アテネ

クリスマスも終わり、年末年始を目前とした日。
ヒーロー同伴の下、生徒たちは帰省が許されたし。
少しはいい気晴らしになるだろう。
そんなことを考えながらHRを終えて教室を出ようとすれば、俺を呼び止めたのは珍しくも爆豪だった。
彼は少し周りを気にしてから血郷のことなんだけどと呟く。

「帰るとこ、ねぇなら…うち来れたりしねぇか?」
「は?」
「神野の時、うちの親アイツに会ってて…。まぁ、アイツは意識はなかったけど。その時から結構気にかけてて…」

彼が気にかけるように蛟の方を振り返った。
エンデヴァーさんからも轟と共に帰ってきていいと連絡はきていたし、勝手にそちらに帰るものだと思っていたが…

「無理は言わねぇけど、」
「まぁ…本人次第だな…」

確かに以前の、轟の家に行った時の態度を見ると今回も断りそうだが。
だからと言って、爆豪の家にお邪魔するとも思えない。
アイツは…そういう施しを受け取るタイプでは無いだろう。

俺と爆豪の視線に気付いたのか、彼は首を傾げる。
静かに手招きしてやれば、彼はこちらに歩いて来た。

「どうしました?」
「帰省の件だ。爆豪の親御さんが一緒にどうかって言ってくれてるみたいでな。勿論、エンデヴァーさんからも帰ってきて良いとは言われてるが…」

蛟は爆豪に視線を1度向け、そしてこちらを向き直した。

「どちらもお気持ちだけ、受け取ります。皆が帰省する日、外出の予定があるので」
「ヒーローの付き添いは?」
「校長です」

校長…?
そう言えば以前も2人でどこかへ…?

「外出許可は校長が取って下さっていると思います」
「…そうか」
「気にかけてくれてありがとう、爆豪。けど、大丈夫だから」

彼はそう言って笑って、席に戻っていった。
爆豪は何か言いたげな目を彼に向けたが、珍しく大人しく視線を逸らした。

「…なぁ、爆豪」
「なんすか」
「蛟が目指すヒーロー像のこと…お前、何か聞いてたりしないか?」

俺の問いかけに爆豪は首を傾げた。

「別に…けど、多分憧れてる人がいる」
「憧れてる人?」
「あぁ、林間合宿くらいの時そんな話してた。ヒーローじゃねぇけど、アイツにとってはヒーローだって」

あぁ、やっぱり。
間違いなくそれはヒーロー殺し ステインだ。
聞いたの話じゃ脳無に連れ去られそうになった蛟をステインは助けている。
恐らくそこで、彼はステインに憧れを抱いた。

「なんで急に?」
「いや、気にしないでくれ。お前の親御さんにも、気を遣わせて申し訳ないと伝えておいてくれ」
「勝手にやったことだから、別に」

爆豪はそう言って、教室に戻っていった。

蛟は恐らく、隠しているだろうなステインのことは。
敵とはいえ、奴には思想があった。
そしてその思想は決して、間違ったものではなかった。
ただ、それを知らしめる方法を間違えただけで。
ヒーローの中に憧れを抱く奴がいるとは聞くし、頭ごなしに怒ってやめさせることではないのかもしれない。
だが、なんだろうこの胸騒ぎは。





「今度はお花も買ったんだね」

車の中、校長は俺の傍らにある話を小さな手で指さした。

「はい。以前は…手ぶらだったので」
「きっと喜ぶね」
「だといいんですけどね」

けどよかったの?と彼は首を傾げた。

「何がです?」
「エンデヴァーの所に帰らなくて」
「居候していただけですから。俺の帰る場所はあそこじゃない。…それに、やっと家族として動き出したんです。俺が邪魔しちゃダメでしょ」

邪魔になんて思わないと思うけど、と校長は言った。
きっと彼らも同じように言うだろう。
けれど、そうだとしてもあそこにいたいとは思わないのだ。

車はまた前と同じ場所に止まる。
一緒に車を降りようとした校長に寒いので中で待ってていいですよと伝えれば「じゃあお言葉に甘えて」と彼は答えた。

「どれくらい時間が欲しい?」
「…1時間で大丈夫です。また、帰ってこなかったら声かけてください」
「わかった。行ってらっしゃい」

花束を片手に車を降りる。
吹き抜けた風はきっと、冷たいんだろう。
小道を抜けて、景色が開ける。
お墓が1つ佇むはずのそこには、人の姿があった。
しゃがみこみ、手を合わせているのか丸まった背中。

ジャリ、と砂を踏む音が妙に大きく聞こえた。
その人は音に気付いたのか、ゆっくり振り返り、目を見開いたがすぐに微笑んだ。
記憶の中と、夢の中の何ら変わらない姿。
思考が止まる。

「ブラッディ……っ!」

声を聞いた瞬間、力の抜けた手から花束が落ちた。

「やっぱり、見間違いじゃなかったのね」

彼女は表情を綻ばせた。

本物?いや、そんなはずは…。
だって、間違いなくこの人は死んだはず…。

「雄英体育祭の映像を見て、びっくりしたの。生きてるとは、思わなかったから…」

あの頃、彼女の感情が俺はキラキラして見えた。
俺達が持っていない特別なもの。
そして、惜しげも無く向けられた愛情。

「…マザー…?」

感情は持っていなかった。
だから、これが正しいのかは分からないけれど。
俺は、俺たちは…彼女を本当の母親のように愛していた。

「まだ、そうやって呼んでくれるのね」

彼女の大きな瞳から、雫が零れ落ちた。

「会いたかったわ、私の可愛いブラッディ」

風が地面に落とした花束を揺らした。
それを拾い上げることもせず、彼女に歩み寄り差し出したハンカチ。
涙で濡れた目を丸くさせたが、彼女はそれを受け取って柔らかく微笑んだ。

「ありがとう、貴方は…あの頃と変わらず優しいのね」

触れた指。
温度は感じない。
けど、確かにそこにいた。

「…本物ですか、マザー。貴女はあの時、亡くなったはずじゃ…」
「助けてくれたのはブラッディよね?傷を治して、心臓を動かし続けてくれてた」

誰にも、伝えていないことだった。
俺と彼女しか知らないはずのこと。
この人は、本物なのか…。

「意識が戻った時、エンデヴァーに抱き上げられた貴方を見たわ」
「…間に合って、いたんですね…」

エンデヴァーに助けられ、俺は心臓を動かすのをやめた。
だから亡くなったものだと思っていた。
それに、生き残りは俺だけだと言われていたし…。

「…今まで何を?生き残りは俺だけだと聞いていました」
「貴方がエンデヴァーに連れられていった後、私は逃げたから。あの場にいたら…いや、生きていることが知られたら殺される」
「……殺されるって、誰に?」

貴方もよ、と彼女は俺の頬を撫でた。
あの頃も大切な話をする時には彼女はそうしていた。

「アイツらは、貴方を殺したくて仕方ないはずなの」
「なんで?アイツらって誰の事を…?」
「アテネを創った、そして…アテネを抹消することを決めた人達」

順を追って話しましょうか、と彼女は言った。

「アテネ計画…正式名称は、個性兵器 アテネ製造計画」
「個性兵器…」
「そう。アテネ育児院はアテネという個性兵器を作る為の工場だったの」

アテネ育児院は人の形をした従順な、意思のない兵器を作る為の場所だった。
そこで作られた兵器は暗殺や潜入捜査のような仕事を請け負った。
俺より先に卒業していった人たちも他国に送られたり、国内でそういう仕事をしていたらしい。

「感情があれば、裏切る。痛覚があれば、躊躇う。ロボットでは、馴染めない。だから人間を基盤に兵器を作った。けど、上手くいかなかったの」
「…痛覚がなければ、生死のボーダーラインがわからないから?」
「そう。特に重症や致命傷を負った時にね。彼らは撤退という選択を選べなかった。とても強力な兵器だったけど、諸刃の剣すぎた」

卒業していった子達で5年以上生き延びた子はいない、とマザーは言った。
アテネが無くなった時なぜ誰も情報提供をしないんだろうと思ったけど…。
しなかったんじゃなく、する人がいなかったのか。
本当に生き残ったのは俺と、彼女しかいないから。

「計画は失敗。1度白紙に戻すことになった。アテネ育児院の子供は、廃棄処分が決定した」
「廃棄処分…それが、あの日?」
「そう」

マザーは悲しそうに目を伏せ、墓標を振り返った。

「あの日、食事に睡眠薬を混ぜた。せめて、苦しまずに…死ねるように」
「目が覚めた時には、もう終わってたってことなんですね」
「えぇ。シナリオは、子供たちが寝静まった時に敵が侵入し、子供たちを殺害。そして、院に火をつけて証拠隠滅を図った。私は命からがら、逃げ出しそれを証言する。そう、聞かされていた」

けど、実際は違ったと彼女はあの頃と同じ憎悪の滲む表情。

「侵入してきた敵は子供たちを殺害。けど、最後の最後で貴方は目を覚ました。…薬、効きにくい体質だったのかしらね」
「…そうかもしれないです」
「あんな敵じゃ、貴方には歯が立たなかった。簡単に返り討ちにあって、貴方はその目で惨劇を見ることになった」

忘れることはないだろう。
安らかな顔をして寝る子供たちから溢れ出す赤色。
そして、連なる爆発と轟々と立ち上った炎。

「貴方が生きているのに、時限爆弾は爆発。…焦った敵は、貴方を殺すことを後回しにして先に私を殺すことにした。私も処分の対象だった。…そこからは、貴方が見た通りよ」

炎の中、貫かれた彼女の体。
敵を倒し、助けはしたけど致命傷だった。

「……元々俺たちを処分するつもりだったんですよね?なら、どうしてあの時俺を殺さなかったんですか?…俺の命を奪って、貴女が生き延びる道もあったはずだ」
「出来るはずないじゃない。信じて貰えないかもしれないけど…私は、貴方達を愛してた。…誰一人として、私は…この手にかけるつもりは…なかった。まぁ、廃止処分を止められなかった私にこんなこと言われてもって…感じよね」

ごめんなさい、ブラッディと彼女は頭を下げた。


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