「え?礫が臨時講師?」
日向先生が言った言葉にST☆RISHのメンバーと七海は首を傾げた。
「あぁ。暇なら見に来たらどうだ?」
「行っていいんですか!!?」
「礫には内緒にしとけよ」
日向先生はそれだけ言って礫の部屋に向かって行った。
****
臨時講師をやる月曜日になった。
正直、何を話せばいいか決まっていない。
「礫、いるか?」
「日向サン?」
ノックの音が聞こえて、ドアを開けると日向サンがいた。
「…おはよう」
「準備できてるか?」
「平気」
鞄を持って、寮から出る。
「悪いな、こんな仕事頼んじまって」
「いいよ、別に」
迎えの車に乗って見えてきた校舎をぼんやりと眺める。
「どうした?」
「ここが、始まりだなぁって思ってさ」
「…そうだな」
あのとき、早乙女さんに拾われなければ…
日向サンが私に音楽を教えようとしなければ…
ここには、いなかったんだろうな。
「まぁ、好きなことを伝えてくれればいいよ」
「うん、わかってる」
壇上に上がって、生徒を見渡す。
本物だ、とかカッコイイとか小さな声で呟く生徒たち。
「みなさんこんにちは。御幸礫です」
講堂が静かになる。
「少し前まで自分が見ていた場所に立ってるのは少し違和感があるんだけど…まぁ、世話になった先生の恩返しと…ここにいるみんなに何か伝えられたらいいなって思ってます」
何を伝えればいいのかな…
多分、ここにいるみんなは私よりも真っ直ぐ夢を追いかけてるんだろうなぁ…なんて。
だからそんな彼らに私が伝えられることはこれだけなんだよね…
「突然だけど、みんなには大切な人はいるかな?友達でも家族でも、もちろん恋人でもいい。好きな相手だっていい。…みんなが失いたくない大切な存在はいる?」
頷く子や首を傾げて考えてる子、隣の友達と顔を見合わせて微笑む子。
みんなそれぞれの反応をした。
「じゃあ、もしその大切な人が突然いなくなったらみんなはどうする?あんまり考えたくないか…?…俺は大切な人を失った。この学園に入る少し前にね」
「たった一人の、俺にとってかけがえのない人だった。その人がいない世界なんて考えたことなかったし考えたくもなかった。むしろ、その人が俺の世界そのものだった」
「けど、失っちゃったものはもう取り戻せなかったんだよね。失って改めて、自分の中のその人の存在の大きさに気づいてさ、生きながら死んでるような感じになった。そんな俺を沢山の人が救ってくれた」
講堂の後ろの方にいる日向サンや林檎ちゃんに視線を向ける。
「まぁその救いの手さえ、俺は最初受け入れなかったんだけどね。それでも、この学園に入って沢山の人と出会って…やっと、その手を掴む勇気が持てた」
「まぁ、なんでこんなこと話してるのかってなるとさ…やっぱり、今ある繋がりっていうのかな、そういうのを大切にしてほしいんだよね。みんなには」
この世界の人間じゃない私にはない、繋がり。
…自分で断ち切ってしまった繋がり…
「みんなが当たり前のように持ってる家族やこの学園に入る前の友人たちとの繋がり。…それを当たり前のように持っていない人もいるんだよね。たった一つの繋がりがさ…案外自分の命を救ってくれたりするかもしれない」
「そりゃ、喧嘩だってするし嫌にだってなるし、鬱陶しくもなる。それでも、その繋がりだけは断ち切らないでほしい」
アイツらとの繋がりを断ち切ったくせに何言ってんだって感じだけど。
「これが、俺の一番伝えたいことだと思うな」
私は微笑んで、彼らを見渡す。
そんな時視界に入ったのは見覚えのある奴らだった。
「本当はさ、音楽について語ってあげるべきなんだと思うんだけど俺よりもみんなの方が真剣に夢に向かってると思うんだよね。ん〜…俺の同期の、ST☆RISHって知ってるよね?」
頷いた彼らに言葉を続ける。
「アイツらも、みんな夢を持ってた。けど、それぞれその夢を拒む壁があった。本当の姿が分からなくなってた奴や、家柄に悩まされてる奴とか…みんなそれぞれ悩みを抱えてた」
視界に入ってるST☆RISHのみんなが慌てたように顔を見合わせる。
「それでも、アイツらは仲間と前に進んでる。この学園で初めてグループでデビューした。それを間近で見てたからさ…支え合う人がいるって幸せなんだなって思った。けど知らず知らずのうちに俺もアイツらに支えられてた」
いつだって、私から離れて行かなかった。
辛いときは傍にいてくれた。
「まぁ、恥ずかしくてあんまり言いたくないけど…感謝してるわけでさ…多分、みんなも知らず知らずのうちに誰かに支えられて生きてる。人間ってさ本当に弱い生き物で…独りになると生きられないんだ」
朱利がいなくなって死んだ私がいい例だ。
朱利以外に私の傍には誰もいなかった。
「結局のところさっきの話に戻っちゃうんだけどさ…この学園での出会いをこの学園でできた繋がりを大切にしてほしい。この学園に入る前に出会った人たちも、家族も。いつもありがとうとかさ、恥ずかしくて言えないだろうけど…その分態度で示してあげて。何も言わなくても、傍にいてくれるだけで人は救われる。隣にいるだけじゃ足りないって思ったなら何も言わずに触れてあげて。言葉にしなくても…触れた温もりから多分伝わる」
「俺はそうやって、救われてきたから…立ち止まるたびに抱きしめられて、頭を撫でて貰って、手を引いてもらって…そうやって進んできた。それでも、進めないときはさ…俺の所へおいで。踏み出せるまで隣にいてあげる。背中も押してあげる」
「辛いなら泣けばいいし、悔しいなら唇噛んで努力すればいい。我慢するだけ無駄なんだよ。譲れないものがあるなら友達と真っ向から対立したっていい。それでも絶対に…自分から切ろうとしなければ繋がりは切れないから」
あー…言いたいことめちゃくちゃだな…
最初から考えてきてないから仕方ないんだけどさ…
「独りじゃさ、歌なんか歌えないんだ。誰にも響かないし、誰にも届かない。だから、どうか…どんなことがあっても独りにはならないでほしい。まぁ、俺の話はこれくらいかな…なんか支離滅裂でごめんね。残りの時間はみんなからの質問にでも答えようかな」
時間の余っている時計に視線を向けてから、彼らを見た。
手をあげたのは1人の女の子。
「質問、いいですか?」
「いいよ?」
「…ここは、恋愛禁止ですよね?それでも…誰かを好きでいていいんですか?」
頬が赤く染まる彼女に微笑む。
「俺はいいと思ってるよ?俺もこの学園にいる間ずっと死んだ恋人を想っていたし。好きって気持ちは簡単には抑えられないでしょ?だから…好きでいていいと思う。ただ、それを口にするのはもうちょい先になっちゃうかな。まぁ、告白してきた子もいたけど…」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。頑張ってね?」
「はいっ」
次に手をあげたのはずっと俯いていた男の子。
「なんで、死んだ相手をずっと好きでいられるんですか?もう、その想いには答えてくれないじゃないですか」
泣きそうに歪んだ彼の顔に、あぁ…この子も一緒なのかなと思った。
「だって、嫌いになんかなれないでしょ?子供の恋愛かもしれないけど本気で愛した相手を死んだからって嫌いになれる?」
「なれ、ないですっ」
「うん。だからね、無理に嫌いになる必要なんてないんだよ。もし、その人以上に好きになった人ができたなら、死んだ恋人に伝えられなかった分も好きを伝えてあげればいい」
「はい」
それから数人の質問に答えていくと手をあげたのは林檎ちゃんだった。
「はいは〜い」
「え?あ、林檎ちゃん…どうぞ?」
「禁断の恋でもいいと思う?先生と生徒とか」
嬉しそうに話す林檎ちゃんと顔を赤くした日向サンに首を傾げる。
「許されない恋なんて、この世にはないですよ?」
「え?」
「先生と生徒である以前に2人は人間だし…死人と生きてる人でも同じ。好きって想いを無理矢理ふさぎ込んだどころでいつか溢れだしちゃうし。世間体なんて気にしないで好きになったらその気持ちを誇るべきだと思います」
「ふふっ流石礫君」
林檎ちゃんは満足そうに微笑んだ。
「質問いいですか?」
「どうぞ?」
「一度、断ち切った繋がりはもう戻らないんですか?」
「…戻るよ。俺はそう思ってる」
視線をST☆RISHに向けた。
「俺は1度大切な仲間とのつながりを断ち切った。裏切ったんだよね。それでも…もう1度繋がりを戻せたと俺は思ってる。すぐにっていうと、無理かもしれないけど望む未来でなら」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
その後は作曲に対する質問だったり、歌うときの質問だったり…まぁいろんな質問をされた。
「ん〜みんな、聞きたいことはもう平気かな?じゃあ、俺からの話はここまでね。…俺の話でみんなが何を感じたかはわからない。けど…みんなが、俺と同じ過ちを繰り返さないことを願ってる。最後になるけど…死んでしまったら、大切に思っていたものはすべてなくなっちゃう。もう…拾い集めることは出来ない。だから今…みんなの両手にある大切なものは手放さないでね」
マイクの電源を切って舞台から降りる。
「お疲れ、礫」
「お疲れ様です、日向サン。支離滅裂でごめん」
「…みんな何か掴んだみてぇだぞ?顔つきが違う」
「なら、よかった」
死んでしまってからじゃ、遅いんだ。
死んでしまえば、お墓参りさえいけない。
「1度くらい…お花供えに行けばよかったな」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない」
ステージに上がって話している日向サンを見ながら微笑む。
「あら、幸せそうな顔してる〜」
「そう?まぁ…あれだね。久々に先生の姿見れたなって」
「…どう?」
「カッコいいよ、凄く。もちろん林檎ちゃんも」
この人たちがいなかったら、多分…もう私は生きてない。
けどやっぱり…
「埋まらないんだよな…」
「何が?」
「穴、かな」
どれだけ、私を大切にしてくれてる2人でも…
私の穴を塞げない。
日向サンの話が終わって解散する直前に日向サンの名前を呼んだ。
「どうした?」
「1つ、わがまま。いい?」
講堂から出て開けた場所に生徒たちと移動する。
少し離れたところに置いたカメラを覗く。
「じゃあ行くよ〜」
タイマーにしたスイッチを押して彼らの中心に行く。
フラッシュがたかれて、カシャと音がした。
「ありがとう、みんな」
写真を確認して微笑む。
また、1つ…思い出が積み重なる。
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