ある日、寮に行くとセシルがテレビをじっと見つめていた。

「何見てるの?」
「礫!!」

振り返ったセシルがこちらに抱き着く。

「会いたかった!!」
「ありがとう」

セシルの頭を撫でながら視線をテレビに向ける。

「セシルと音也の番組」
「あ、見ないでください!!」
「これ、もう前に見ちゃったし」
「えぇ!!?」

驚くセシルを余所に隣に座る。

「面白かったよ」
「そう、ですか…?」
「うん」

俯く彼の手にあるCDに首を傾げる。

「それは?」
「春歌の作った曲です」
「へぇ…聞かせて貰ってもいい?」

頷いてくれたセシルのイヤホンを借り、CDを流す。
七海の歌は相変わらず、だな…
聞きながらそう感じた。

「ありがとう」
「もう、いいのですか?」
「平気」

CDを返して立ち上がる。

「折角だし、散歩でもする?」
「え?」
「今日は時間があるんだ」

2人で色々なことを話しながら歩いているとセシルが足を止めた。

「どうした?て、レンか…」

彼の視線の先にはランニングをしていたレンがいた。
レンとセシルと少し歩いて小川の流れる場所に移動した。

「ショー、明日ですね」

セシルが小川にかかる橋の上で蹲りながら呟く。

「あぁ。あ、そうだ…面白かったよこの前のバラエティ」
「えぇ!!?見たのですか!?」
「セッシーは本当にアイドル目指す気ないのかい?」

2人の会話を聞きながら小川を見つめる。

「そ、そんなのありません!!…レンは何故アイドルになったのですか?」
「俺は兄貴に言われてね…」

レンの言葉にセシルが驚きの声をあげる。

「家族の勧めでアイドルになったのですか?」
「きっかけなんて、なんだっていいのさ。今が本気ならね。そうだろ?礫」

突然話を振られて、慌てて2人の方を見る。

「え?何?」
「アイドルを目指すきっかけなんて…なんだっていいと思わないか?」
「あぁ、それはそうだね。俺もきっかけはあんまりいいものじゃなかったし」

きょとんとするセシルに微笑む。

「今、やりたいって思ってれば始まりは関係ないんだよ。きっとね」
「そういうことさ」


****


JBC,当日

「カッコイイね、レン」
「そうかい?礫もカッコいいよ。」
「ありがとう」

レンの視線は私の手元のギターに向けられる。

「演奏するのかい?」
「あぁ、なんか…ファッションショーの途中のトークのときのBGM頼まれてさ。珍しくエレキじゃないんだよね」
「へぇ、楽しみだね。エレキ以外を聞くのはレディーを迎えに行ったとき以来だね」

そう言ってレンは微笑んだ。

あと少しでレンの番になる。
レンの次に登場する私はレンの背中を押した。

「礫?」
「今から、ステージに立つのは神宮寺レンだよ」
「え?」
「神宮寺グループの広告塔なんかじゃない」

レンが目を見開く。

「いってらっしゃい」
「…いってくるよ、礫」

ニコリと笑って、額に寄せられた唇。
チュッとリップ音がして、彼はスポットライトの中に歩いて行く。

「男だぞ、俺…」

中身は女だけど。
この見た目でよく、キスなんてできるな。
額に手を当てて、私は溜息をついた。
レンがステージに歩いて行って、戻ってくる途中突然ライトが落ちる。

「停電?」

不安そうな観客のざわめく声が聞こえる。

「聞いて…レディ達」

ざわめきの中にレンの声が響く。

「大丈夫だよ。暗闇の中だからこそ伝わる想いがあると思わない?」

暗闇の中レンが観客に語りかける。

「俺とレディ、お互いの呼吸や心臓の音まで聞こえそうだよ。聞いて、Myレディ…」

不安の声は既になくなって、会場はレンの言葉に飲み込まれていた。

「俺の歌で君たちのハートに火をともしたい」

レンの言葉に歓声が上がる。
私は急いでギターケースを開けて、ギターの音を確かめる。

「チューニングしておいて正解だったな…」


「俺の声は届くよね?」

観客に語りかけるレンの元に歩を進める。

「2階席、聞こえてる?」

歓声の中、レンの隣に立つ。

「礫?」
「…歌うんだろ?七海の歌を」

暗闇になれた瞳が驚いたレンの顔を映す。

「昨日、聞いたからメロディは弾ける」
「…ありがとう、礫」
「いくよ?」

ギターの演奏を始めると、会場は静かになる。
そして、レンの声が響き渡り、歓声が上がった。
間奏を引いているとスピーカーからCDの音源が流れてくる。

「…これ、七海の」
「子羊ちゃんかい?」
「…タイミングがいいね」

ギターの演奏をやめようとすると名前を呼ばれた。

「続けて」
「え?」
「演奏、やめないでくれるかい?」

レンの言葉に首を傾げながらも頷く。
会場にレンの声とギターの音、スピーカーからのメロディが響き渡った。
電気が戻ると私とレンにスポットライトが当てられる。

「レン様〜」
「礫〜!!」

聞こえてくる歓声に笑顔で答えて、レンに視線を向ける。

「お疲れ」
「礫もね…それと、ありがとう」


****


ライブが終わって外に出るとレンが誰かと話していた。

「あれって…神宮寺グループのトップ?て、ことは…お兄さんか…」

邪魔をしないようにそれを眺めていると2人の会話が聞こえてくる。

「お前の機転で救われたよ。まさかあそこで歌うとはな」
「そっちこそ、俺の曲をセットするためにそんな怪我までして責任者とはいえ、よくやるよ」

レンのお兄さんの手に巻かれた包帯。
あれはレンのCDを流すために怪我をしたのか…

「馬鹿。責任者だからじゃない。お前のためだ」
「俺のため?」
「まだ俺を恨んでいるか?無理矢理お前を早乙女学園に入れたことだ」

お兄さんに無理矢理入れられたからあのときは歌うのをやめてたのか…

「いや…」
「あの頃の俺を支えてくれたのはお前の歌だった。お前には人を惹きつける特別な力がある」
「わかってる。だから広告塔にしたんだろう?」
「違う」

レンの肩がほんの少しだけ揺れた。

「あの頃のお前は反発心が強くてああいうしか思いつかなかった。しかし、俺の目に狂いはなかった」

レンはやっと、お兄さんの方に視線を受けた。

「お前の歌がずっと好きだった。頑張れよ、神宮寺レン」

じゃあな、と去っていくレンのお兄さん。

「いいお兄さんだね」
「え?」

呆然と去っていくお兄さんに視線を向けていたレンに声をかける。

「だから、言っただろ?レンは広告塔なんかじゃないって」
「そう、だね…」
「いいね、家族って」

レンが首を傾げる。

「礫にもいるだろう?」
「いないよ」
「え?」

私はレンを見て微笑む。

「家族はいない。俺は…偽物だからね」
「どういう意味だい?」
「そのまんま。じゃあ…帰ろうか」


****


部屋の壁に手を伸ばす。

「新しい、思い出…」

JBCの後に出演者と撮った写真を壁に貼り付ける。

「私は、偽物…こうやって自分を作っていかないと…」

見失いそうになる。
仕事を続ければ続けるほど…
自由な時間が無くなるほど、ふとした瞬間に自分がわからなくなってくる。
本当の私は女で、でも御幸礫は男で。
私の中心だった朱利が消えて、空っぽになったところに詰め込んだはずの仕事じゃ足りなくて…

「空っぽだなぁ…」

家族も、いない。
戸籍もない。
過去に存在しない私が、今存在するためには一体どうすればいいんだろう…

コンコンッと響いたノックの音に返事をしてドアを開ける。

「レン?」
「やぁ」
「…入る?」

紅茶を準備して、キッチンから出るとレンはじっと写真の張られた壁を見つめていた。

「どうした?」
「これ…全部礫が今まで共演してきた人達かい?」
「そうだよ。前にレンと雑誌で共演した時のも貼ってあるんじゃないかな」

紅茶をテーブルに置いて隣に立つ。

「すごい沢山、あるんだね」
「そこのアルバムにも入れてあるよ。ファンの子たちと撮った写真も全部」
「…大切かい?この、写真は」
「そうだね、大切だよ」

レンは微笑んで、こちらを見る。

「お礼を、言いに来たんだ」
「え?」
「今日、俺の背中を押してくれてありがとう。それから、退学になりそうだったときも背中を押してくれた。礫がいなければここまで来れなかった」

綺麗な瞳だ。
過去のしがらみも消えて、真っ直ぐ前を映す瞳。
私の瞳は、彼にどんなふうに映る?
そんなに、綺麗な瞳は…してないんだろうな

「礫?」
「え?あぁ…俺は何もしてないよ。レンがその手で掴んだ未来だ」

そうだ、彼が自分で掴んだ未来。
いや、七海と掴んだ未来かもしれない。

「礫は、俺達のことを、俺のことをよく知っているよね」
「え?」
「けど、俺は何も知らない」

ギュッと掴まれた左手。

「いつも独りで歩いて、一人で戦ってる」
「どうしたの?突然」
「家族がいないって言ったときの礫は…いつもと様子が違っていた。だから、心配でね」

繋がれたままの左手を見つめて口を開く。

「気のせいだよ」
「そうかい?」
「そうだよ」

力の弱くなったレンの手から自分の手を離す。

「俺は、大丈夫」

自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟く。

「大丈夫だよ」
「なら、いいんだ。邪魔してごめんね」
「いや、平気。」

出て行ったレンを見送って息を吐く。

「大丈夫、だよね?…私…」

答えなんて、返ってこなかった。



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