誰も知らない
12月下旬。
終業まであと数日。
外は随分と寒くなってきたらしい。
仮免取得後すぐに事件を解決したという爆豪と轟の元に取材が来ていたが悉く爆豪がやらかすらしくクラスの笑いのネタになっていた。
まぁ、爆豪は言葉にするのはあまり得意ではないだろうから仕方ないなと思わないでもない。
結局彼のようなタイプの人は行動で人を引っ張る方が向いている。
そして、気になるのは先日起こった泥花市での事件。
敵連合の関わりは取り沙汰されていないが、死傷者数は抑えられていても被害規模は甚大らしい。
『ヒーローの失墜を狙った計画的犯行と見られていますが街の声は非難が叱咤激励へと変化してきているんですよね』
緑谷の流すニュースからはそんな音声が聞こえた。
「見ろや君からなんか違うよね」
「エンデヴァーが頑張ったからかな!」
「楽観しないで!!」
勢いよくドアが開き、視線をそちらに向ける。
「良い風向きに思えるけれど裏を返せばそこにあるのは危機に対する切迫感!勝利を約束された者への声援は果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか!?ショービズ色濃くなっていたヒーローに今真の意味が求められている!」
Mt.レディ!?っと驚く緑谷と悲鳴を上げてすがりつく峰田。
インターン行ってから苦手なんだっけ…?
「特別講師として招いたんだ。お前ら露出も増えてきたしな。ミッドナイトは付き添い」
「今日行うのはメディア演習。現役美麗注目株がヒーローの立ち振る舞いを教授します!!」
「何するかわかんねぇが…みんなぁ!!プルスウルトラで乗り越えるぜ!!」
なんて意気込んだ彼らだったが、セットされたのはインタビュー用のステージ。
「ヒーローインタビューの練習よ」
緩いな、っていうのはみんなの共通認識だろうか。
唐突に始まったインタビューの模擬練習を眺めながら自分にも投げかけられるであろう質問の答えを探していた。
「技も披露するのか?インタビューでは?」
「あらら!ヤだわ雄英生。皆があなた達のことを知っているワケじゃありません!必殺技は己の象徴!何が出来るのかは技で知ってもらうの。即時チームアップ連携、敵犯罪への警鐘、命を委ねてもらう為の信頼。ヒーローが技名を叫ぶのには大きな意味がある」
Mt.レディの言葉にだから必殺技に技名をつけるように言われたのか…。
敵に事前に攻撃手段がわかるのは不利だと思ってたけど、その上で相手を倒せればそれだけの信頼にもなるんだろうな。
「今ヒーローたち皆、引っ張られてるんだ。No.1ヒーローに」
それが指すのはエンデヴァーのことだろう。
まぁ昔に比べれば見れるものになったんだろう。
俺への対応も以前に比べれば柔らかくなった。
「じゃあ次、ブラッディ」
「はい」
ステージの上、向けられたマイクと視線。
「素晴らしい活躍でしたね」
「ありがとうございます」
「ブラッディさんはどのようなヒーローを目指しているんですか?」
その質問に思い浮かんだのはステインだった。
「称賛や富、名声…そういった見返りもなく…誰かを救えるヒーローになりたいです」
「…素敵ね!けど、それでいいの?貴方にメリットはないわよね?」
メリットがあるからヒーローになったんですか?と首を傾げればMt.レディはそういうわけじゃないけれどと口籠る。
「もし俺が何か手にすることが出来るなら、居場所を下さい。皆さんの心の片隅でいいので、ブラッディというヒーローの居場所を。それだけで、俺は幸せです」
誰の記憶にも残らないということは、存在していないことと同意だ。
志村転馬も被験体番号0218 ブラッディも誰の記憶にも残っていない。
俺が生きてきた軌跡は誰の記憶にも残ってない、白紙の時間。
だから今度こそ、ヒーロー ブラッディは人々の記憶に残らねばならない。
そうでなければ、俺が過ごしてきた時間に何の意味も、ないのだから。
▽
授業中話した蛟の目指すヒーロー像。
それはやはり、ステインを彷彿とさせた。
部屋にあったあの資料の数から見て、随分と染まってしまっているようだ。
一度話をした方がいいのだろうか。
そうは思うが別に、憧れるくらい良いんじゃないかと思う自分もいる。
ステインに憧れる者が皆、道を外れるわけじゃない。
けど、アイツは…。
そんなことを考えながら、手元の資料に視線を落とす。
「これ何です?」
「突然インターン再開だなんて」
人の首元に体を埋めた校長に椅子があるでしょう、と声をかけたが意味はなかった。
「元々各事務所と我々の間で決めた自粛…様子見だったわけだが、今回なんと公安委員会からヒーロー科全生徒の実地研修実施を要請された」
「要請〜!?インターンをしろって言ってるのか!」
「うん…」
これって、とミッドナイトは資料をめくった。
「人手が足りなくなるって言ってる?このヒーロー飽和社会で」
「昨今増加している組織化した敵への対応学習を目的とし…泥花市ノ件デ何カアッタニ違イナイ」
「連合が絡んでるはず。なんでこう…ぼかしてる」
確かに。
公安委員会からの文書は妙に表面的だ。
真意は見えない。
「公安は何か重大な危機を嗅ぎ取ったんだろうね。ぼかすのは誰かに知られたくないから…。香山くんの言う通りこれ自体がメッセージのように感じる」
「そりゃあ学徒動員なんて大っぴらに言えませんよ。尋常じゃない」
「こんな事初めてです…」
何にせよ…と前置きをして校長は資料を机の上に置いた。
「危機に備えるのはヒーローの常さ。極力実績のあるヒーローたちにあたってみよう。冬休みの課題だな。皆はその後生徒に伝えてくれ…それと相澤くん。公安ついでに例のプログラムのー」
▽
その日は朝から雪が降っていた。
薄黒い雲から落ちる雪。
吐いた息は白い。
窓を開ければ少しだけ風が吹き込んでくる。
それに飛ばされそうになったプリントを抑えて寒い、と感じてもいない感情を吐き出した。
「インターンね」
先日配られたプリント。
そこにはインターン再開の旨が綴られていた。
「今回もファットさんの所かな。鋭児郎もそうだろうし」
エンデヴァーからは今回は受け入れると連絡はあったけど。
「入っていいか」
ノックの音と聞き慣れた声。
窓を閉めてドアを開けば赤いコスチュームに身を包んだ焦凍がいた。
「よう」
「あぁ、」
「何その格好」
サンタさんらしい、と彼は言って俺にも同じ赤いコスチュームを差し出した。
「俺の分?」
「そうだ。今分担して配ってる」
「…楽しそうだな、焦凍」
彼からコスチュームを受け取りながらそう言えば彼は不思議そうに首を傾げた。
「何がだ?」
「いや、別に。そう言えば、焦凍はエンデヴァーのとこ行くの?」
「あぁ。アイツから、学ばなきゃいけねぇこともあるしな」
エンデヴァーだけじゃなく、彼も変わったな。
こうやって家族になっていくのかな。
本来あるべき、家族の姿にいつかは彼らは戻れるのかもしれない。
「血郷は来ないのか、」
「行かないかな。ファットガムの所に行くと思う」
「…そうか、」
正直、エンデヴァーと俺の相性は今も悪いんだ。
あの人に感謝する部分もあるけど、結局彼を受け入れられはいないのだ。
1階に降りればもうみんなが揃っていた。
テーブルの上には豪華な料理が並ぶ。
クラッカーの音と共にメリークリスマス、という掛け声。
各々食事をしたり談笑したりする中、爆豪は1人赤いコスチュームを着ることなく部屋の隅にいた。
「食べる?」
取り分けた料理を片手に彼の元へ行けばヘラヘラすんな、と舌打ちをされる。
「標準装備、これ」
「尚更うぜぇ」
クリスマスといえど、話題はインターンのことで持ちきり。
ベストジーニストが行方不明になっている今、爆豪は行き先は決まっていないのだろう。
「お前、どこ行くんだ」
「インターン?ファットガムのとこかな」
「…クソ髪とか」
誰と行っても変わらないでしょ、と言えば何も知らねぇだろと彼は言った。
「……だとしても。じゃあ、来る?爆豪も」
「行かねぇ」
「でしょ?仕方ないよ。俺に合わせるのも、俺が合わせるのも違う」
俺を殺せ、と言ったことを彼はしっかり覚えているんだろう。
「…何かあれば情報は回る。例え緑谷でも、もう一人で馬鹿するようなことないだろ。その時に止めてくれればいいよ」
「そう上手くいくかよ」
「…俺は、殺されはしないから」
何の根拠があって、と彼は言う。
根拠なんかないけれど、恐らく。
アイツらは俺を殺しはしない。
俺を俺として、求めているから。
「お前に殺されやすく、立ち回りはするから安心して」
「…裏切る前提で話すな」
「ごめんごめん」
そんな会話をしていた時、寮の扉が開く。
俺たちと同じように赤いコスチュームに身を包んだ少女に緑谷たちは表情を綻ばせた。
「そういや…あれ、お前も関わってたんじゃねぇのか」
エリちゃんの周りに集まるインターン参加組を見ながら爆豪は言った。
「直接的な関わりはなかったから」
「…あっそ。お前さ、」
「ん?」
爆豪が何かを言いかけた時、後ろから無理矢理着せられた赤いコスチューム。
それに対して吠えまくる彼を見ながら苦笑をこぼした。
上手くなったものだ。
その場の空気に合わせて、感情を作ることも。
ヘラヘラしてんじゃねぇ!と俺に八つ当たりした爆豪にごめんごめんと呟く。
「血郷!こっち来いよ!」
鋭児郎が俺にそう声をかけ、手招きをする。
何も知らないだろ、と爆豪の声が聞こえた気がした。
確かに鋭児郎は知らないね。
「けど…知らないよ。お前もね、爆豪」
俺のことは誰も、知らないんだ。
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