敵を見るような目

ニュースを見た。
公には出ていない、ヒーローにだけ届くニュース。
それはファットの机の上に乱雑に置かれた紙の中にあった。

見覚えのある名前と並ぶ焼死体の文字。
また1人、彼女が人を殺したらしい。
だが、何故焼死体…?

「何見てるん?ブラッディ」
「あ、いえ。机の上…凄いことになってるなって思って」
「あーすまん。片付け後回しにしてしまっとったわ」

手伝いますよ、と言えば彼は朗らかに笑った。

「すまんなぁ」
「気にしないでください」

USBの中にあった関係者のデータ。
その中に火を扱う個性の人はいなかった。
マザーが関係ない人を殺すとも思えない。
そうなれば自ずと浮かんでくる。
目に焼き付く美しい程の青い炎。
AFOと繋がっていたのだから、敵連合と繋がったっておかしくはない。

「ブラッディ」
「はい?」
「今まとめてくれた資料、資料室に運んでくれへん?」

そう言って大きな手が小さな鍵をこちらに差し出した。

「入ったらすぐに大きい机あるから、そこに置いといて」
「わかりました」

俺は今すぐに力を貸せない。
それがわかって、敵連合と手を組んだと考えるのが妥当だろう。
彼女の個性では殺し続けるのは難しい。
仕方の無いことだ。

「資料室って初めて入るな」

ガチャ、と鍵を開けドアを開くと沢山のファイルが棚の中に入っていた。
電子化が進んだ中でもこれだけの紙の資料があるのは意外だ。
言われた通り大きな机の上に資料を置き、隣に置いてあるパソコンに視線を向ける。
スリープ状態のパソコンのマウスを動かせば画面が起動し、IDとパスワードを入力する画面が表示された。

「…まぁ、そりゃそうか」

知りたいのは公安の事件のこと。
マザーがどれだけ、殺せたのかだ。
彼女に聞くのが1番手っ取り早いが、あまり携帯でやりとりするのは良くないだろう。
俺はきっと疑われている。
ホークスが今現在向こう側ではなかったとしても、これからもそうとは限らない。
エンデヴァーもファットガムも。
携帯という証拠を残すのは良くないはずだ。

「……この資料の中で見つけられる自信はないからなぁ…このパソコンが使えるのが1番か…」

ヒーローになるの発行されるIDとパスワード…。
知る方法はなくはない。
手にしていた鍵を見つめ、小さく息を吐く。

生きるために、生き残る為に。
手段はきっと選んではいられない。

「ごめんなさい」





何となく、様子が気になってはいた。
いつからと言われればインターンが再開してからだろう。

「何してるん、ブラッディ」

皆が寝静まった夜中。
資料室にひとつの影。
明かりも付けず、使えないはずのパソコンの前に彼はいた。

「………ファット、」
「どうやって開けたん、この部屋。そのパソコンも」

初日、食事に連れて行った時からだろう。
他人をよく見て他人にあれこれ気を回す彼が、らしくなく物思いにふけっていた。
ここでインターンを再開してからも。
いつも通り、いつも以上に働いてはいたが 心はここに在らず。
何かを思案してばかりいた。
八斎會の件の時、狙われているという話も聞いていた。
それに関係することなのかもしれない、と。
もしそうだとしても、学生である彼が1人抱えることではないはずだ。

「ブラッディ…もう1回聞くで。何してたんや」

静かに彼はこちらを見た。
感情の読めない瞳は真っ直ぐ俺を射抜き、何を言うでもなく立ち上がった。

「パソコンに触らず、こっちに来るんや」
「この時間はパトロールの時間だったはずなのに、」

彼はパソコンの画面の前に立つ。

「最近、様子がおかしかったから気になっとった。今日も」
「流石ヒーローですね。俺、そんなにわかりやすいかなぁ」

表情のない顔を触りながら彼は言った。
自分の足音だけ、部屋に響き 彼を横に押し退け画面を見る。
敵連合に関する事件が映されていると思ったのに、そこに映されていたのは予想もしていない事件だった。

「アテネ事件…!?」
「あぁ…ご存知でしたか?ファットも」
「なんで、こんな昔の…」

押し退けた彼を見れば、彼はやっと笑顔を浮かべた。

「改めまして、被検体番号0218 ブラッディと申します」
「は?」
「改めまして、以後お見知りおきを」

押し退けた俺の手から2歩3歩と後ずさり、彼は笑顔を浮かべたまま丁寧に腰を折った。

「なんてね」
「なんの、冗談を…」
「冗談じゃないですよ。その事件の生き残りの、ブラッディです」

あの頃ヒーローをやってた人で、知らない人はいないだろう。
人体実験をしていたとか言われているのだから。
だが、俺はそれ以上にこの事件を覚えていた。

「ホンマに、この生き残りなんか」
「そうですよ。信じられないなら、エンデヴァーに確認を取りますか?それとも、あの日の事を教えて差し上げましょうか?」
「っ!いや、ええ……ブラッディ、いや……蛟くん話してないやろ。事情聴取でも」

ずっと話さんかったのには理由があるんやろ、と言えば彼はファットは優しいですねと言った。

「俺はてっきり、記憶喪失かなんかやと思ってた。あまりにも聴取記録に何もなかったから。けど、覚えとるんやな」
「俺が忘れたら、あそこで生きてきた皆が 存在しないことになる。俺は絶対に、忘れたりなんかしませんよ」
「ならなんで…話さなかったん?話せばきっと、何か…事実がわかったほずや」

分かっても誰も帰ってこない。
蛟くんはそう言って、あまりにも綺麗すぎる笑顔を俯いて隠した。

「知った所で意味はなかった。皆が死んで、俺の過去が殺された。それ以上も以下もなかった」
「じゃあ今更、調べ始めたんはなんでや」
「敵連合が俺を狙う理由だったから。何か、少しでも手がかりなればと思って」

彼は悲劇の中心だ。
孤児院にいたことも。
きっとそこにいたであろう、友を 家族を殺されたことも。
雄英に入り、誘拐され体に消えない傷を背負ったことも。
今も変わらず 狙われていることも。

「……蛟くん、」
「ここでなら何かわかるかと思ったけど、そうでもないですね。結局、俺が知ってる以上はない」
「……そこに無い、情報を一つだけ俺は持ってる 言うたら?」

彼の目がこちらを見た。
笑顔は消えた。
感情のない目が真っ直ぐまた、俺を射抜いていた。

「俺の質問に答えるんやったら教えたる」
「質問の内容によります」

俺はこの事件を忘れられなかった。
理由はあの日起きた悲劇とは関係ない。

「……アテネ育児院って名前を、俺は…この事件の前から知っとった」
「え?」
「俺が挙げたホシの取引先にあったからや」

あの時不思議で仕方なかった。
それが、一つだけじゃなかったのだから。尚更。
ガサ入れを入れをしようにも、何か分からぬ圧力がかかり進まなかった。

「悪い組織が、金を流しとった。寄付なんてする連中やない。恐らく、意味がある金銭の支払いや。俺は、ここが武器か薬の隠れ蓑やと思っとった。焼失して、調べ上げても出て来うへんかったけど…中におった蛟くんなら知っとるんちゃうか」
「それこそ、今更知って何になるんですか?」
「わかっとんねん。けど、もし…それが本当やったら、俺は。君らを見殺しにした張本人や。圧力に負けて、君らを…救えんかった加害者やねん」

それを知って何になるんですか、と彼はもう一度問うた。
意味なんかきっと無い。
過去は変えることは出来やしない。
けれど、自分の罪を見て見ぬふりするような大人にはなりたくはなかった。

「…大人のエゴやな」
「そうですか。そうですね。……あそこには、兵器がありました。諸刃の剣でしたが、強力な兵器が」
「っ、やっぱり」

ファットが検挙するような連中に売っていたんですね、と彼は呟き俯いた。

「…そっか、」
「その兵器は、一体どんな…?」
「使い捨ての、便利なやつですよ。きっとどんな願いも叶えたでしょうね」

それの為に、あの育児院は敵に襲われたのか。
そんなものの為に沢山の命が、失われたのか。
そして今も彼が狙われているのか。
あの時圧力を掛けたのは誰だ。
警察やヒーローまでも、押し込められる存在なんて…。
あぁ、あまりにも嫌な予感がする。

蛟くんはここへ来てからおかしかった。
集中できていないことも勿論だったが、それ以上に 何か を恐れている気がしていた。
追われている、そんな気がしていた。
それが敵連合のことだと俺は信じて疑わなかったが、本当に?それだけか?

蛟くん。
自分、何と戦ってるん?
ホンマに危ないんは、敵連合なんか?
もしあの圧力が 俺の予想する最悪の何か だったとしたら。
あの事件が敵によるものでなく 何か の証拠隠滅の為だったとしたら。
俺たちが捜査をしようとしたから、それを防ぐために全てを無に帰すことにしたのだとしたら。
この子らを追い詰めたのは、紛れもなく…俺たちになる。

「蛟くん、君は…」

ホンマは全て知ってるんちゃうか。
せやから、君は1人で、戦おうとしてるんちゃうか。
ここへ来てからおかしかった。
その1番は、1番…気になってたことは。
君が、時々俺たちを 敵を見るような目で見ていたことやと言ったら。
君は、一体なんて答えるんや。


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