信じるもの

「あの事件の、半年前…」
「え?」
「その時には廃棄処分が決まってたんですか」

顔を上げた彼女は何故それを、と目を丸くさせた。

「その頃から、貴方の表情に憎悪が見えた。それが、憎悪だと知ったのはもっと後の事ですけど」
「…反対はした。せめて、今いる子達だけは生かしてほしいって。けど、アイツらは保身しか考えてなかった。もし貴方達が反旗を翻したら?誰かにリークしたら?壊れると分かってる製品を残しておく必要もない。…アイツらはそう言って、」
「…誰なんですか、アイツらって」

後悔するわ、と彼女は言った。

「だとしても、知らないままってのは無理な話です。俺も狙われてるんですよね?」
「…確信は持てないけど、恐らく。今は雄英という強固な壁なあるから貴方に手出しは出来ないけど。外へ出ればきっと…」
「なら、尚更。知っておかなくちゃいけないですよね。自分の身は、自分で守らないといけない」

彼女は大きく息を吸って、震える手を隠すように握りしめた。

「…ヒーロー、公安委員会よ」
「え…?」
「アテネ計画を実行し、そして廃棄処分を下したのは…ヒーロー公安委員会…その、一部の人間」

ヒーロー公安委員会。
ヒーロー免許を交付するところか…。
もし、彼女の話が真実なのだとしたら俺は…自ら敵地に赴いているのか。

あの孤児院は金の巡りの良い場所ではあったし、あんなに大きな事件でも揉み消せるくらいだから権力はあると思っていたけど。
まさか、公安とはね。

「エンデヴァーは知ってますか?」
「エンデヴァー含めて、ヒーローはきっと知らないわ。公安の人間の私利私欲の為に作られたようなものだから」
「…そうですか」

駆けつけたのがエンデヴァーでなければ、もっと早い段階で俺が消されていた可能性もあるのか。
雑魚のヒーローなら、そいつ諸共消すことも出来たはずだ。

「けど、公安の狗がヒーローに紛れ込んでる可能性はある…」
「狗…」

雄英は強固な壁かもしれない。
けど、ある意味便利な牢獄。
雄英も公安とは繋がりが深いはずだ。
学内に彼女のいう狗が居て、監視されていてもおかしくはない。

誰かに打ち明ければ、その人も処分対処になる可能性がある。
エンデヴァー、校長、相澤先生にマイク先生…。
知ってることは少ないから大丈夫だろうけど、これ以上踏み込ませるのは危険だな。
いや、まずもって彼らが俺を狙う狗ではないという保証はあるのか?

そんなことを考えていればあの頃と同じように、彼女は俺を抱き締めた。
俺の方が大きくなった。
それでも、何も変わらない。
あの頃と同じ、優しさを感じる。

「ごめんなさい、ブラッディ…。私に、協力して欲しい」
「協力?」

震える手が縋るように俺の背に爪を立てた。

「…全員、殺したいの。私の平穏を奪って、私の子供たちを奪って、のうのうと笑ってるあいつらを…」
「マザー…」
「ごめんなさい、ヒーローを目指してる貴方に言うことじゃないって、分かってるけど。それでも、貴方にしかわからないはずだから」

手に握らせられたUSB。
震える手は大切そうに俺の手を撫でる。

「そこに全てが記してある。…返事は急がないから、よく…考えてほしい」
「……他に協力者はいるんですか?情報もそうだし、貴女の個性じゃ…難しいこともありますよね?」
「AFO…彼が、協力してくれていたの。アテネ崩壊の後、私を助けてくれたのも…彼だった」

咄嗟に彼女を突き飛ばしていた。
よろけた彼女から距離をとって、持ってきていた血液の瓶の蓋を開ける。

まさか、そこで繋がるとは思わなかった。
AFOはマザーと繋がっていたから、俺を欲したのか?
情報は彼女から伝わったのか?
志村転馬であることも?

「安心して、ブラッディ。…敵連合との繋がりはないわ。私は個人的に彼と取引をしていただけ。嘘じゃない」
「…あの人に、俺の出生を話したのはマザーですか?ブラッディの前。俺が…志村転馬だった頃のこと」
「え?いえ、それは私ではない。…私は院に来た後のことしか知らないの。…どうやってあそこへ来たのか…それより前、どう過ごしていたのかは知らない。そのUSBの中の個人データにはもしかしたら、入ってるかもしれないけど」

信じてほしい、と彼女は言った。

「なんて、…すぐには、無理よね。わかってるわ」

全てを知ってから、考えてと彼女は微笑みゆっくりと立ち上がった。

「…そろそろ行くわ…またね、ブラッディ。貴方に会えて良かった」
「マザー、俺は…」
「愛してる。私の可愛いブラッディ。私が貴方を、人にしてあげる」

頬を撫でて、彼女は微笑んだ。
大事そうに俺を見つめ、本当に愛してるわと呟く。

「またね、」

彼女が小道を進もうとするのを、引き止めれば不思議そうに首を傾げた。

「学校の関係者と来ています。…今行けば、見つかります」

時計を見れば1時間は経っていないが、随分と時間が過ぎていた。
地面に落としたままだった花束を墓標の前に置いて、両手を重ねた。

知りたかったことは知れた。
あとは、俺が捨てられた理由だけ。

「…マザー、俺は貴女に感謝してます。貴女がいたから俺は生きていられた。貴女に向けられた優しさを今も、忘れてはいない」
「…けど、奪ったのも私よ」
「貴女も間違いなく、奪われた側だから」

生徒手帳に書き殴った電話番号とID。
紙を破いて彼女へ差し出せば、目を丸くさせて俺を見た。

「今すぐ、出せる答えはないんです。ごめんなさい。けど、何かあったら…連絡をください」

震える手がそのメモを受け取り、大事そうに胸に押し当てた。
彼女はまた泣きそうな顔をしていた。

「涙脆くなりましたね、マザー」
「…貴方のせいよ?ブラッディ」
「今日は会えて、嬉しかったです。また、」

俺が戻って10分経ったら小道を進んでください、と伝えて背を向けた。





まるで夢のような時間だった。
もう二度と、会えないと思っていた。
知ることは出来ないと思っていた。
ずっと、知りたいと思っていたこと。

「個性兵器 アテネ…」

脳無と大差ないな、と呟いて笑った。
パソコンに差した彼女に託された。USB。
読み込まれたデータの中に個人データというファイルを見つけた。
0218というファイルを開けば幼い頃の俺の写真が表示される。

中身は個性の特性に始まり院での生活態度、成績、戦闘訓練の講評にまで至る。
だが、どれだけ読み進めても志村転馬としての記録は残っていなかった。

「…ダメか」

こうなってしまえばやはり、AFOに聞くか兄である死柄木弔に聞く他ない。
他の番号を押せば、懐かしい子供たちの写真。

「…全員、本当に死んだんだな…」

兄、姉と呼んだ人も兄と呼んでくれた子達も。
生きているのは俺とマザーだけ。
それでも、救われた気がした。

コンコン、とノックの音がして慌ててパソコンを閉じる。
はーい、と返事をしながらドアを開ければ、爆豪が立っていた。

「もう戻ってきてたの?」
「あぁ。外から電気着いてるの見えたからいんのかとは思ってたけど…」
「さっき帰ってきたんだ」

どこ行ってたんだ、という問いかけを笑って誤魔化せばヘラヘラすんなと足蹴された。

「まぁいいわ。飯、行くぞ」
「え?」
「どうせまだ食ってねぇんだろ」

歩き出した彼を追いかけ、隣に並べば一瞥だけして彼は前を向いた。

「爆豪って、信じるものってどうやって決めてる?」
「は?んなもん、信じてェもん、信じるに決まってんだろ」
「…爆豪らしいな」

マザーの言葉を疑っているわけじゃない。
アテネを作ったのが公安だというのなら、納得がいくことはたくさんあるのだ。
だが、もしマザーが連合と繋がっていたら?
俺とヒーローを仲違いさせる為に、公安を悪にしていたら?
そんな疑念が正直、消えない。

「じゃあさ、例えば…そうだな、オールマイトが。AFOを倒す為に悪に手を染めるって言ったら…どうする?」
「は?どういう意図で聞いてんだよ、それ」

彼の質問には何も、答えなかった。
その沈黙に彼は呆れたのか溜息をつく。

「俺が先にAFOをぶっ倒す。んで、オールマイトをぶん殴る」
「…爆豪はやっぱり強いな」
「当然。けど、それが他の人にとっても正しいかっつったら違ぇだろうな。クソデクなら説得して、2人で倒す道とか探すんじゃね?」

緑谷なら確かにそうしそうだな。
じゃあ、俺は?
罪を犯すマザーを、俺はどうしたいんだろう。

「…悪に手を染めたその人を裁いてやるのもある種、救いだろうし。一緒に悪に染まってやんのももしかしたら救いかもしれねぇ。ただそれが、世間一般の正しさとは限らねぇけどな」

爆豪と視線が交わった。
足を止め、真っ直ぐ俺を見つめた彼は「お前を殺すのだって…」と呟く。

「世間一般からすりゃ、間違いなく悪だ。けど、お前にとっては救いだろ」
「…わかりやすく、ありがとう」
「お前が後悔しねぇようにやれ。もし、本当に間違ってんなら、俺がぶん殴ってでも止めてやるし裁いてやる」

ありがとう、と返すことしか出来なかった。
俺はきっと、これから先爆豪に重荷を背負わせることになるだろうな。

まず本当なのか確かめよう。
もし、マザーの言葉が全て本当なら…その時は…。


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