内通者

どうして。
人が刺された、と通報があり駆けつけた先。
ファットと鋭児郎、鉄哲が現場に駆けつけ 俺と天喰先輩はサイドキックと共に周囲の安全確保をと命じられたのに。
何かが倒れる音がして駆け付けた路地裏にいたのは少し前に会ったマザーだった。

「ブラッ、ディ……」
「っ!マザー!?」

彼女の足元に見える血溜まり。
殺したのは恐らく、彼女だ。
そして、そこで深手を負ったのだろう。

「大丈夫ですか!?」
「へ、き……よ。逃げて、ブラッディ…」

血に濡れた手が俺の手首を掴んだ。
巻き込まれてしまう、と彼女は声を震わせながら言った。
そんな事、言われても 放っておけるはずがなかった。

「…貴女を、2度も…失いたくない…」

口から零れた言葉。
誰かを真似たわけじゃない。
自然と零れた言葉だった。

目を見開いた 彼女の傷に触れ 傷を塞いでいく。
それを見ながら「優しいのね」と彼女は微笑むのだ。

「答えは…でてない、んでしょう?」
「……マザーの言葉は、信じます。俺は、狙われてる」

ホークスの接触で 彼女の言葉の裏付けはとれた。
そして、彼さえも俺の敵になるかもしれないことも、わかった。

「ただ、ごめんなさい…」

だが、まだ踏ん切りはつかなかった。
ヒーローにならなければ、死柄木弔に会わなければならないから。
俺にはまだ、やらなければならないことがあるから。

「今は、まだ…待っててください」

ある程度傷が塞がった時、索敵に天喰先輩が引っかかる。
ブラッディ、と彼が俺を呼び 探す声が聞こえた。

「ごめんなさい、こんなことしか出来なくて」

彼女を立ち上がらせて、そっと背中を押す。
こちらを振り返った彼女がいつかの日のように泣きそうな顔をしていた。
あぁ、そうだ。
貴女はいつからかそんな瞳で俺たちを見るようになった。
本当に、愛してくれていたんだろう。
悲しんでくれるくらいに。

「逃げてください、マザー」
「っ、ありがとう…愛しい我が子」

マザーは俺を抱きしめて、駆け出す。
少しばかり残った彼女の血を操り、彼女が逃げ出したのとは別の道へ血痕を落とす。

「天喰先輩!こっちです!」
「ブラッディ!?」
「血痕を見つけました」

先輩がインカムでファットに報告をして「行こう、」と俺に声をかけた。

どうか。
どうか、逃げ果せてくれ。
そんな願いを抱きながら、彼女が逃げたのとは反対に走り出した先輩を追いかけた。





「逃げられてしもたか」
「すいません、俺がもっと早く血痕を見つけていれば…」
「ブラッディが責任を感じることちゃうで」

ファットの大きな手が俺の頭を撫でた。
すみません、と内心思いながら 逃げきれたことに安堵していた。
相手も狙われていることに気付いている。
今後はより一層、辛くなる筈だ。

彼女の個性は強い。
けれど、戦闘には向いていない。
まず公安の人間に近付くのは難しいし、顔が割れてしまっては困る。
彼女は生きていることが知られてはいけない。
AFOという協力者を失った今、彼女は窮地に立たされているだろう。
だからこそ、俺に声をかけた。
ヒーローを目指していると、知っていても。

「今回殺されたんは公安委員会のお偉いさんやったみたいでな。今後の捜査はあちらさんが引き受けるって話や」
「そうですか、」
「少し前も、公安の人が殺される事件ありましたよね?」

天喰先輩の言葉に険しい顔をしてファットは頷いた。

「ヒーロー社会になってから、公安が狙われることは…言いたかないけどようあることや。弱い人に悪意の矛先を向ける」
「早く犯人が捕まるといいっすね」
「せやなぁ」

何はともあれ昼休憩だ、とファットが俺たちに声をかける。
何か出前でも、と盛り上がる中 1人御手洗にと声をかけて彼らから離れる。

鏡の前、大きく息を吐いた。
携帯に彼女からの連絡はない。
救えたのか、わからない。
あの時と同じだ。

「血郷?大丈夫か、」

聞こえた声に顔を上げれば鏡越しに鋭児郎と目が合った。

「あぁ、大丈夫。ちょっと、疲れたわ」
「そうか、」
「心配?」

そりゃな、と彼は困ったように眉を下げる。

「鋭児郎は、優しいな」

もう一度大きく息を吐いて、自分の両頬をぱちんと叩く。

大丈夫だ、信じろ。
信じて、待つしかない。
切り替えなくちゃいけない。
悟らせては、いけない。
彼女のことを、俺と彼女が繋がっていることを。
狗がどこにいるか、わからないんだから。
…この、事務所の中にいないとも…限らないのだから。
作り上げた感情を殺せ。
乱されるな。

「大丈夫。俺は、大丈夫だよ」

鋭児郎に鏡越しに笑いかけた。

「お腹すいたな。ご飯なににするって?」
「出前頼もうって」
「何食べようかな」


その日の晩に、知らない番号からメッセージが届いた。
ありがとう、大丈夫よ。
たったそれだけだったけど、それだけでよかった。





意味がわからなかった。
公安に置いてある1枚の翼。
一方的に話を聞くことしかできない、その翼に告げられた言葉。

「聞こえてるわね、ホークス。雄英高校1年A組に所属してる蛟血郷。…彼が内通者だと断定されたわ」

持っていたコップを落としそうになった。
何を、言ってる。
蛟くんが内通者?

「信頼出来る情報元から、リークがあった。彼が入院してる間に お見舞いに来ている荼毘の姿。そして、インターンの際に 人目を避けて接触する2人の姿が確認されたわ」

携帯が震えた。
翼についたカメラに映らないように携帯を見て、息を飲む。

「鑑定もしたけど、合成でないことが証明されてる。それから、蛟血郷が身につけているピアスが荼毘の贈ったものだとわかった。…あれに、何かしらの仕掛けがある可能性があるわ」

荼毘の瞳に似ているとは思った。
けど、まさか あれが荼毘の贈ったものなんて…。
何故身につけている?
本当に内通者なのか?
いや、けど。もしそうだとしたら荼毘の発言には違和感がある。

必ず手に入れる。と彼は言った。
それって今はまだ手に入っていないってことだろ?
それになんでこのタイミングでその証拠が出てきた?
入院なんて、もう随分前だろ?
その時疑惑だったとしても、その次で確証になったはず。
何故捕まえなかった?何故その情報元は隠匿した?
なんの目的があって?

「命令よ、ホークス。彼を……消しなさい」

勢いよく置いてしまったコップにヒビが入る。

何を、言ってるんだ。
消す?殺せというのか?
そこまでやる必要がどこにある。
もし、本当に内通者だとしても 殺す必要があるか?
使い道ならいくらでもあるはずなのに。

「言いたいことは、わかるわ。ホークス。けど、命令よ。この情報元が彼の危険性を説いているの。わかるわよね」

わかるかよ。
わかって、たまるか。

「来る日の混乱に乗じて、彼を消すこと。……貴方が出来なくても、他にも同じ指令を受けるヒーローがいるわ。できないというのなら、その人たちに任せなさい」

彼女の声はそこで聞こえなくなった。

「だって、アンタ。俺を消そうとしてるその人たちに命令されたら、俺のこと消すでしょ?」

記憶の中で彼は笑った。
まさか。
公安内部の彼を消そうとしてる人達が?
ずっと監視していたのか?
そして、自分たちの手を汚さずに消そうというのか?
こんな風に指令を出すほど切羽詰まった状況になったのか…?
もし、そうなら恐らく…タイミング的に 公安職員の連続殺人事件…か?

「どうした?ホークス」

荼毘が俺を見下ろす。
割れたコップを見て、怪訝そうに眉を顰める。
彼のピアスと同じ青い瞳。

「いや、」

何故、ピアスを外さない?
外せない理由があるのか?
それとも、本当に内通者?
殺す?彼を?
学生だろ?もし本当に、内通者だったとしても更生の道があるはずなのに。

「荼毘、は…」
「なんだ」
「どうして、蛟くんを気に入っているんだ…?」

戦ったことがある、と彼は笑った。

「炎に飛び込んで行くんだ。全身に火傷を負っても、片足を死に突っ込んでも自分の大切な物を貶されると飛び掛っていくんだ。面白いだろ?」
「面白いって…」

彼はにんまりと嫌な笑みを浮かべた。

「あいつは、人として破綻してる」
「は?」
「多分、だけどな」

可哀想なんだ、と彼は言った。

「可哀想だから、助けたい。きっと、俺と…俺たちといた方がアイツは幸せになれる」
「根拠は…?今も、楽しそうにやってると思ったけど」
「お前は知らないからだよ」

愉快そうに彼は笑った。

「そこまでして……仲間に、したいんだな」
「あぁ」

やっぱり、おかしい。
おかしいのに、俺は 彼を守る術も彼に伝える術も持たない。
救えない。救う、手段がない。
ひとまず命令を、止めなくちゃいけない。
止めるための根拠がなくちゃいけない。
期限は彼らとの全面戦争のその日まで。


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