茶色の長い髪のウィッグを被り、女物の服に身を包んだ私は鏡の前で目を伏せた。

「なんで、こんなことに…」

話は数時間前に遡る。
オフだった私を早乙女さんがとあるスタジオに呼び出した。

「あ、やっと来たか」
「蘭丸さん?」

スタジオには蘭丸さん達4人がいた。

「あの、俺今日はオフなんですけど」
「悪ぃけど、仕事な」
「は?」

蘭丸さんが私の腕を引いて楽屋に入り、こちらに洋服を投げてくる。

「あの…蘭丸さん?」
「お前、性別は非公開だよな?」
「そうですけど」

腕の中にある洋服を見て、首を傾げた。

「今まで男のビジュアルだけだったし、女も発表しねぇ?」
「…えっと、すいません」
「なんだ?」
「一発殴っていいですか?」

お腹を押さえて蹲る蘭丸さんから聞いたところ4人での撮影で1人女子を入れないといけなかったが、蘭丸さんが全部嫌がったと…
それで、私が女子の服を着て撮影?

「…やっぱり、嫌だよなぁ…」
「いいですよ、もう」
「本当か!!?」

溜息をついて羽織っていたパーカーを脱ぐ。

「今からモデルさんを連れてくるのも、時間の無駄ですから」
「そう言ってくれると思ってたぜ、礫」

髪をガシガシと撫でる蘭丸さんにもう1度溜息をついた。
そして、冒頭へ戻る。

鏡に映る自分に、また心が揺らぐ。

「俺じゃなくて…私が…」

ここに、いる。
ノックの音が聞こえて、返事をする。

「今いきます」

久々に履いたヒールはグラグラと不安定だ。

「え?礫君!!?」
「礫…?」

驚いている4人から視線を逸らす。

「すみません、遅れました。撮影、始めて貰えますか?」

驚く彼らを無視して撮影監督に近づく。

「えっと…御幸君?」
「一応、性別は非公開ですので…女性ビジュアルの発表ってことにしておいていただければ嬉しいです」
「わ、わかった。それにしても…綺麗だね〜。僕の想像通りだ」

嬉しそうな監督に頭を下げて、撮影のスペースに入る。

「どういうことだ?礫」

こちらをじっと見つめるカミュさんから視線を逸らす。

「ねぇ、礫って…女の子なの?」
「礫君なんで黙ってるの?僕ちん寂しい…」
「やっぱ、怒ってんのか?」

4人が私の顔色をうかがう。

「仕事ですので…性別は非公開です。寂しいとか言われても困ります。怒ってはないです」

ウィッグの髪を撫でて体を伸ばす。

「仕方ないですけど、仕事ですので…じゃあ、始めますか?」

私は微笑む。
それに、顔を見合わせた4人だったが微笑んだ。
撮影はまず全員で。
その後に一人ずつらしい…

「じゃあ、まずは僕とでいいよね?」

藍が腕を引く。

「ちょ、引っ張らないで」

今、カメラの前に立っているのは誰?
私?それとも、俺?
笑顔を作りながら、答えのない疑問が頭の中を渦巻く。
必要とされてるのは、俺?
私がいらないなら…過去は、いらない?

「朱利との過去を…捨てる?」

休憩中に呟いた言葉に目を伏せる。

「礫、大丈夫か?顔色悪いぞ?」

隣に座った蘭丸さんが首を傾げる。

「礫?」
「平気、だよ…」
「やっぱり、女で出るの嫌だったか?」
「いや、大丈夫。ちょっと、懐かしいだけだから」

休憩終わりの声が聞こえて立ち上がる。

「じゃあ、次は御幸君のソロね」
「え?ソロ?」
「急遽、入れようって話になったんだよ」

嬉しそうに笑う監督にわかりましたと答えてカメラの前に立った。

全ての撮影を終えて、楽屋に入る。
不安定だったヒールを脱いでソファに座る。
カメラに映っていた自分の姿は俺じゃなくて私だった。

「入るぞ?」

ノックの音が聞こえて、入ってきたのは蘭丸さんだった。

「蘭丸さん…」
「お疲れ。…まだ着替えてなかったのか?」
「はい」

隣に座った蘭丸さんが顔を覗きこむ。

「やっぱり、顔色悪いな…」

蘭丸さんの手が心配そうに頬を撫でる。

「大丈夫ですよ」
「…嘘だろ?」
「嘘じゃないですよ。…すいません、着替えますね」

ソファから立ち上がろうとした私の体が傾く。

「おいっ、大丈夫か!!?」

蘭丸さんに抱きとめられた体。
カチャンと音がして床に視線に落とす。

「え……」

床に落ちたそれに目を見開く。
蘭丸さんの腕から滑り落ちて床に膝をついた。

「…朱利?」

床に落ちたピアスに手を伸ばす。

「おい、礫?大丈夫か?」
「…なんで…」

蘭丸さんの声を聞きながら手の平のピアスを見つめた。

「どうしたんだよ、礫」

蘭丸さんが私の顔を覗きこむ。

「朱利からもらった…ピアスが…」
「え?」
「朱利から…もらった…唯一の、物…なのに」

留め具が壊れて、チェーンが切れたピアスをただ見つめる。
キラキラと輝いていたストーンは輝きを失っている。

「スゲェ壊れ方してんな…」
「うん…」

どうして?
撮影中は普通に、大丈夫だったのに…

ウィッグの髪が影を作り、ピアスに涙が落ちる。

「なんで?なんで…だって…もう…」

朱利から貰ったものはこれしか…なかったのに…
もしかして…他の、物も…

頬の涙をそのままに、鞄を開ける。
中から引っ張り出した携帯とウォークマンにもひびが入って、電源がつかない。

「…なんで、なんで…なんで!!?」
「おい、礫!!」
「なんでよ…」

耳を塞いで蹲る。
嫌だ、嫌だ、嫌だよ朱利。
朱利がいたことを証明するものがなくなったら、私は私でいられない。
私が、向こうで生きた証明がなくなってしまう。


****


耳を塞ぎ蹲る礫の肩が尋常じゃなく震える。

「嫌だ、嫌…ねぇ、なんで…」

紡がれる言葉は言葉の意味をなさずに音となる。
ノックの音が聞こえて入ってきた3人が目を見開く。

「ちょっと、どうしたの!!?礫君!?」
「礫!!?」
「おい、どうした!?」

駆け寄ってきた3人が俺に視線を向ける。

「何があったの、ランラン」
「コイツのピアスが壊れた。」
「え?」
「それから、携帯とウォークマン。それを見たらこんな状態だ」

3人がわからないって顔をした。
俺だってわかんねぇよ…

「礫?大丈夫?」

藍が礫の肩に触れると、ビクリと今までよりも大きく肩が震えた。

「違っ!!違う、違う違う…俺は…俺、は…」

耳を塞いだまま首を横に振る礫。

「ピアス、朱利からもらったモンだったらしい」
「ねぇ、この携帯…」
「嶺二?」

ひびの入った携帯を指差す。

「いつも礫君が使ってたのと違う…」
「そう言われれば…色が、違うね」

礫は、なにか隠してる。
おかしいだろ。
なんで、恋人からもらったものがピアスだけなんだ?
なんで、朱利の墓に行かずにあの湖に花を供えた?

「…蘭丸、どうする?」
「落ち着くまで、見守るしかねぇだろ…こいつは元々オフだから大丈夫だろ?」
「貴様もオフか?」
「あぁ。今日はさっきのだけだ」

3人は、あとは任せたと心配そうな瞳を礫に向けながら出ていく。

「礫…」

震える礫を後ろから抱き寄せる。

「大丈夫だ、礫…」

耳を塞いでるから、聞こえねぇと思うけど…
これ以外の言葉が見つからない。

「蘭、丸さん…」
「礫?」

耳から手を離した礫の手が力なく下される。

「蘭丸さん…」
「なんだ?俺は、ここにいるぜ?」
「ごめん、ごめんなさい…」
「え?」

俺の腕から逃れた礫が落としたピアスを大切そうに鞄に入れてハンガーにかけてあった洋服に手を伸ばす。

「帰ります、今日は…」
「俺も同じところに帰るんだ。一緒に帰るぞ」
「…はい」

寮の部屋についても礫はなにも喋らずに俯いている。
テーブルの上に並べられた壊れたピアスと携帯、ウォークマン。

向かい側のソファに座った俺はそんな礫をただ見つめていた。
いつの間にか礫の部屋の写真は増えていて、壁一面を覆いそうになっていた。

「礫…」
「なんですか?」
「写真…多くねェか?」

礫は視線を写真に向ける。

「あぁでもしないと…見失いそうになるんです。俺を…」
「見失う?」

礫は頷いて、また俯いた。

今は話、聞けそうにねぇな…
けど、ここを離れるのも無理そうだな…

震える礫の手。
頬には涙の痕が残ってる。

「日向龍也、呼んだ方が良いか?」
「…呼んでも、何にも…なりませんよ」
「え?」
「日向サンは、何も知らない。林檎ちゃんも…早乙女さんだって…何も、知らない」

こいつの近くの奴が全員、何も知らないのか?

「誰も、何も、知らない…」
「あの社長もか?」
「あの人は…私には、興味ない」
「は?」

俯いた礫の表情は見えない。
けど、声は酷く冷たかった。

「私は、あの人の元でしか…生きれないから…だから、私を知る必要なんてない」
「意味わかんねェ…」

顔を上げた礫が微笑む。
痛々しい笑顔。
深い闇の広がる瞳。
あの時と、出会った時と同じだ…

「ごめんなさい、一人にしてもらえますか?」
「え?」
「少し、考えたいことがあるんです」

引きとめることは、できねェか…

「わかった。なんかあれば電話しろよ?」
「はい。ありがとうございます、蘭丸さん」

部屋を出て、俺は閉じたドアに背をあてる。

「社長も、知らねェこと…か…」


****


壁を埋め尽くす俺の過去。
テーブルの上にある壊れた私の過去。
見失った俺と私の未来。
止まってしまった現在。

「どう、すればいい?」

俺を作らなければ…こうはならなかった?
俺がいなければ私は何も見失わなかった?
そんなとき、鳴った携帯。
壊れた携帯じゃない。
多分、私がここに来て買った方の携帯だ…
鞄から出した携帯に届いていたメール。
送り主は早乙女さんだった。
長々と書かれた女性ビジュアルの私の出演依頼。
そして、最後の行に書かれた明日の事務所への呼び出し。

…仕事は消えない。
ファンは私を待ってる。
逃げるわけにはいかない場所まで来てしまったらしい。

「進むべき…前がわからない…」

私は携帯を握りしめて、目を伏せた。

次の日、いつも通りの顔をして寮を出た。

「礫」
「蘭丸さん?」

寮の外にいた蘭丸さんがひらりと手を振る。

「大丈夫か?」
「蘭丸、さん…はい、大丈夫…です」

自然と視線を伏せてしまう私の後頭部に蘭丸さんの手が添えられた。

「礫」
「え?」

名前を呼ばれて、強い力で蘭丸さんに引かれ彼の肩に自分の額がぶつかる。

「俺からは、何も聞かない」
「蘭丸さん?」
「昨日、色々考えた。お前が何を隠してるんだろうとか…どうやって聞くかとか…」

後頭部に添えられていた手が弱々しく髪を握る。

「けど、俺は何も聞かねェ」
「え、あの…」
「お前が、俺に話せるって思ったら…話せばいい。それまでなにも聞かねェから…」

隠し事…
私の、過去…だよね?

「お前が話してくれたら…俺も、礫に隠してることを話す」

空いていた反対側の蘭丸さんの手が私の背中に回る。

「俺は、どんな礫だって受け入れる」
「…どれだけ、酷い…嘘をついていても、受け入れられるんですか?」
「どんな嘘を俺についていたとしても、俺には関係ねぇ。俺を裏切らねェって言ったお前の言葉は嘘じゃねェだろ?」
「嘘じゃ、ないです…けどっ私は…嘘をついたまま蘭丸さんに…」

嘘をついたままの私が言った言葉は、本物として受け入れられるもの…なのかな…?
空いていた両手で蘭丸さんの服の裾を掴む。

「今の姿が嘘だったとしても、お前の言葉は嘘じゃねェ…それくらい俺にはわかんだよ。馬鹿にすんじゃねェ」
「あ…ごめ、なさい…」
「待ってるからな。その、嘘のない言葉が…俺にお前の真実を伝えてくれるって」

手が離れて蘭丸さんが離れる。
私の掴んでいた服の裾が両手から消える。

「礫!?」

なんでか、わからない。
私の両手は蘭丸さんの手を握りしめていた。
驚いた蘭丸さんに何も言えないまま、手を握りながらしゃがみ込む。

頬からボロボロと落ちる涙が地面に痕を作る。

「礫、大丈夫か!?」

震える両手から伝わる温もりに涙が止まらない。

「私は、嘘吐きなんです」
「え?」
「私は…仲間もファンも、みんな…みんなを騙してる」

自分のものじゃなくなった命を受け入れて、仮面を被って…
自分で被った仮面なのに…私は、それさえも受け入れられなくなって…

「礫…」
「でも、私は…みんなを裏切りたくないって思ってるんだ…手に入れた繋がりをもう断ち切りたくない」

蘭丸さんから手を離す。
離した自分の手を握って、目を堅く閉ざす。

「ごめんなさい」
「謝んじゃねぇよ。謝罪は、真実を言ったときに何回だって聞いてやる。だから、今は謝るな」
「はい…」

頬の涙を拭って、立ち上がる。

「いつか…伝えます」
「おう、待ってるぜ?」

私は心の中でもう一度ごめんなさいと謝って彼の横を通り過ぎる。
あの人だけは…私を受け入れてくれる。
確証なんかなかったけどそんな気がした。
いや、そう信じたかっただけなのかもしれない。



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