こちらの世界に来て2か月。
毎日音楽が世界に蔓延っていた。
音楽がない日がないくらいに…
けど、後々わかったこと。
ここには、ネットの歌姫がいない。
前の世界で好きだった歌手もこの世界にはいなかった。
あと、屋上から落ちたときに持っていた携帯とウォークマンは使える。
電話、メールはできなかったが…某動画サイトには繋げた。
日向サンたちには見えないらしいが。
私にとっては向こうの世界の存在証明のウォークマンも携帯も日向サンたちから見ればガラクタでしかないようだ。
「おい、礫」
「何か?」
「お前、随分と…男らしくなったな」
私は息を吐いた。
「何。急に」
「いや、随分長くお前といたなって思っただけだ。歌も上手くなって作詞もできるようになって…楽器も弾けるようになって…」
「誰のせいだろうな、本当に…」
作詞は自分ですることもできるようになったが、向こうの世界の曲を用いることも多くある。
自分が作る何も込められてない言葉の羅列より向こうの世界の誰かの想いの詰まったものの方が良いと思った。
「お前、明日入試だぞ?頑張れよ」
「…そうだね…善処する」
「たく、お前なぁ…」
頭をガシガシと撫でられて、日向サンは笑った。
「お前、髪の毛どうすんだ?肩より長いし…切りに行くか?」
「受かったらでいいよ。」
肩より長くなった銀髪を指で弄る。
「……まだ、死にたいって思うか?」
どこか、哀しそうな声で日向サンが問いかけた。
「……そうだな…、まだ思うよ。まぁ、日向サンには感謝はしてるけど…」
「…何がお前をそう思わせてんのか知らねェけど……」
「日向サンには関係ないよ…」
日向サンが強く私を抱きしめた。
「……明日、頑張れよ」
彼は私を死なせたくないんだろう。
触れる温もりから伝わるのは、そんな感情だった。
****
入試はなんとなく、解けた。
面接でも緊張もしなかったし、だって早乙女さんとだし。
もう何度顔を合わせたことか…
「どうだった?」
家に帰った私に、日向サンが問いかける。
「普通。可もなく不可もなく……」
「なんだよ、それ。まぁ、お疲れさん」
いつもみたいに頭を撫でられる。
「………日向サンって……」
「え?」
「いや……なんでも、ない…」
私はソファに座って、膝を抱えて膝に顔を埋めた。
「キラキラしてたよ。入試を受けてる人たち」
「え?」
「自分が、馬鹿らしく思えた。なにやってんだろう、って」
ソファがギシッと音をたてて軋む。
「…悪かった…」
「なんで、日向サンが謝ってんの?」
「…ごめんな」
頭の上に乗せられた手に、息を吐く。
「…いいや、気にしないで…少し寝る」
「ベッド、行くか?」
「いい。ここで寝るから」
****
礫は、膝に顔を埋めたまま眠った。
本当に寝てるかはわからないけど。
俺は彼女を起こさないように静かに部屋から出る。
向かった先は社長の所。
「待ってマシター、龍也サン」
「なんですか?」
「Mr.御幸のテストだけ、先に採点しましたヨー…驚かないでくださいネー?」
「はい」
社長は机に答案を並べる。
「っ!!?…これ…」
「正解率97%…化け物デース」
「…礫…」
これで、礫の合格は決まった。
…アイツはこれから、男として生きていくのか?
アイツに生きて欲しい一心で音楽も演技も…俺の持つ全てを教えてきたけど…
やる気があるかはわからなかったけど吸収は人より早かった。
才能はあるって、すぐにわかったけど…
これで、いいのか?
「龍也サン、Mr.御幸にはまだ伝えないでくださいネー」
「これで、よかったんですかね…アイツに才能はあるけど…アイツにとって…」
「才能があるなら、それを無駄にするわけにはいかない」
社長の真面目な声に、俺は手を強く握った。
「…はい…」
何も言い返せず、俯きながら俺は社長室から出る。
これで、よかった?
…わからない。
アイツがどうしたいのか、アイツをどうしたいのか、俺にはわからない
どうしてあげるべきだったのかも、わからない…
社長室を出てすぐの廊下の壁に背中を預けて手を強く握った。
****
数日後
合格の通知をみて、礫は何も言わずにそれを机に投げ捨てた。
「…おめでとう」
なんとか、紡いだ言葉を礫は鼻で笑った。
「思ってもいないことは言わないことだな」
「え?」
「これでよかったのか、って思ってる。」
礫は合格証書から、こちらに視線をずらす。
「別に、いいよ。学校だろうがなんだろうが…行ってやるよ。それが、アンタらの望みだろ?」
「分かってるのか?男して、行くんだぞ?女に戻れないんだぞ?バレないように隠して…所長に頼んでそのまま…」
「…自分を偽るのは得意だよ。…それに、それだけが私からの希望なんだ。だったら、それを叶えてよ」
表情を変えずに、礫は言い放つ。
「一度捨てた命だ。それを拾ったのはアンタら。一度捨てたものだ。…誰がどう使おうが構わない」
「なんで、そんなに命を無下にすんだよ」
「もう、大切にする意味がないから」
礫はそれだけ言い残し、部屋に入っていた。
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