所長室に呼ばれ、いつも通り早乙女の机に腰かける。
「失礼します」
ノックの音が聞こえて入ってきたのは聖川だった。
「待っていマシター、Mr.聖川。Mr.御幸、説明を」
「はいはい。聖川にね、オーディションを受けないか?っていう話がきてるんだよ」
封筒に入れてあった台本を彼に渡す。
「時代劇ミュージカル、らしいんだけど」
「Mr.聖川に名指しできたオーディションのオファーデース」
「ライブでマーくんをみて気に入ったんですって」
林檎ちゃんの言葉に聖川が驚く。
「スゴイわ、マーくんっ!!演劇界に旋風を巻き起こした超注目株の舞台よ〜」
「Mr.聖川の名を広く伝えるビッグチャーンス!!」
「まぁ、そういうわけだから…頑張って?一応俺が相談役になるから、わからないことがあればいつでもどーぞ」
聖川は所長室を出ていく。
「Mr.御幸。頼みましたヨー」
「わかってますって」
聖川から少し遅れて所長室を出ると七海と聖川話してる声が聞こえた。
「オーディションを受けることになった」
「本当ですか!?お前に貰った曲を歌おうと思うのだがよいだろうか?」
「嬉しいです。頑張ってください、オーディション」
やっぱり、一番に報告するのは七海なんだな…
そんなことを思いながら手帳を開いた。
「…頼んだって言われても今回はスケジュール的に…きついぞ?」
予備で貰った台本を開いてパラパラとページを捲る。
「…抱擁…ねぇ」
オーディションの鍵になるであろう抱擁のシーン。
これが一番聖川には難しいよね…
そう思いながら仕事に向かった。
****
次の日の朝、トキヤからメールが届いた。
内容は聖川がいなくなったということ。
「…やっぱり、抱擁はきつかったかなぁ…」
「どうしたんです?」
「いやね、ST☆RISHのメンバーの一人がオーディション受けるんだけどさ…どうにも、堅い奴でね」
「抱擁が出来ない、と?」
マネさんが苦笑した。
「そうなんだよね。困ったなー…」
「今回も何かするつもりなのかな?」
「そうしなきゃいけないから、これだけ早く仕事終わらせてるだけどね…」
考え方を変えるのは、難しいからなぁ…
「まぁ、なんとかしてみるよ」
「やっぱり、保護者みたいだね」
「本当だよ」
仕事を夕方には終えて、寮へ戻る。
「なんとか、早く終わらせられたけど…」
自分の部屋に荷物を置いてから聖川を捜す。
「あれ、いない…てか、誰もいなくね?」
…全員居ないってことは…レッスンルームかな…
月のレッスンルームのドアをゆっくり開いた。
レッスンルームの中には全員揃っていた。
黄色の着物の人を抱き寄せようと手を伸ばして震える聖川。
「「よしっ!!越えろ、抱擁の壁!!」」
2人を見ている翔達が応援の声をあげる。
てか、あの黄色の着物って…
「すまん、一ノ瀬!!やはり、お前を抱擁することはできんっ」
「な、なぜです!!?私の芝居は完璧のはず」
…あ、やっぱりトキヤか…
「もうちょいだったのになー」
「イッチーの芝居ならイケると思ったんだけど」
「どうしよう、オーディション明日だよ?」
音也が心配そうな声を出す。
「なぜ、娘役を男性が演じているのですか?」
「女性がいないから仕方なく私がやっているのですよ」
「ハルカがいるじゃありませんか。それに、」
言葉を続けようとしたセシルの口を塞ぐ。
「むぐっ!!?」
「Hello,みんな」
「礫!!?」
セシルは多分、私の性別を知ってる…
「トキヤってそういう趣味あったんだね」
クスクスと笑いながらトキヤを見る。
「ち、違います!!」
「うん、知ってる。やっぱり、悩んでるね…聖川」
「それは…そうだな」
聖川が俯いた。
「誰かが手本を見せるのも手じゃないですか?」
トキヤの言葉に私は首を傾げる。
「見ることも勉強ですし、都合よく役者が2人揃いましたから」
トキヤがじっとこちらを見た。
「え、俺?」
「他に誰がいるんですか」
視線がこちらに集まる。
「俺、礫の演技みたい!!」
「俺も!!」
なんか、理由違くない?
「あー、うん。やればいいのね、やれば。えっと、聖川」
「なんだ?」
「見て変われば好都合だけど、そう簡単にはいかないと思ってる…まぁ、見ててよ」
ライトが私とトキヤを照らす。
「お慕い申しておりました」
トキヤが、こちらを見上げる。
うわ、やっぱり上手いね…
「よせ、俺などお前の思いにこたえられる男ではない」
「されど、どうしてあなた様なのでしょうか…」
頬に伝ったトキヤの涙。
演技慣れしてるなー、なんて思いながらトキヤの手を引いて、緩く背中に手を回した。
「こんなんで、いいの?」
「スゲェ!!」
「トキヤ、ごめんね」
抱き寄せたトキヤに軽く謝って聖川を見る。
「どう?」
「…すまん」
「やっぱりね…」
まぁ、これでできたら苦労しないか…
「なぜ、抱擁することにためらいがないのだ?PVでも、お前は初対面の女を抱擁していた」
「何故、と言われても困っちゃうんだけどね」
聖川に近づいて抱き着く。
「うわっ!?」
「礫!!?」
翔の驚いた声が聞こえる。
「温かいと、思わない?」
「え?」
「俺はこの温もりが好き。あぁ、ちゃんと生きてるんだって思う」
体を離して、微笑む。
「俺は、恋人を亡くしてるから。そういう温もりってたとえ初対面の人でも嬉しいものだよ」
「俺は、違う」
「うん。だからね…聖川が求める温もりと重ね合わせるのが一番じゃないかな?」
****
「マサト」
「愛島?」
夜、湖の畔に一人で行った聖川に声をかけたセシルは木の上で微笑む。
「そんなところで何をしている…」
木の上から降りてきて、少し離れたところに座る。
「先輩との同室より、外の方が良いか…お前も苦労しているのだな」
「マサトこそ大丈夫なのですか、オーディション。…マサトはどうしてアイドルになったのですか?」
「なぜ、そのようなことを聞く?」
「ただの好奇心です」
俺はそんな2人を木の上から眺めていた。
「今回は、翔のときみたいに試練をあげにくいんだよね」
膝の上の赤い手帳の聖川のページ。
技術もあるし、練習に対しても前向きだし…
あの堅い感じもいいキャラだし…
まぁ、演技では邪魔になるとは思ってたけど…
聖川が語る、彼をこの道に連れて来た女っていうのは七海かな…
「好きなのですね、その女性が…。その熱い思いを芝居に込めればあなたはきっと成功します。愛しい女性を相手役に思い浮かべれば抱擁など簡単です」
「思い浮かべるだと!?ダ、ダメだっ」
「何故です?」
「そんな下賤なマネが出来るか!!」
うわ、堅すぎる…
「芝居は現実じゃないんですよ?礫だって求める温もりと重ね合わせるのが一番って言ってました!!」
「わかっている。芝居は客にとって夢の世界。役者は…」
「芝居中に客と一緒に夢の中にいるものだよ」
聖川が勢いよくこちらを見上げた。
「その言葉…どうして御幸が…」
「言われたことがあるの?」
「じぃに…昔…」
聖川の目が変わった。
「礼を言うぞ、愛島、御幸」
「え?マサト?」
「大丈夫だよ、セシル」
木から降りて、セシルの隣に立つ。
「礫?」
「ありがとね、セシル。もう、心配なさそうだよ」
「どう、いたしまして?」
「さてと、俺は仕事行くから…あんまり夜更かしするなよ?」
彼の頭を撫でて、マネさんの車に向かった。
「あ、今日も上機嫌だね」
「もう心配なさそうだったから」
「そう、よかったね。じゃあ、今日のスケジュールは…」
****
オーディションの合格の連絡が早乙女さんから届いた。
「おめでとう、聖川」
娘役に重ねたのは…七海かな…
メールを見ながら自然と零れた笑みに、隣にいたモデルさんが首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「友人の合格発表で」
「御幸君って、いつも誰かのために笑ってますよね」
「え?」
モデルさんがクスリと微笑む。
「気づいてなかったんですか?」
誰かのために、か…
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