あれ以来蘭丸さんとは顔を合わせていない。
机の上のブレスが寂しそうに見えて、自分の分を外して一緒に鞄に入れた。
「礫君」
「嶺二さん?どうしたんですか?」
早乙女さんに呼ばれ、出かけようとしていた私を寮の入り口で待っていたのは嶺二さんだった。
「ランランと、何があったの?」
「え?」
「ランラン、礫君の名前を出すとすごく怒るんだ。あんな奴、知らねぇってそればっかりで…」
悲しそうな嶺二さんに私は苦笑する。
「わからないんです」
「え?」
「きっと、俺が…何かしてしまったんだと思います。きっと、俺が…裏切ってしまったんです」
手がかりは瑛一さんとの電話だけ。
あの電話を聞いていて、何か気に障ることをしちゃったんだろうな…
「もし」
「え?」
「もし…俺と蘭丸さんが元に戻れなかったら…」
鞄のなかに入れた2つのブレスを嶺二さんに渡す。
「これ…」
「これを、蘭丸さんに渡してください」
嶺二さんに手の中のブレスを見て、目を伏せる。
「それと、もう1つお願いがあります」
「何?」
「今日の午後8時…どのチャンネルでもいいです。寮の全員でテレビを見ていてください」
それじゃあ、と頭を下げて私は迎えに来た日向サンに車に乗り込んだ。
****
今さら、少し後悔する。
ちゃんと話を聞いておけばよかったなんて。
寂しくなった腕を撫でて溜息をつく。
「ランラン」
「なんだよ、嶺二?」
「…礫君と、何があったの?」
真剣な嶺二の目から視線を逸らした。
あの打ち上げの日。
途中で携帯を持って抜けた礫の後を追いかけた。
「もしもし?」
「こんばんは、瑛一さん」
そこで見たのは嬉しそうに笑う礫だった。
相手は瑛一…鳳瑛一だ。
「本当ですか?嬉しいです」
「なんですか?」
「レイジングさんにですか?」
「わかりました。後日、挨拶に向かいますね」
「いえ、我儘を聞いていただいてるんですから当然ですよ。じゃあ、これからよろしくお願いしますね」
礫の言葉が頭の中に流れて舌打ちをこぼした。
鳳が何を話しているかはわからなかった。
けど、礫の声だけを聞いて浮かんだのは移籍の話だった。
「ねぇ、ランラン…ちゃんと話したの?」
「話してねぇ」
「…礫君ね、きっと自分が裏切ってしまったんだって凄く悲しそうに言ってたよ」
裏切らないと言ったアイツを信じてぇのに、どうしてか…
悪いことばかり頭に浮かぶのだ。
「うるせぇよ」
「…これ、大事なものだったんじゃないの?」
嶺二の手の中にあった2つのブレスに目を見開く。
「なんで、これ…」
「もし元に戻れなかったら、ランランに渡してって預かったんだよ」
無理矢理握らされた2つのブレスを見つめていると、嶺二が溜息をついた。
「いいの?このままで」
「…どうしろって言うんだよ」
「ちゃんと、話したらいいんじゃない?きっと、礫君は聞いてくれるよ」
知ってる。
怒りもせずに、礫は俺の話を聞いてアイツが悪く無くても謝るんだろう。
「…それと、今日の午後8時ロビーのテレビの所に集合ね」
「は?」
「これも礫君からのお願いだよ」
他の人にも伝えないと、とどこかに歩いて行く嶺二を見送る。
「…なぁ礫…」
俺は、お前が好きなんだ。
だから、お前を失いたくない。
鳳に嫉妬して、冷静になれていなかったってことも分かってる。
けど…それを言えるほど俺は素直にはできてねぇんだ。
好きだって伝えるのも、お前の全てを知ってからじゃねェと嫌だって思ってる。
我儘なのはわかってる。
けど…
「お前の全てを、知りたいんだ…俺は」
午後8時
ロビーのテレビの前にST☆RISHと、先輩4人。
そして、日向先生と林檎ちゃんがいた。
「なぁ、何が始まるんだ?」
「僕は何も聞いてないよ〜」
「俺も聞いてねぇな…」
時計が8時を表示すると画面には礫が映った。
「え?」
「礫?」
画面の中には礫しかいない。
『あれ、これちゃんとできてるのかな?うん、OKみたい。皆さんこんばんは』
画面の中の礫は優しく微笑む。
『電波ジャックして、今は全チャンネル俺が映ってます。8時からの番組は電波ジャックされるってわかってるから少し短くできてるそうなのでご心配なく。今日は重大発表があります』
礫は手元の紙に視線を落とす。
『はい、じゃあ…まず1つ目!!QUARTET NIGHTの4人とのコラボCD第2弾が発売されます。来月の第1週から4週連続で毎週月曜日に発売です。ぜひ、買ってくださいね』
テーブルの上に並べられた4枚のCD。
『スゴイいい出来なので、みんなに聞いてもらうの楽しみだなぁ…。よし、じゃあ、次行きまーす』
机の下から3枚のCDを出して、それが画面に映し出される。
『御幸礫の新曲も発売決定です。今回は初回限定盤が2枚と通常盤が1枚です。初回限定盤は女性ビジュアルと男性ビジュアルの2種類。対になった男女の恋愛ソングが入ってます。通常盤にはこれまた未発表の曲が入ってます。どのCDにも握手会の参加権が入ってるからみんな俺に会いに来てね?』
コラボCDの横にまたそれらを並べて新しく机の下からCDを出す。
『はい、じゃあお次はこちらー。HE☆VENSのコラボCDです。本当はシングルの予定だったんだけど…俺が持っていった曲全部歌いたいって言ってくれてアルバムになりました。3人のソロ曲もそれぞれ入ってるからお楽しみに。解散の話が出たときはどうなるかって思ったけど…これからも、彼らの曲が聞けるのは嬉しいよね』
机の上にそれを置いて、次は譜面を出す。
『まだまだ、続くよ〜。次は、これ。ちゃんと映ってるのかな?』
画面に近づけられた譜面には綺麗な音符が並ぶ。
『こちら、ST☆RISHのメンバー全員に1曲ずつ作った曲です』
「は?」
「え!?これ、本当かよ!?」
驚くST☆RISHは画面に近づく。
『きっとね、今頃テレビの前に驚いてると思う。あとで渡しに行くから待っててね?これも一応発売予定だけど…いつになるかはわからないなー…』
「嬉しいです〜」
「俺も嬉しいっ!!!」
『はいはーい。まだまだ、行くよー。お次は…こちら』
フリップをテーブルの上に乗せて首を傾げる。
『見えてる?QUARTETNIGHTの新曲書くことになりました!!これも本人に言ってないから驚いてるはず!!あ、それとデュエット曲も書いたから…こっちも楽しみにしててね』
「知ってた?」
「知らなかった…」
『えっと…まだまだあるねー。お次はこちら』
フリップをまた机の上に置く。
『俺も知らないうちに全国ツアー決まりました。行く場所とか日程はまだ未定だけど出来る限り全国行っちゃいます。楽しみだなー、みんなに会えるの』
「龍也、知ってた?」
「いや、知らねぇ…」
「シャイニーが勝手に決めちゃったのね、きっと」
「多分…」
『ん、事務所からお願いされてた告知はこれまで。ここからは…俺が勝手に話します』
真面目な表情になった礫が、真っ直ぐ画面越しにこちらを見る。
『まず、俺の性別について…。最近女性ビジュアルを発表したせいで世間でもいろいろいわれてるけど…これは、公式発表するつもりはありません。男でも女でも御幸礫っていう唯一無二の存在でいたいから…どれだけ聞かれたとしても答えません。ご了承ください』
ぺこりと頭を下げた礫。
『それから…今度、HE☆VENSの3人と一緒に歌うことになりました』
「は?」
「歌うって、どういう事です?」
「いや、聞かれても分からないよ」
『事務所の壁を越えたコラボ第2弾かな。今回は俺の楽曲で一緒に歌うことになりました。楽しみだねー。これの詳細は追々発表していきます。あ、ちゃんと社長には許可もらってるからね?』
****
さてと…
そろそろ私の本題かな…
「次に…ファンレターとかで礫さんはうたプリアワードに出ないんですか?とか出てほしかったですっていうの何回も言われてたんだけど…それについて今ここで答えさせてもらいます。」
鍵を閉めた入口のドアを叩く音が聞こえる。
「ノミネートは、される予定でした。けど、俺が断らせてもらいました。確かにあの舞台に立てたら楽しかっただろうけど、俺は今俺を応援してくれてるファンとの時間の方が大切でした。」
頭を下げて、カメラに向かって微笑む。
「俺はアイドルだけど…今までこの世界にいなかったような異質なアイドルになりたいです。俺っていう唯一無二のアイドル…それが俺であればいいなって思います」
本当に、私は異質な存在だけど…
それでも私はこの世界のだれかと同じは嫌なんだ。
「作詞作曲もしてモデルもして、もちろんアイドルもして…ベーシストとしてもドラマーとしても…いろんな方向で活躍していきたい。俺っていう独立した存在っていうのかな?そんな風になりたい」
「うたプリアワードに出れば俺は今までいた人たちと同じアイドルになっちゃう…そう思ったからお断りさせていただきました。応援してくれてたファンの子たちには申し訳ないけれど…これから先みんなを満足させてあげられる俺になるから。許してください」
もう1度だけカメラに向けて頭を下げた。
「俺の発表はここまでです。なんか色々言い過ぎて何言ったかわからないけど…どう?ちゃんと伝わったかな?平気だといいなー。以上、御幸礫でした。じゃあまたね?」
ひらひらと手を振ってカメラの前から離れて、部屋のドアを開ける。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。社長さんが後で来いって言ってたよ」
「わかりました」
「失礼します」
社長室に入るとこちらに椅子の背を向けた早乙女さんがいた。
「どうして、うたプリアワードの件を話した」
「貴方のしたことは話していないんだし、いいじゃないですか」
椅子が回って、こちらを見る早乙女さんの目は酷く冷たい。
「お前は、何を考えている」
「そうですね…自分が自分である方法を考えています」
鞄から封筒を出して、机に置く。
「今まで貴方が私にかけたお金に足りるくらい入っていると思います。お返ししますね」
「…どういうつもりだ?」
「私の命を返してください」
真っ直ぐ、早乙女さんをみて言う。
「私は、自分で稼いだお金で生きていきます。…貴方に生死を預けるつもりはもうありません。ここまで、良くしていただいたのは本当に感謝しています。けど…」
私は寂しくなった腕を握りしめる。
「私は、彼らの横に胸を張って並びたいんです。」
「お前は、勘違いしている。アイツらはみんなお前と並んでいると思っているぞ」
「…私の気持ちの持ちようなんです。私が、許せないんです。だから…それを受け取ってください」
早乙女さんは黙ってそのお金を受け取って、引き出しにしまった。
「これで、満足か?」
「はい。ありがとうございます」
「…お前にもう1度問う。死ぬか、この世界で生きるか。どちらにしマスカー?」
「私は、私の力でこの世界で生きます」
「その答えが聞きたかった」
笑って言った早乙女さんに頭を下げる。
「お世話になりました」
「…これからも、ビシバシ働いちゃって下サーイ」
「私と、俺の意志で仕事は選ばせてもらいますけどね。じゃあ、失礼します」
私は社長室から出て、寮へ向かった。
「礫!!さっきの、どういうことだよ」
「翔、そんな焦らないでよ」
苦笑しながら鞄の中の譜面を出す。
「これが翔の。それから、こっちがトキヤで、これがレン」
1人1人手渡しして渡していく。
「これが、音也でこっちが、聖川。これは四ノ宮。で、これがセシルね」
全員分を渡して、手元に残った譜面を持って嬉しそうに笑っていた七海に近づく。
「これが、七海の」
「え?」
「アイツらと違って歌うことはできないだろうけど…お祝いだから、受け取って」
こっそり、書いていた七海への譜面を差し出す。
「私に?」
「そう。…おめでとう。頑張ったね」
「はいっ!!」
目をうるうるさせている七海の頭を撫でる。
それを微笑ましそうに見ていた嶺二さんたちに近づく。
「みんなにも、これ。4人用の奴ね。早乙女さんにはもう渡してあるから」
別のファイルから出したそれを渡す。
「あと、これがデュエット曲」
「ありがと〜」
「…それと…」
私は蘭丸さんを見る。
「時間、ありますか?」
「ある、けど…」
「話があります」
嶺二さんと蘭丸さんが目を丸くして私を見ている。
「約束していたことを…話します」
「…わかった」
これで、本当に元には戻れなくなるかもしれない。
それでも…約束は守りたい。
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