たった3文字

「そういえば、蛟くんはいないんですね」

ヒーロー科生徒全員参加のインターンが始まったし、エンデヴァーさんに情報を伝えるついでに蛟くんに会おうと思っていたのだが、彼の姿はそこにはなかった。

「アイツはファットガムのところだ」
「え、そうなんですか?てっきりエンデヴァーさんのとこかと」

怪訝そうなエンデヴァーさんが何かを言う前に「血郷に何の用だ」と地に這うような声で俺を睨んだのは爆豪くんだった。
仲良いんだっけ?そういえば。

「個人的な用だよ」
「…血郷は貴方には用はないと言ってました」

連絡先も燃やしました、と焦凍くんが言う。
なるほど、それで連絡も来なかったのか。

「一方的な用だからさ」
「…アイツに余計なことすんじゃねぇよ。ヒーローだとしても、殺すぞ」

物騒なこと言わないでよ、と笑えば爆豪くんは舌打ちをした。

流石に知らないヒーローから連絡先を渡されたらそうなるか。
もっと早く接触しておくべきだったな。
戦線の事を伝えるわけじゃないから、別に監視されている分には問題ない気もするけど。
1度彼は誘拐されている身だし、もっと用心すべきだった。

あれこれ悩みながらも向かった大阪。
着いた頃にはもう日が暮れていた。





ほんの少し前。
爆豪と焦凍から届いたメッセージ。
そこにはホークスが俺を探していた、と書かれていた。
その日の仕事が終わり、初日だからと連れて行ってもらった食事。
騒がしい2人をよそに、俺の頭の中はその事でいっぱいで食事どころではなかった。

連絡先を渡してきたけど捨てたんだよね。
何の用があるのか、あの頃はわからなかったけど…。
もしかして、アテネの件か?
マザーのいう公安の狗?
いや、もしそうだったとして…どうする?

「どないした、蛟くん。口に合わへんか?」
「え?あ、いえ…凄く美味しいです」
「そんならよかった!2人ばっかに取り分けてないで、どんどん食べ!」
「ありがとうございます」

ファットさんがまた2人と話し始めたタイミングでお手洗い行ってきます、と席を立つ。

マザーに会ってから数日。
どうも集中しきれていない。
一旦忘れて集中しないとインターンにも支障が出てしまうな、と思いながらトイレのドアを開けようとした時だった。
背後に近く人の気配。
そしてそれは自分に向かって手を伸ばしてきた。

敵?公安?
狙われる理由なんて幾らでも思いつく。
護身用に持ち歩いていた血でナイフを作り、振り返りざまに相手の首に押し付けた。

「おっと、」

ナイフと首の間に浮かんだ羽。
びっくりした、と笑ったのはホークスだった。

「初めまして、蛟くん。凄い反応だね、気付かれると思わなかった」
「…何の用ですか」

何考えてるか分からない笑顔だ。
とりあえずナイフは下ろしてほしいかな、という言葉に刀血を解くことはせず手を下ろした。

「やっと会えたね。連絡先渡したんだけど、受け取らなかった?」
「…捨てました。俺の個人情報、知らない人に渡したくないので」
「俺、ヒーローなんだけどなぁ」

だからなんですか、と首を傾げてやれば、やれやれと彼は首を振った。

「警戒心が強いんだね」
「1度誘拐されてますし」
「あぁ、そっか。それでそんな傷を負ったんだっけ」

災難だったね、と彼は言った。

「貴方には、関係ないことです」
「…あれ、俺嫌われてる?ただ話をしたかっただけなんだけど」
「俺には話すことないです」

そんなことないんじゃない?と彼は首を傾げた。
そして彼は音にせず、口を動かした。
たった3文字。
だが、それが全てだ。

にっこり、と彼は笑って首を傾げた。

やっぱりそうか。
アテネの件で接触してきていた。
と、なれば俺を消すのはこの人か?
戦う?勝てるのか?
ヒーロー相手じゃ部が悪すぎるだろ。

「やっぱり君は、これでピンとくるものがあるんだ?この3文字に何の意味があるの?神話の女神だよね?」
「…アンタには、関係ない」
「アンタ呼びになっちゃったよ。まぁ、いいんだけど」

知らないふり?
それとも本当に知らないのか?
じゃあ、何故アテネの名を?

ナイフを握り直して彼の首に突き付けた。

「…知ってることを全部吐け。」
「言わなかったら?」
「………殺す」

見開かれた目。
そして両手を彼が上げる。

「ヒーロー志望がそんなこと言っちゃダメだよ。個性使うのもダメだしね?」
「じゃあ、アンタもやめろよ。俺に接触した時から好き勝手飛ばしてんだろ」
「え、」

索敵用の血にずっと引っかかっている動くもの。
恐らくそれが彼の翼だろう。

「なるほど、流石だね」

翼はふわふわと飛び、彼の背中に戻っていく。

「これがバレたのは初めてだな」

すんなり回収した?
俺を殺すつもりはないのか?
それともそんな仕込みなくとも、俺くらい容易い?

「君にとってこの言葉がタブーなのはわかったよ。もう言わない。ただ、一つだけ伝えたいことがあって」
「なんですか」
「君を狙ってる人がいる」

彼ではなくて?他に?
ホークスは狗じゃなかったってことか…?

「この翼のおかげで、色々なこと聞くんだよね。で、聞こえちゃったんだよ…君を消さなくちゃいけないって。だから、それを忠告したくて。必要なら保護することもできるし…」
「どこで聞いたんですか、それ」
「え、いや…それは、言えない」

もし俺を狙っているのが敵だったら?
きっと躊躇うことなく、言えるだろう。
言えないってことは、身内なんだろ?
となればやはり、公安か。

マザーの言う通り、俺が邪魔なんだな。アテネである俺が。
アテネを作った奴らは俺を消そうとしてる。

「…保護はいりませんし、心配もしてくれなくて大丈夫です」
「え、いやいやいや。そんなわけにはいかないでしょ?」
「忠告はありがたく受け取ります。けど、大丈夫です」

ナイフを下ろし、血を解く。

「信用できないんで」
「え、」
「だって、アンタ。俺を消そうとしてるその人たちに命令されたら、俺のこと消すでしょ?」

にっこりと笑ってやれば、ホークスの表情が強張った。
やっぱり、図星か。

「蛟くん、待って!?君は、「狗と戯れる気はないです」…狗?」

そうだ。
今、狗でなくともこれから狗になる可能性は大いにある。
俺がアテネだというとこを伏せて、敵と通じているとかホラを吹けばどうとでもなる。
一度誘拐された身だ、そこで裏切っていたと言われたっておかしくはない。

「親切にご忠告、ありがとうございました」





背を向けて歩いていってしまった蛟くんを見ながら溜息をつく。
完全に疑われている。
アテネ、というこの単語に一体どんな意味があるのか。
公安の内部で耳にしたことだった。

アテネの件で殺されたんじゃないのか。
まさか、そんなはずは無い。
じゃあ何で死んでるんだ。
これで3人目だ。
知ってるのは、ブラッディだけだ。
あいつを消せば、終わるはずだ。
けどあれは雄英にいる。
犯行は不可能だ。
じゃあ、協力者がいるんじゃないのか。

聞こえてきたのはそんな会話だった。
雄英いるブラッディは、彼 蛟血郷。
ならアテネはなんだ?
俺の閲覧できる情報の中にはなかった単語だし。
その件で誰かが死んでる?
しかも、犯人として疑われてるのが彼だなんて。

何かの間違いかと思ったけど、どうも彼には思い当たることがあるらしい。
それだけじゃなく、自分を狙っているのが公安だとわかっていた。

「…探ってみるか、一応…」

だが、彼の言う通り。
俺は命令されれば彼を、殺さねばならなくなる。
信頼関係を築くのは、恐らく不可能だろう。


戦線に戻り今日の報告を終えた時だった。
荼毘は血郷に何の用だったんだ、と俺に声をかけた。

「血郷って…?」
「蛟血郷だ」
「随分と仲良さげだね」

お前には関係ない、と彼は言う。

「血郷が狙われてるって誰にだ?何故?」
「理由はわからないし、誰かも言えないよ」
「…血郷に手を出したら、殺す」

荼毘は静かに俺を睨みつけた。
その青い瞳が、蛟くんの着けていたピアスの輝きによく似ていた。

「いずれ必ず、手に入れる。邪魔するなら、お前でも殺すからな」
「それって荼毘の意思?」
「俺の意思であり、俺たちの総意だ」

何故、彼らにまで狙われているんだろうか。
爆豪くんのように目立った動きがあったわけでもない。
なのに何故、彼を誘拐し今も執着しているのか。
あのアテネという言葉が、それに繋がる可能性はあるのか?
とりあえず知らねばならない。
蛟血郷という存在と、それにまつわるアテネという単語について。


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