人は兵器になり得るか

調べていたのは公安の人が亡くなった事件の事だった。
数年前から大体5ヶ月おきに。
死因は殆どが原因不明の変死か窒息死。
だが、ここ1年弱。
事件の頻度は格段と上がり、殺し方も 刺殺や絞殺といった 目立つ物も増えていた。
恐らく雄英体育祭に俺が映ったからだろう。
俺の為に、危険を顧みずに行動しているのだろう。

「何してるん、ブラッディ」

暗い資料室に声が聞こえた。

「………ファット、」
「どうやって開けたん、この部屋。そのパソコンも」

今、聞こえてはいけない声だった。

「ブラッディ…もう1回聞くで。何してたんや」

真っ直ぐ俺を見つめる彼の目を見ながらゆっくり立ち上がる。

「パソコンに触らず、こっちに来るんや」
「この時間はパトロールの時間だったはずなのに、」

いない時間を狙ったはずなのに、何故いるのだろうか。
パソコンを背に立ち、霧散させた血をキーボードに集める。
音をさせないように静かに、開いていた画面を消して ある言葉を打ち込んだ。

まぁ、いい機会だろう。
彼があちら側か知りたいとは思っていた。
手の平を返されたとしても、現状を知っていれば異変には気づけるはずだ。
俺を押し退けた彼に逆らわず体をずらす。
画面を見る彼を見れば、その目が見開かれ「アテネ事件…!?」と驚きを隠さず言った。

知らなかったのか。
俺がアテネ育児院の生き残りだと。
これが演技だったら相当のものだな。
そう思ったが、彼から聞かされた話で 彼のそれが演技ではないとわかった。

「蛟くん、君は…」

続く言葉はなかった。
だが、彼の目が表情がありありと語る。
頭が良い人だ。
優しくて、聡明で こんなにいい人だったんだな。

「なんですか」

そんな人さえも、いつか敵になるかもしれないと思うことは 悲しいという感情が合っているだろう。

「俺にはなんも、言わへんのやな」
「なんのことだか、さっぱり」
「そうか。そうなんやな」

ファットを、ヒーローたちを抑え込むだけの力を持っていた。
あまりにも彼らは強力すぎる。
それを相手にマザーは戦っている。
敵連合と繋がっても、仕方ない。
敵があまりにも…大きすぎるんだ。
首謀者7名と、関係者11名。
関係者は順調に殺せているが、首謀者はまだ5人も残っていた。

「……… 蛟、ホンマにどうにもならんくなったら。言うんやで」
「ファット、」
「君はヒーローや。雛鳥とはいえ、間違いなくヒーローなんやで。道を踏み外さなきゃいけなくなる前に、助けを求めるんや。ええな!?」

大きな手が俺の両肩を掴んだ。
真っ直ぐ向けられた目。
今すぐ話させようとしないのも、今すぐ矯正しようとしないのもきっと彼の優しさだ。
爆豪が話してくれた 人それぞれ持っている正しさの形にはこんなものもあるらしい。

「なんのことかわからないけど、大丈夫ですよ」

信じたいと思った。
信じてはいけないとわかっていても。





「いい個性ね」

青く燃える人間を見ながら彼女は言った。
強奪という、便利な個性を持つ女性。
触れたものならなんでも奪えるらしい。

「あんたのそれの方がいいだろ。欲しいものがなんでも手に入る個性だ」
「……1番欲しいものは、手に入らないわ」
「1番欲しいものって?」

過去よ、と彼女は答えた。
復讐に染まった うら若き女性の目はあまりにも濁っていた。
俺の炎に躊躇わず突っ込んできた血郷のように。

「殺す事に、躊躇いはないのか」
「ない。コイツらに復讐する為なら、もう…手段は選ばない」

私が血郷を守る、と。
彼女の目に迷いはなかった。

強奪。
触れたものなら 命であっても奪える個性。
とても便利な個性で、強力な個性である一方。
触れなければならないという大きすぎる弱点があった。
触れるということは、その瞬間に 殺害のその瞬間に間違いなくその場にいなければならないのだ。

「なぁで血郷は、どんな子供だった?」
「1番聡明な子。子供として 人として大切なものを全て失っても、どうしてだが人のような子だった」

煤けた死体を見下ろし彼女は懐かしむように慈しむように笑みを浮かべた。

「下の子達に、兄と慕われていたわ。眠れない子がいると、気づけば絵本を読み聞かせてくれるような 授業につまずけば一緒に歩みを止めてくれるような。そんな子」
「へぇ、」
「そして誰よりも美しく、誰よりも惨たらしく、人を殺す子だったわ」

彼女は歩き出した。
その少し後ろを追いかけながら、彼女の表情を見つめた。

「…?人を、殺してたのか」
「えぇ。その為に彼らはいたのよ」

振り返った彼女の目が妖しく輝き、綺麗な弧を描く。
口元を隠した彼女からクスクスとどこか表情とずれた軽い笑い声が聞こえる。
見覚えがあった。
あの、笑い方は あの血郷の壊れた笑みは 彼女の模倣だったのかもしれない。

「彼は、正真正銘のアテネ個性兵器だった。やっと生まれた完成品。誰にも奪わせたりなんかしないわ」

愛情か?
これは、本当に愛情なのか?
嫌な過去が 頭を過る。

「私の愛しい子」

恍惚としたその笑みは、トガに似ていると思った。
狂気じみたあの笑みとだ。

「それなら、早く…終わらせよう」
「そうね」

血郷に恨まれるかもしれない。
だが、彼と再び会わせる前に消してしまった方が良いかもしれない。
彼女は俺たちの邪魔になる。

「あら、」

彼女が携帯を見て足を止める。

「なんだ?」
「ブラッディから」
「へぇ、なんて?」

彼女の携帯を覗き込めば 1人じゃないんだね と簡素な文字が並んでいた。
どうして気付いたのか。
事件になった焼死体は1つ。
今殺した奴はまだ上がっていないのに。
犯人像を散らすために、彼女が遺体を燃やすことだって考えられるはずなのに。

彼女が返事に迷っていると続け様にもう一通メッセージが届く。

「また届いた」
「なんて?」
「炎は好き?…って」

わかってて送ってる。
あの死体を燃やしたのが俺だと、彼女の隣にいるのが俺だとわかってる。

「確かに、聡明だな」
「え?」

何を伝えたいのか。
そう考えたら恐らくこれは、牽制だろうとわかる。
お前がそこにいるのはわかってるぞ。
下手なことはするなよ、という。

「行こう。まだ、邪魔者が沢山いる」
「これの返事は?」
「…迎えに行く」

意味が分からないという顔をしながら彼女は言った通りにメッセージを送る。
そして、それにはすぐ既読がついた。
それ以上に返事はなかったけれど。





パトロールに向かう3人の後ろを歩きながら零れそうになる溜息を飲み込む。

「どうしたんですか、ファット。昨日から」

隣を歩いていた環が心配そうに顔を覗き込み首を傾げる。

「昨日の夜のパトロールも代わってもらったって、」
「ちょっと大事な用があってん」

勘を信じて、蛟くんのことを見ていたのはよかった。
だがその先が想像を超えていた。
当の本人は何も変わらず、笑っている。

「なぁ、環」
「はい?」

蛟くんは言った。
あの孤児院に兵器があったと。
武器でも薬でもなく、兵器があったと。

「兵器って言葉言うたら、何が浮かぶ?連想する?」
「兵器?えっと…戦争?」
「…せやろ」

何が、と彼は困った顔をしていた。

彼は 兵器と言ったんや。
戦争の道具と、軍事的な武器だと。
そんなもんが、炎なんかで隠せるんか。
跡形もなく、証拠もなく消しされるんか。
警察が証拠を捏造した可能性はある。
けれど、1番に現着したのはエンデヴァーだ。
彼は蛟くんを助けた後、現場の消火活動に戻っている。
そこで何も出ていないのだ。

「……まさか、なぁ……」

少し前の辛い思いをした事件を思い出した。
幼い少女が、個性を消す弾の材料とされていた事件の。

「ブラッディ、」

名前を呼べば彼は振り返りこちらに駆け寄る。
いつものように笑って「どうしたんですか」と首を傾げる彼には昨日の夜の面影はない。

「人間は、兵器なり得るやろか?」

俺の言葉に彼はクスクスと笑った。
あまり見た事のない笑い方に少し驚いていれば、彼は人差し指を口元に添えた。
しー、と子供にするみたいに言って 彼は他の2人の元に戻っていく。

あぁ、ホンマ嫌になる。
誰がやったんや、なんて。
考えられる候補はそう、多くはない。
エリちゃんを、どういう気持ちで見とったんやろなブラッディは。

「胸糞悪い」

彼は振り返り笑った。
どうして、笑っていられるんや。
先程と同じように彼は人差し指を口元によせて微笑んだ。
内緒にしてなんになる。
何を守ろうとしてる。
そんな俺の疑問に、彼が答えてくれるはずもなかった。

被験体。
その言葉の意味を今、改めて突きつけられた気がした。
考えればわかることやった。
けど、考えたくなかった。

被験体の温痛覚を持たず、感情が欠落した少年。
あの育児院から武器が売られていた記録。
そして、人骨以外何も見つからなかった燃え跡。
答えはどうやっても一つだけだった。

売られていたのは、子供たちだ。
兵器は、子供たちだ。

そして、ブラッディは… 蛟血郷は 兵器なのだ。


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