練習試合は勝ちで終わった。
及川が抜けたパターンや、岩泉が抜けたパターン。
色々なもしも、に備えて3回の試合をして一応全て勝ちで終わった。
まぁ、反省点もたくさんあるけど…
ドリンクのボトルを水道で洗いながら試合を思い返す。
まぁ、帰ってからミーティングかな…
私は、忘れていた。
試合のことに気を取られていた私は忘れていたんだ。
ボトルの入った籠を持ちながら体育館に向かっていた私。
「麗亜?」
後ろから聞こえた声に、足が止まった。
心臓がドクドクと嫌な音を刻む。
「麗亜、だよね?」
近付いてくる音に、手が震える。
「髪の毛、短くしたんだぁ」
音を立てて落ちた籠から、洗ったばかりのボトルが転がった。
「なんで…」
私の声が震える。
声の主は、私の前に立って顔を覗きこむ。
「覚えてない?うちのこと。三島愛梨だよ?」
「…忘れる、わけ…ないでしょ」
「よかったぁ」
ニコニコと笑う彼女に声と体は震え、傷口がズキズキと痛む。
「マネみたいなことしてるけどバレー部入ってないの?」
「入って、ない」
「えぇ?なんでぇ?あんなに上手だったのに。もうバレーしないの?」
なんで?
全部全部、アンタのせいじゃんか…
「去年、あの試合以来学校来なくなってビックリしたんだよぉ?何かあったの?」
****
体育館の入り口から何かが落ちる音がした。
そちらに視線を向けると麗亜チャンがいて、足元にはボトルが転がっていた。
「麗亜チャン?」
微かに震えて見える麗亜チャンの肩に嫌な予感がして走り出す。
「及川!?」
岩ちゃんの驚いた声がする。
そりゃ、そうだよね。
監督の話の最中だもん…
けど、それ以上に…嫌な予感がする。
「麗亜チャン!!!」
俺のいたところからは見えなかった人が見えて、俺は目を見開いた。
麗亜チャンの悲鳴のような叫び声。
俺の後ろの部員も驚いた声をあげた。
「貴女のせいで、貴女たちのせいで…私は…あたしは!!!!飛べなくなったんだ!!」
「え?」
「あの試合で、貴女たちがしたことのせいで!!あたしは…全て、失ったんだよ!!」
麗亜チャンの頬に涙が伝うのと同時に強く抱き寄せる。
「及川君?」
「三島さん」
「ねぇ、麗亜なにいってるの?うちらのせいってどういう…」
腕の中の麗亜チャンが震えながら俺の服を握りしめた。
「君たちがあの日、あの試合でしたことは…覚えてる?いつもより打ちにくいトスを、上げ続けたよね?」
「え?うん…。ちょっとした嫌がらせで…」
「貴女の嫌がらせに、あたしの人生は壊されたんだ」
麗亜チャンが腕の中で、そう言った。
「返してよ」
腕の中にいた麗亜チャンが暴れながら、俺の腕から逃れる。
そして、三島さんの胸ぐらを掴んだ。
「返してよ!!!!あたしの翼を!!未来を!!夢を!!返してよ!!あたしの、全て!!!!!!」
「麗亜、何言って…」
「嫌がらせ?笑わせないでよ…その嫌がらせであたしは飛べなくなったんだ!!私の翼は折れたんだ!!」
周りに集まっていた青城の部員も驚きの声をあげる。
「麗亜、チャン…」
「貴女に、人の人生を背負う覚悟があるの!!?」
「、え?」
麗亜チャンの頬に涙がボロボロと止めどなく流れる。
「ねぇ…返してよぉ…あたしの、バレー…」
麗亜チャンが胸ぐらを掴んでいた手を離して顔を隠し、崩れ落ちた。
「麗亜チャン」
崩れ落ちた麗亜チャンを抱きしめて、三島さんに視線を向ける。
「ね、ねぇ及川君…麗亜、なにいってるの?」
「君は、3年間麗亜チャンにボールを上げ続けたのにあの日の異常に気付かなかった」
「え?」
「君は、麗亜チャンの隣で何を見てきたの?」
周りを囲むみんながわからない、という顔をしている。
もちろん、三島さんも…
「あの試合で、麗亜チャンの腕と足を…壊したんだ。君が。君たちが…」
「え?嘘…なんで、何で言ってくれなかったの?麗亜」
「…言ったら、その腕と足をくれたの?」
小さな声で呟いた言葉が静かだったそこには十分すぎるほどに響き渡った。
「言ったところで、なにが出来たの?手足をくれた?あたしの人生を背負ってくれた?できるわけないよね?だって貴女は…」
顔を伏せていた麗亜チャンが顔を上げて微笑みながら言った、
「3年間、隣にいたくせに…何も気づかなかった」
「そ、れは…」
「消えて。あたしの前から…今すぐに、消えて」
「麗亜、あの…あたし…」
麗亜チャンから、微笑みが消えた。
「それくらい、背負いなさいよ」
「え?」
「罪悪感ぐらい、背負いなさいよ。謝罪なんか聞く気はない」
麗亜チャンは三島さんに背を向けて立ち上がる。
「…ごめん、及川」
「平気だよ、麗亜チャン」
麗亜チャンは落としたボトルを拾い集めてバスに向かって歩き出した。
「及川、どういう意味だ…」
「…麗亜チャンは、バレーをしないんじゃない。もう、できないんだ」
「けど、また出来るようになったってお前が…」
岩ちゃんの方を向いて顔を歪める。
「違うんだよ」
「え?」
「利き手変えて…俺のために…リハビリして…飛べるように、なったんだ…」
ギュッと手を握りしめて俯く。
「だから、勝たなきゃいけないんだ」
「及川…」
「俺が、麗亜チャンの人生を…背負ったんだ」
バレーを失ったら、俺と麗亜チャンを繋ぐものがないんだ。
だから、なんとかして繋ぎ止めておきたかった。
だから、背負うって決めたんだ。
麗亜チャンの、全てを…
「及川さん…」
「俺は、麗亜チャンの傍にいる。そのためなら…なんだってできるよ」
「…だったら、さっさと行け」
「え?」
岩ちゃんがバスの方を指差す。
「今傍にいねぇで、いつそばにいだよ」
「…うんっ!!」
走り出した俺に後ろから溜息が聞こえた。
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