交錯

「エンデヴァーさん」
「また貴様か」

あの本のことは彼はわかってくれたのか。
気になったけど、今は信じるしかない。
不安を飲み込んで彼に視線を投げる。

「ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「なんだ」
「アテネってご存知です?」

エンデヴァーさんの炎が揺らめいた。

「貴様……そこまで血郷に執着する理由はなんだ」
「え、」
「…違うのか」

アテネという言葉で迷わず蛟くんが出てきた。

「あ、いえ…違わないんですが。…ちょっと仕事の中で耳にして…蛟くんとはどういう関係が?」
「あいつが育った育児院の名前だ」

育児院?
彼が育った場所に一体何があるというんだ?

「そこって今は…?」
「ない。数年前事件でな。俺が駆け付けた時にはもう血郷以外は死んでいた。襲われて殺されたんだ。…元あった場所には、慰霊碑が建ってるはずだ」
「…そう、ですか…」

エンデヴァーさんの視線が刺さる。
それにへら、と笑って視線を逸らした。

死んだ。殺された。
ここまでの流れを考えれば、公安が消したのだろう。
何故?
その育児院に、蛟くんに一体何が隠されていると言うんだ。

「………被検体番号0218 ブラッディ」
「え、」
「それが血郷の元の名前だ」

エンデヴァーさんは「何かあるんだろう」と疑問形でもなく言った。

「被検体…」

いや。まさか。
そんなはずないって思うのに、否定できない。
もしも俺のように…彼も公安に飼われ教育を受けていたのなら。
それが俺よりももっと、酷い環境で行われていたのなら。

「アイツに何があった」

エンデヴァーさんの視線が刺さる。
彼は、味方なのか?信じていいのか?
きっと、大丈夫だ。大丈夫なはずだ。
けど確証がない。
きっと、蛟くんも同じ気持ちのはずだ。
彼は今までもそして、これからも。こんな疑心暗鬼の中で生活している。

俺が思い浮かべる最悪の通り、公安が作った何らかの教育機関…実験場で彼が育てられ 何らかの理由でそこを消すことになったのだとして。
そこで生き残ってしまった蛟くんは、公安の誰かからすれば目の上の瘤。
ずっと消すタイミングを狙っていたのだとしたら?
助けたのが、保護者になったのがエンデヴァーさんだったから近寄れず 雄英に入ったから尚更近づけなくなった。
蛟くんはきっと何も言わなかった、告げなかった。
だから見逃されてきたが 公安の職員…アテネ育児院に関わる関係者が次々と殺されたのだとしたら?
焦っているんだ。次は自分だと。
恐れているんだ。アテネ育児院にあった何かが公になってしまうことを。
もし、本当にこの仮説が正しかったら。
実行犯は…誰だ。
彼以外は全員殺されたんじゃないのか?

「いえ、何って…わけじゃないんですが」
「…俺の子に、手を出すな」

恐怖で背筋が震えた。
俺にそんなもん向けんでください、なんて茶化すが声が上擦った。

「っ、待って…ください。俺が何しようってわけじゃないですよ」
「じゃあ誰だ」
「……見えません、まだ」

その犯人は何故、知ってる?
アテネの関係者だったのか?
もしそうなら、蛟くんが接触してる可能性は?

「けど、いるんだな」

彼の問いかけにこくりと頷いた。
いつも以上に険しい顔をしたエンデヴァーさんが、血郷はと尋ねてきた。

「…恐らく、俺よりもわかってます」
「そうか」

彼は恐らくここまで読めていた。
自分が狙われ、殺されるかもしれないことも。
公安の中に敵がいることも。
だからヒーローを信じないという選択をした。
いつ、どこで、どうして知ったのかはわからない。
けど全てを知るのは恐らく彼だけだ。

けどじゃあ荼毘の件は?
お見舞いに行っていたのは、恐らく荼毘の気まぐれだろう。
蛟くんに随分と執着しているようだったから。
けれど、ピアスは?
何故贈られたものを身に着けているんだ。

「ホークス」
「っ、はい!」
「アイツは、お前が思っている以上に強い」

エンデヴァーさんはそう言って、休憩を終えて戻ってきたインターン生の3人を振り返った。

「並大抵の相手じゃ、歯が立たんだろう」
「そんな…彼まだ学生ですよ?!」
「雄英で教えるのはヒーローとしての戦い方だ。だが、元々アイツが身につけていたのは……殺し方だ」

目の前が真っ暗になった気がする。
今なんと言った。
俺はヒーローになるために、育てられた。
じゃあ彼は…?

「今は、随分と…人間らしくなったが。自分の危機となれば恐らく…箍を外せる」
「どうして、殺し方なんて…なんの必要があって、」
「さぁな」

だからだ。
だから、公安の誰かは直接手を下せないんだ。
歯が立たないと分かってるから。

「…ありがとうございます、エンデヴァーさん」
「何がだ」
「いえ、なんでもないです」





珍しい人から電話がかかってきた。
とりあえず無視したが続け様に着信があり、3回目で渋々通話ボタンを押す。

「なんだよ、しつこいな」
『血郷』
「なに?」

エンデヴァーの声はどこか、強ばっている気がする。

「何の用?俺は何の用もないけど」
『お前、狙われているのか』

ホークスが話したのだとすぐにわかった。

「なんの事?」
『とぼけるな』
「アンタには、関係ないことだ」

溜息を吐きながらベッドに腰掛ける。

『あの育児院に何がある』
「今まで目を逸らして来たんだ。これからも目を逸らしてればいいよ。No.1」
『命が狙われていると、知っていて見過ごせというのか』

そうだよ、と迷わず答えた。
誰も知らなくていい、関わらなくていい。
これは俺たちの問題だ。

「自分でどうにかする」
『お前はまだ学生だ』
「言いたいことはわかるよ。それでも、俺がどうにかしないといけない」

電話の向こうの彼が黙った。
そして、あからさまな溜息を吐く。

『お前の過去は知らん。だが、お前を守る義務が俺達にはある』
「そうだな、知ってる」
『本当にどうにもならなくなったら、すぐに言え。また救ってやる』

妙に癇に障る言い方だった。
だが、最大限の譲歩なんだろう。
それくらいの皮肉は甘んじて受け入れよう。

『それから、本当に命の危機を感じたら…躊躇うな』
「なにそれ」
『お前の持てる全てを持って、戦っていい。後のことは、俺が必ず……守る』

電話は切れた。
最後のどういう意味だ。

「まぁ、いいや」

ポイ、と携帯を放り投げてベッドに沈む。
ネックレスに一緒にぶら下げていたUSBを目の前で揺らした。
他に方法はなかったのだろうか。
この情報で社会的に殺すことは…いや、無理だったんだろうな。
彼女は死んだ、いない存在。
それに相手は公安だ。
相手が、状況が悪いのだ。

「………そうだな」

恐らく俺が死ねば、これは抹消される。
私物もきっとその他諸々全て、消されることになる。
死んでしまった後のことも考慮して動いた方がいいだろう。

「あーぁ、世の中上手くいかないもんだな」

顔を横に向け、鏡の前に置かれた青いピアスが見えた。
もう着け慣れてしまったそのピアスがいやに輝いた気がした。

「……馬鹿か、」

頭の中を過ぎったこと。
自分が考えたそれの愚かさに首を振る。
出来るはずがない。

冷静になれ。
冷静ってなんだ。
落ち着けよ。
落ち着くって?
いつも通り振る舞えばバレない。
いつも通りって?

尽く自分の言葉を自分が否定する。

「黙れ」

壁を殴り付けて、鏡を睨む。
あの頃のような無機質な目が俺を映した。

「お前らの思い通りになんて…なってやるか」





目の前で、彼が着けていたピアスによく似た瞳が月明かりに照らされていた。

「初めまして、」
「どちら様?」
「AFOからの言伝で、アンタを探してた」

確か、荼毘と言った筈だ。
テレビで見た事がある、敵連合の仲間。

「捕まったら、アンタに協力をするように。言伝を受け取るのに時間がかかって、悪かった」
「必要ないわ。私は彼以外を信頼するつもりは無い」
「血郷を救いたい」

荼毘は片手で目を覆い隠した。

「同じように肌を焼こうか?それとも、目を抉り出す?何だって、信じてもらえるなら何だってしよう」
「貴方に、なんのメリットがあるの?」
「俺にとって、アイツは……血郷は特別だ。アイツが、手に入るなら…ヒーローの柵から自由になれるなら…なんだって、する」

アンタもアイツを助けたいんだろ?と彼は首を傾げた。

「血郷には、会わせないわ」
「構わない。アイツが自由になった、その時。この足で迎えに行くと決めてる」


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