5月中旬。
発表された高総体の組み合わせを眺めながら練習終わりの部室にいた。
みんなに配られた高総体のトーナメント表。
及川は真剣な瞳で紙の一点を見つめていた。

「若利…白鳥沢学園…」

烏野は勝ち進んだらあたるかな…
ズキリと痛んだ膝を撫でる。

「…IH…」

膝にくい込んだ爪。
鈍い痛みと、刺さった自分の爪の痛みに眉をしかめる。

「本当は…私も…」

この舞台に立っていたはずなのに。
首を左右に振って、膝から手を離す。

「はぁ…」

広げていた資料を片づけて、机に項垂れる。

「こんなんじゃ、ダメだな…」

もう1度深く溜息をついて立ち上がった時携帯が鳴った。

「誰からだろう…」

及川…はちがうか。
じゃあ…

「…影山?」

影山飛雄と表示された画面に首を傾げながら通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『あ、あの…影山です』
「どうかした?」

電話の向こうのが黙り込む。

「どうしたの、影山?」
『今、時間…ありますか?』
「え?あぁ…平気だけど…」
『…話を…聞いてほしくて』

電話の向こうの影山が私の名前を呼んだ。

「いいよ。話して」
『…エースが…過去に伊達工に負けて…バレーから離れたんです』
「それで?」

影山が少し黙ってから言葉を続けた。

『2回戦で…当たるかもしれないんです。…俺が、すべきことは…何だと思いますか?俺に…出来ることは…』
「…簡単じゃない?」
『え?』
「道を作ってあげればいい。エースの前に」

テーブルに頬杖をついてトーナメント表を見つめる。

『道を…作る…』
「そう。それがセッターの仕事でしょ」
『セッターの仕事…』

電話の向こうの影山の声が少しだけ明るくなった。

「トラウマなんて蹴散らすくらいに完璧なスパイク、決めさせてあげな。どんな言葉よりもきっと彼を救えるよ」
『…わかりました』
「もう、平気?」
『はい。わざわざすみません』

電話が切れて携帯を机の上に置く。

「もう8時半か…」

時計を見つめて溜息をつく。

「帰らないといけないな…」

鞄に資料を詰めて、部室を出る。

「IHか…」

やはり零れるのは溜息で。
こんな姿は及川には見せれないなと思いながら帰路についた。


****


練習はどんどんとハードになる。
汗を流しながら頑張る彼らを支えながら、心の中には何とも言えぬモヤモヤがあった。
IHが近づくほどに傷口がズキズキと痛むのだ。

「麗亜チャン…大丈夫?」
「え?」

資料を見ていた私を覗きこむ及川の瞳には酷い顔をした私が映っていた。

「何かあった?」
「…いや…なんでもない」
「本当に?嘘じゃない?」
「うん」

病院、行ったほうがいいかな…

視線を膝に向けてから溜息をつく。
そんな私を及川は見つめて、悲しそうに目を伏せていたのを私は知らない。

「あの監督」
「どうした寿?」
「明日…朝練休んでもいいですか。すみません」
「珍しいな?どうかしたのか?」

驚く監督に目を逸らす。

「ちょっと、用事があるんです」
「そ、そうか…放課後は出れそうか」
「はい、多分。…及川が心配しているようだったら事情を伝えておいてください」
「わかった」

及川との居残り練習を終えて、部室の椅子に寝転ぶ。

「麗亜チャン、疲れてる?」
「あ―…そうかも」

ズキズキと痛む膝に顔をしかめる。

「大丈夫?」
「平気。帰ろうか…及川」
「…そうだね〜」

次の日、午前だけ学校を休み病院に来ていた。

「…寿さん」
「はい」

先生の視線はレントゲンに向けられていた。

「バレー、また始めたの?」
「いえ…友人の練習に付き合う程度に」
「そっか…」

その後先生に伝えられた言葉に私は目を伏せた。

「やっぱり、そうですか」
「あぁ…」
「わかりました。ありがとうございます」

先生は茶色の封筒をこちらに差し出した。

「あの、これは…?」
「読むだけ、読んでみて。もしかしたら…寿さんに必要なものかもしれないから」

茶色の封筒を鞄に入れて、立ち上がる。

「ありがとうございました」
「薬はまた出しておくからね。」


****


「え?寿サン休み?」
「朝は休むらしい。午後から来る予定みたいだけど」
「…なんで?」
「さぁな。監督もわかんねぇって」

岩ちゃんはいねぇと結構困るよなーと髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

「…気にしすぎて、怪我すんなよ」
「わかってるよ〜」
「…どうだか」

学校に遅刻していった私は昼休み部室で茶色の封筒を開いた。

「これ…」

そこには有名なリハビリ施設の名前が書かれていた。
先生の手書きと思われる紙には、もしかしたら昔のように飛べるようになるかもしれないと書かれていた。

「昔みたいに…飛ぶ…」

酷く魅力的な言葉だ…
けど…パンフレットを封筒にしまって鞄に入れる。

「私には必要ないかな…」
「麗亜チャン!!」
「あれ、及川?」

凄い勢いでドアを開けた及川。
髪、崩れてる…

「よかったぁ〜…」
「なにが?」
「教室行ったら女の子たちが麗亜チャン来てるって言うのに、姿が見えなくて…ちょっと心配した」

ちょっと心配したくらいでそんなに必死に探すわけないでしょ。
なんて、言わないけどね…
疲れたーとベンチに座る及川の髪に手を伸ばす。

「麗亜チャン?」
「折角の髪が、崩れてるよ」
「うわっ」

手櫛で髪をすいていくと及川の顔がみるみるうちに紅くなっていく。

「及川?」
「だ、大丈夫だから!!!手、手離して麗亜チャン!!」
「ん?うん」

言われた通り手を離すと真っ赤な頬を両手で隠してこちらを見る。

「馬鹿」
「突然何よ」
「普通、女の子が男の子の髪触らないよ!!」

訴えかけるように言われた言葉に首を傾げる。

「普通じゃないでしょ」
「え?」
「私と及川の関係って普通じゃなくない?てか、私だって及川以外の髪なんか好き好んで触らないよ」

私の言葉に及川の目が丸くなる。

「え?あの…?え?」
「何?」
「俺…特別ってこと?」

真っ赤な頬と、同じく真っ赤な耳が髪や手の隙間から見える。
及川の綺麗な瞳は少し潤んでいる。

「特別だよ」
「…俺が麗亜チャンの人生を背負ったから?」
「それもそうだけど、それ以前に及川は私にとって特別だけど?」

初めて出会ったあの時から。
みんな怖がって私の練習相手なんかしなかったのに及川は笑って引き受けたし。
私の酷い言葉を言われても彼は変わらず私の隣にいた。
もちろん、怪我をして荒れた私の傍からも離れようとしなかった。

「及川だけだから。私の傍を1度も離れなかったの」
「俺、だけ…」
「そう。だから、私は及川を信頼してるし信用してる。弱い姿もカッコ悪い姿も及川にしか見せない」

もう1度手を及川の頭に伸ばす。

「こうやって髪を触るのも、髪を触らせるのも、手を繋ぐのも、合宿のときみたいに同じ部屋で2人きりで寝るのも及川じゃなったら出来ないよ」
「特、別…俺…だけ」

確認するみたいにゆっくりと呟いた及川がヘラッと気の抜けた笑顔になる。

「麗亜チャンも俺の特別」
「そう?ありがとう」
「なんか俺頑張れそう」

髪を撫でていた手にすり寄って及川が微笑む。
女子にばら撒く笑顔なんかとは全然違う。
綺麗で、可愛い笑顔に私も微笑んだ。

「及川はその方が良いよ」
「え?」
「作り笑いより、今みたいな笑顔の方がずっと魅力的だと思うよ。私はそっちの方が好き」

また顔を真っ赤にさせた及川はピシリと石のように固まる。

「あれ、及川?」
「…麗亜チャンの馬鹿―っ!!」
「え?ちょ!!?」

固まったと思えばすごい勢いで部室から飛び出していった及川に首を傾げる。

「なんなの、あれ…」

手に残る及川の髪の感触に苦笑する。

「ちょっと、甘やかしすぎたかな…」

遠くで聞こえた予鈴に立ち上がって、鞄の中の封筒を見る。

「…行くことは、ないかな」

私は、及川達と一緒にIHに行って、それで青城を卒業したい。
たとえ、ズキズキと痛むこの膝が限界を迎えて歩くことすらできなくなっても私はきっと後悔はしないと思う。
もう、迷うことはないんだろう…

「私は、ここを選んだんだ」

IHに出ていたかもしれないなんて、そんなこと考える暇があるなら及川達の練習に付き合おう。
よしっと気合を入れて部室を出る。

「もう、迷わない」

踏み出した足はまだズキズキと悲鳴を上げるけれど、心はびっくりするほど静かだった。
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