んだまま顔面に叩き込んだ蹴り。
効かないぜ、と彼は言う。
「接近戦は 俺の土俵だ」
彼のパンチを防ぎながら、こちらも反撃をする。
だがやはり 彼を傷つけるにはパワーが足りないようだ。
鋭児郎とやってても そうなんだよね。
真っ向勝負で こちらの拳が届くことはない。
だが、それは彼とて 同じこと。
止めきれなかった拳が 頬を掠めた。
吹き飛んだガスマスク。
そして、ひび割れた朱殷の肌がポロポロと落ち、そして どろりと溶け出す。
頬に伝うそれを指でなぞり、朱殷に染まる指を舌で舐めとった。
「なんだ、それ…」
「1発も俺には届いていないよ、鉄哲」
顔全体を覆うそれは溶け出したところからまた固まり始める。
他の血よりも凝固しやすく調合した血液だ。
痛みに気づかぬ自分を守る鎧。
「ねぇ、死なないなら、どこまでやっても許されるんだろ?」
「は?」
「そっちのキノコの女の子もやってたことだし」
ひゅっと息が詰まる音がして、鉄哲が首を押さえる。
「爆豪に言われたんだよね。蘇生出来るなら、どこまでやってもいいって」
笑う俺を 彼は恐ろしいものを見るような目を向けた。
その目、俺は知ってるよ。
育児院を襲った敵も、そんな目をしてた。
「ここら辺に打ち込んだ銃弾は 索敵用の血液ではあるけど。小さすぎてさ、呼吸をする事で君らの体内にも入り込むんだ。君の中は今、俺の血液が充満してる。中から蓋をしてしまえば、呼吸すらもままならないだろうね。流石に、殺すようなことはしないけど」
喉で暴れる俺の血液で 上手く呼吸が出来なくなったのか、彼は膝をついて崩れ落ちる。
内側からの攻撃なんて、きっとされたことないんだろう。
「硬化っていっても、中まではできないんじゃない?」
まぁけどそろそろ、釣れるはずだ。
最優先は彼じゃない。
俺の索敵に唯一かからない相手。
「鉄哲はやらせないよ」
背後から聞こえた声と沈んでいく体。
「今度は 外さないぞ マッドマン!!」
それよりも後ろから聞こえた声。
「ナイス、飯田」
「蛟くん!」
「焦凍を頼む」
血繭から出した焦凍を 飯田が抱え込む。
振り返れば仮面の割れた骨抜の姿。
倒れそうな彼が 壁に手をつく。
「鉄哲!これ押せ!!」
どろりと溶け、倒れてくる建物。
「ブラッディは俺が!捕まえる!!」
意識がなくなるギリギリの状態だろう。
彼は俺にしがみつき、共に体が沈んでいく。
「悪ぃ、な。お前も道連れだ」
骨抜が力なく笑う。
「そういうの、一番困るな」
意識がなくなってから、反映されるまで多少の誤差はあるはずだ。
あれだけ大きなものに個性をかけているんだから。
「君も、眠ってて。鉄哲と一緒に」
血で首を締めて、気絶させ 自分の体を血で釣り上げ抜け出す。
そして、下敷きになっていた飯田を 引き摺り出した。
「大丈夫か?」
「すまない、助かった」
建物が硬化していく間一髪のところで飯田を助けられたようだ。
自分を犠牲にしてまで助けようとしてくれた焦凍を血繭に包み込む。
そして、気絶させた2人を血で拘束した。
「リアルスティールはいつの間に…」
「あの建物押されたタイミングで絞めた。骨抜を誘い出す為とは言え、長引かせすぎたわ。すまん」
「そんなことないだろう!?」
先に落としておけば、この建物の崩壊は防げたはずだ。
「飯田は2人を牢屋に。行けるか?」
「わかった。蛟くんは?」
「角取を止める」
焦凍はあまり動かすべきではないか。
血繭に包み込んだ彼を物陰に隠し、地面を蹴った。
「欲しいのは完膚なきまでの、勝利だ」
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