「御幸、この間の作曲テストの曲を弾け」

右腕の包帯は朝、蘭丸さんに変えて貰って新しいパーカーを着て学校に行った。
これでバレずに生活できるとか思ってたのに…

「え…」

この間行われたテストは私と七海の同率一位だった。
て、そんなことはどうでもいいんだ。
…この腕で、弾くのか?

ピアノの椅子に、座って腕を上げたところで激痛が走った。

「っ!!」
「御幸、どうした?」

クラスの、視線が集まる。

…弾けるか?
あれは結構簡単な譜面だったけど。

「っはぁ…」

痛みに詰まった息を吐いて、目を堅く瞑る。
痛みに耐えて、指を動かした。

なんとか、弾けてる…
けど硬い。
弾き終わると拍手が響く。

「…すいません、体調が優れないので保健室行ってきていいですか?」
「…わかった。無理するなよ」

私は逃げるように教室を飛び出した。
痛すぎる。
ズキズキと脈打つ腕を左手で押さえて、保健室に駆け込んだ。
幸運にも先生はおらず、パーカーを脱ぐ。

「血は…出てないか…よかった…」

血がでたら、誰かに手当てしてもらわないといけなくなる。

「はぁ…」

パーカーを掴んで、ベッドに倒れた。
痛みで昨日も寝られなかったし、熱っぽくて、だるい。
とりあえず少しでも眠ろうと仕切りのカーテンを閉めて、目を閉じた。


****


飛び出していった礫が心配で俺は保健室に来ていた。

「礫ー?」

中に入ると1か所だけカーテンが閉められている。

「…礫?」

そっと、カーテンの中を覗くと礫がいた。
珍しくパーカーを脱いでいてうつ伏せだから顔は見えないけど…
ベッドの横の椅子に座って、気づく。
右腕に巻かれた包帯。

「…怪我、してるのか?」

それで、ピアノを弾いてたのか?
…だから音がいつもみたいに優しくなかったのんだ…

「ん…」

礫がゆっくりこちらを見る。

「……誰?」
「え?」
「…翔、か…」

礫は目を擦って、身体を起こした。

「どうした?」
「お前が心配できたんだよ。…まさか、腕に怪我してるなんてな」
「っ!!?」

礫は慌てて、パーカーを着た。

「日向先生に言ってないんだな?」
「あぁ…言ってない」
「…じゃあ、黙っててやる」

俺がそう言うと安心したように微笑んだ。

「サンキュ…」
「あんま無理すんなよ」
「あぁ…」

そういや、こないだの…聞いておかねェと。

「こないだの、週末。誰かと出かけてた?」
「え?あぁ…買い物に…」
「HAYATOのコンサート会場近くにいただろ?」

礫は溜息をついて頷いた。

「いたよ。それが、何?」
「一緒にいた奴…誰だよ」
「一緒に?……知り合いの人」

目を逸らしながら言った礫に、イラッとした。

「そいつが、好きなのかよ」
「翔って、なんでもそう繋げるよな。ここ恋愛禁止だろ?そんなわけねぇだろ」
「…本当かよ…」

モヤモヤして、イライラする。
俺は、礫が好きだから…
けど、礫は他の奴と親しくてそれが気に入らなくて…

「何?信じらんないなら、信じなくていいよ」
「…なんだよ、それ…」
「…はぁ…マジ、なんなの?俺が誰といようがどうでもよくない?お前は、七海達と仲良くしてりゃいいだろ?」

めんどくさそうにそう言いた。
いや、どこか諦めてるような瞳…

「なんで、七海なんだよ!!」
「なんでって、翔。七海のこと好きだろ?」
「はっ!!?」
「翔って、七海の前だと…人が変わる」

礫はそう言って、ベッドから降りようと床に足をつく。

「んだよ、それ…俺は別に七海のことなんか好きじゃねぇよ。そりゃいい奴だし俺をわかってくれて…か、可愛いとは思うけど…」
「それで好きじゃないってちょっと、無理あるよな」
「好きじゃない!!俺が、俺が好きなのは…お前だよ!!」


****


は?翔は、何を言ってんの?

「何、言ってんの?俺男だけど?」
「関係ねェよ、俺は…お前が好きなんだ」

視界が回って、ベッドに押し倒される。

「俺は、本気だ…」

翔と天井が瞳に映って、あぁ押し倒されてるんだって他人事のように思う。
カーテン閉まってるから誰かが助けてくれることはないかな…

「退け」
「嫌だ」
「…翔が、嫌がる相手に無理矢理ヤる趣味があるなら止めねェよ。目茶苦茶に抱けば?」
「は?」

初めてなわけじゃない。
けど、あの人以外にこういう風に触れられたくなかった。
だから、男として生きようって決めたのに。
女だと、ばれてしまうな…
そうなれば、この学校にはもういられない。

「その代り、残るのは虚しさだけだと思うぜ?」
「何、言って…」
「お互いの気持ちのない行為なんて、虚しいだけだって言ってんの。どれだけ、翔が俺を目茶苦茶に抱いて…一生消えないような傷を残したとしても…俺は、」

あの人を忘れられない。
左耳のピアスに触れて微笑む。

「それでも、いいなら…すれば?」
「俺が、しないってわかってるからそう言ってんのか?」
「別に、事実を言っただけだ」
左腕につけたブレスがカチャと音をたてる。

蘭丸さん。
私は、どうして…こんな風になっちゃったんだろ…
友人だったはずなのに。
こんな姿見たくなかったなぁ。
いっそのこと…あの時殺して貰えばよかったかもしれない。
この怪我じゃ楽器は弾けない。
次の顔合わせに間に合わない、きっと。
せっかく早乙女さんが期待してくれてるのに応えられない。
あの人の詩を歌いたいなんて思ってたけどさ…結局、私にそんな資格はないのかもしない。

最近、ひしひしと感じる。
みんなに、私は必要ない。
七海がいれば…私なんかいらないんだ。
最初からいなかったんだもん、必要にされるわけないんだ…
ただ、傷つけてしまうだけ…壊してしまうだけ…

「…礫…」
「ねぇ、翔…」

瞳から何かが零れた。

「…俺を、殺してよ……」
「え?」
「…抱きたきゃ抱けばいい。けど、最後に…俺を殺してよ」

私は微笑んだ。

「なに、言ってんだよ…んな、こと…出来るわけ…ねぇだろ」
「そっか…翔には、出来ないか…」

ゆっくり、体を起こすと翔の顔は目の前。

「ごめん、礫…俺、どうかしてた…」
「そう…」
「けど、俺は本当にお前が好きなんだ」

真剣な瞳で告げられる。

「そんなはずないよ」

そう、言い残して私は翔から逃れる。

「礫!!待てよ!!」
「…私を、殺す覚悟が出来たら…その時は抱かせてあげる」
「おい、礫!!?……なんだよ、それ…」

フラフラと歩いていると誰かにぶつかった。
カチャ、と何かが落ちる音。
顔を上げると、四ノ宮がいた。

「…ごめん、四ノ宮」
「おい」

聞こえた声は、いつもより低い。
ライブの時に聞いた声だ…

「何?」
「お前、泣いてんのか?」

そう言われて頬に触れると濡れていた。

「…泣いてた、みたいだね」
「……お前、大丈夫か?」
「平気。四ノ宮には、関係ない」

そう言って、彼の横を通り過ぎた。

右腕が、痛い。
ズキズキと悲鳴を上げてる。

「詩、作らなきゃ…」

自然とレッスンルームに進んだ足。
今は何も持ってないから、チョークを手に持つ。
頭の中に流れるこの歌はなんだっけ?
タイトルが思い出せない。
けど、左手は止まることなく動かされる。
汚い音符を黒板に書いていく。

黒板が白く染められた頃、私は床に崩れ落ちた。

「……私、もうダメかも…」

汚いんだ、すごく。
七海に嫉妬してる自分が、醜くて、憎い。
誰も信じられなくなってる自分が嫌で、何もかも人のせいにして逃げようとしてる自分が嫌だ。
わかってるんだ、全部自分のせいだって。

「自分偽って…歌ってるの…俺、だよね…」

本当の自分がわからない。
アナタと一緒にいたときみたいに笑えない。
アナタと生きてた時みたいに、楽しくない。
アナタの歌が歌いたい…

右腕が、熱い。
体も…熱い。
視界が歪んで、どこかふわふわする。

視界に映る黒板の音符がゆらゆらと揺れて新しい譜面を作る。

「…綺麗な、音…」

左手で、床に音符を書く。
いつの間にか、視界は真っ白になっていた。



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