皆よりも早く起きて朝食と今日の試合の準備をする。
そして、6時に大広間に向かった。

「朝だよー、起きて」

大声でそういうと数人が体を起こす。

「はよ…寿」
「おはよう、岩泉。みんなのこと、起こしてくれる?」
「おう。あ、けど…及川は頼んだ」

苦笑しながら岩泉がそう言った。

「あー…わかった」

布団の中で丸まっている及川に近づく。

「及川、朝だよ」
「ん〜…」
「及川?」

肩を揺らす。

「ん〜?麗亜、ちゃん?」

女子がこれ見たら倒れそうだな…
目をこする及川がゆっくりと目を開く。

「えぇ!!?」

そして、布団を持ったまま後退する。

「え!!?えぇ!!?寿サン!!?」
「はい、おはよう。ご飯できてるから髪ちゃんと整えてからきなよ」

後退した及川の頭を撫でて、大広間を出た。

「いいいい岩ちゃん!!!」
「朝からうるせぇよ」
「寝顔見られたぁぁあああ」
「…は?」

グスグスとしている及川に岩泉は苦笑する。

「今更だろ」
「え?」
「いつもお前を起こすのアイツだし…」
「うー…」

蹲る及川に国見が近づく。

「本当に好きなんですね、寿先輩のこと」
「え?なんで知ってるの!!?」
「見てればわかりますよ」

及川は顔を紅くして頬を抑える。

「言わないでね!!?ダメだよ!?」
「言いませんけど…寿先輩を困らせるなら俺、奪いますから」
「え?」
「じゃあ、先に行きます」

及川に背を向けて部屋を出ていく国見。

「ちょ、岩ちゃん!!今のどういうこと!?」
「さぁな?」


****


練習試合のためにバスに乗り込んだ俺たち。
騒がしい部員を無視して、麗亜チャンは窓の外に視線を向けていた。

「麗亜チャン、どうしたの?」

隣の席の麗亜チャンの顔を覗きこむ。
返事がなくて肩を揺らしながらもう1度名前を呼ぶ。

「麗亜チャン?」
「え?あ、あぁ…なんでもない」

肩に乗せられていた俺の手に麗亜チャンの手が重ねる。

「え?」
「…及川」
「なぁに、麗亜チャン」

震える麗亜チャンの手に首を傾げる。
怯えてる?
一体何に?

「…ごめん、なんでもない」

俺の手から離れた麗亜チャンの手を握る。

「え?」
「…握ってて、いい?」
「及川?」
「…ついたら、起こして」

泣きそうな麗亜チャンを見ないように瞳を閉じる。
けど、繋がった手から麗亜チャンの温もりが伝わる。

「ごめん、ありがとね…及川」

優しくて、どこか弱々しい声を聴きながら深い闇に落ちて行った。

夢を見た。
麗亜チャンと出会ったころの夢。

中1の頃、隣のコートに立つ麗亜チャンは凛としていた。
男子よりもスゴイスパイクを打ったし、体力も底なしでどんな練習も飄々とやってのけた。
自分の力をひけらかすことは全くしないで、いつだって誰よりも練習に真剣だった。

先輩達から妬まれることもあったみたいだけど、みんな麗亜チャンの努力を見て何もしなくなった。
ある日の放課後の体育館。
部活がオフの日だったと思う。

体育館の真ん中に、寿さんが立っていた。
周りに転がるボールは数えきれないほどあって、所々赤い染みが出来てるものがあった。

「寿、さん?」
「……及川君、だっけ?」

ゆるり、とこちらを見た寿さんの冷たい瞳に肩が震えた。

「…怪我、してるでしょ〜?」

いつも通りの俺の口調に彼女は舌打ちをしてから、手の平を見た。

「…あぁ、してるかも。…また、怒られる」

手の平から流れる血を近くに置いてあったタオルで拭ってまたボールを手に取る。

「なんで、オフなのに練習してるの?」
「これ以外に、あたしに出来ることないんだ」

コートの後ろに歩いて行って、サーブを打った。
凄い音をたてて打たれたボールはコートのラインぎりぎりに落とされる。

「すごいね〜」
「…別に」

コートの隅、今ボールが落ちた場所に出来た痕。
何回あそこに打ち込んだんだろう…

「あたしに、何か用?」
「え?いや別に〜。ちょっと練習しようかなって思ったんだけどやめておくよ」

帰ろうとした俺の名前を寿さんが呼んだ。

「及川君って、セッターだよね?」
「え?そうだけど…」
「あたしに、トス上げて。1人じゃスパイクの練習できない」

相変わらず冷たい瞳がこちらを見たけど、怖くはなかった。

俺のトスに合わせて飛ぶ寿さんは鳥みたいだった。
長い髪はポニーテールに結ばれていて飛ぶたびにふらふらと揺れて甘い香りを運ぶ。

「ありがとう、練習。付き合ってくれて」
「え?いいよ〜別に。俺も練習になったから」
「そう。あたしは、及川君のトス好きだよ」

ボールを片づけていた俺は固まって寿さんの方を見る。

「えっと…どうしたの?」
「けど、もう少し手首を使ったほうが楽だと思う。それと…指先は大事にしな」

近付いてきた寿さんが俺の手を引いて、今日紙で切ってしまった指先の傷を撫でた。

「血は止まってるけど…こういう傷もちゃんと手当て、した方が良いよ」
「あ、うん…」

呆然と立ちすくむ俺を無視してボールを片づける寿さんの背中を見つめる。

「片づけまで手伝ってもらってごめん。あたし一人でやるべきだったんだけど」
「いいよ〜気にしないで?」
「そう。…あたし、及川君のバレーは好き。けど、その喋り方は嫌い」
「え?」

2人で歩いていた帰り道、突然言われた言葉にまた立ちすくむ。

「そ、そっか…」
「うん。じゃあ、あたしこっちだから。またね」
「あ、うん。じゃあまた」

初めて直接言われた嫌いという単語に、少なからず驚いた。
そして、それと同時に彼女は俺の特別になった。
麗亜チャンは初めて俺に媚を売ろうとしない女の子だった。

「及川…そろそろつくよ」
「ん?あ、あぁ…麗亜チャン?」

繋がれていた手を見つめてから、ゆっくりと離す。

「ありがと、麗亜チャン」
「こちらこそ」

先ほどまで繋がれていた傷一つない自分の掌を見つめる。

「今日も頑張ろっか」
「そうだね」
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