IH予選、最終日。

男子決勝 青葉城西高校VS白鳥沢学園。

「今日こそ凹ましてやるから覚悟しなよ、ウシワカちゃん」
「その呼び方をやめろ、及川」

今までの練習とか経験とか策略とか…全部力だけでへし折っていく。
勝利とは酷くシンプルなもの。
ボールを最後まで繋いだ方が勝つ。
逆に落としたものが負ける。
ただ、それだけなのだ…
それが、全て。

セットカウント2-0.
ストレート負け。

コートの上で泣かなかった彼らも、控室では悔し涙を流す。
その姿に唇を噛んで、背中を向けた。

「飲み物、なくなったから買ってくる」

見え見えな嘘。
でも、私はあそこにいるべきではない。

外に出ればコーチがいて、小さく頭を下げた。

「少し、外しますね」
「ちょ、寿!?」

私はあそこにいるべきではないんだ。
悔し涙を流す彼らといるべきではない。
自動販売機の前、お金を入れて光ったランプを見つめる。
何を買おうとかなんにも考えていなかったから、伸ばした手は止まって。
そんな私の後ろから聞こえてきた足音。

「やはり泣いてはいないか」

聞き慣れた声よりは少し低くなった声。
スポドリを押して、ガタンと取り出し口に落ちたそれを拾って振り返る。

「泣いてたら、どうするつもりだったわけ?若利」

スポドリを彼に放り投げれば、彼はそれを何食わぬ顔でキャッチする。

「なんだ?」
「あげる。IH出場記念にね」
「…ありがたく貰う」

ジャージ姿の彼はじっと私を見つめて。

「お前が泣くわけないな」
「…どういう意味よ」
「お前が泣く姿は…今までに見たことない。幼馴染だけどな」

誰にも教えていない秘密。
牛島若利が、私の幼馴染だということ。
中学入学の時に私が引っ越したからあまり顔を合わせることはなかったけど。

「…敗者に、何の用?」
「そろそろ答える気になったか?」
「…本当に、しつこいね」
「お前は…何故そんなところにいる?」

自然と体に力が入った。
ぎゅっと握りしめた手。

「お前は優秀な選手だ。なぜ、バレーから逃げた?」
「逃げてない」
「逃げただろ。コートから」

的を射た彼の言葉に私は目を逸らして。

「怪我をした、とお前の両親から聞いた」
「なんで若利が私の親と連絡取ってんの」
「俺じゃなく俺の親だ」

東京に行った両親とはもう数年顔を合わせていない。
連絡も取ってないのに、未だに若利の両親とは仲良しらしい。

「…そんなことはどうでもいい。質問に答えろ」
「肩と膝の怪我。選手として復帰することは無理」
「…それは医者の言葉か?」

真っ直ぐ私を見つめた若利に首を傾げた。

「無理だと告げたのは医者か?それとも…お前が限界を作ったのか?」

言葉を失った私に、彼は言葉を続ける。

「1%も可能性はなかったのか?」

リハビリ施設の案内を思い出して、唇を噛む。
可能性は確かに、あった。
もしかしたら、は沢山あった。
じゃあ、限界を定めたのは私?

「変わったな」
「どういう意味?」
「昔のお前なら…1%の可能性にも縋ってコートに戻ってきた。どんな怪我も治してコートに立ってきた。そうだろ?」

確かに私は何度も怪我をした。
それでも絶対にコートに戻った。

「お前は…怪我を言い訳に逃げたんじゃないのか?コートから」
「っ!!!?」
「コートから逃げて、自分を受け入れてくれる場所に姿を隠して…。ただ、お前は逃げただけなんじゃないか?」

彼の言葉は全て胸に突き刺さる。
私が隠してきた感情が溢れだす、そんな気がして。

「あの場所が怖くなったのか?お前は…」
「……だよ」
「なんだ?」
「そうだよ!!私はあの場所が怖いっ!!!」

若利は目を見開いて、私を見た。

「怖くないわけないでしょ!!?私はコートで仲間に壊された。仲間だと信じた人たちに…壊された。怖くない、わけ…ないでしょ…」
「だったら、なぜまだバレーに関わる?本当はまだ…捨て切れてないんだろ?お前には、バレーしかない」

わかってた。
わかってたけど、認めたくなかった。
及川が私の人生を背負ってくれ方から傍にいるなんて、ただの言い訳で。
ただ、私はバレーから離れられないだけ。
けど、コートに戻る勇気なんてない。
ただ…臆病なだけ…

「お前のいるべき場所はそこじゃない。戻って来い、コートに」

私は顔を伏せる。

「それとも…そんなに及川と離れたくないか?」
「は…?」
「お前は、及川に惚れているんだろう?」

あぁ、どうして…
彼は私の全てをわかっているんだ。
幼馴染なんて、本当に嫌だ。

「…だったら、何だって言うのよ」
「恐怖と恋情のためにお前は…バレーを捨てるのか?」

何も、言えなかった。
及川に惚れているのも事実。
コートに怯えて、逃げたのも紛れもない事実。
隠れ蓑にあの場所を使っているのも認めたくないけど事実。
バレーを捨てきれないのも、コートに未練があるのも全て…事実。

試合を見ていて、ベンチでの自分の無力さが腹立たしくて、不甲斐なくて。
コートでの緊張感が、勝利の歓喜か欲しくて欲しくてたまらなくて。

「お前は…誰よりも勝利に餓えたケモノだ。何があっても…ボールを繋いで何があっても勝利を掴みとる。それがお前だ、寿麗亜」
「っ!!!」
「お前は…そんなところにいて満足か?」

彼はそう言って、私に背を向ける。
歩き出した彼の足音が離れて行って、ぴたりと止まる。

「言い忘れていた」
「…なに」
「俺の両親が…たまには顔を見せろと…言っていた」

今度こそ彼は立ち去って。
握りしめた手。
ギリギリと手の平にくい込む爪。
唇を噛んで、頬に伝った涙。

及川達と影山の試合を、若利達との試合を見て握りしめた手は、苦しかった心臓は。
無力だと嘆いた心は…ただ純粋に、バレーを求め、勝利を求め、餓えていただけ。

止まらなくなった涙。
それを拭うことも私には出来なかった。


****


「どうして…寿先輩は泣かないんですか…」

涙で濡れた顔をタオルで埋めた誰かがそんなことを呟いた。
見え見えな嘘を吐き出して、控室から出て行った麗亜チャン。

「…マネージャーだからな…」

そんな言葉が聞こえて、俺は握りしめた手でロッカーを殴った。

「及川!!!?」
「なんで、そんなこと言えんの…誰よりも勝利を願ってくれた麗亜チャンが…悔しくないわけないでしょ!!?」
「及川、落ち着け!!」

岩ちゃんが俺の腕を掴む。

約束を守れなかった。
IHに連れて行くって、彼女の人生を背負ったのに。
俺は約束を守れなかった。

ボロボロと瞳から溢れる涙に、みんな目を丸くして。

「信じて、くれてたんだ…誰よりも、俺達を…俺達なら勝てるってそう言ってくれたんだよ」
「及川…」
「それなのに、俺は…その信頼を信用を裏切った…」

岩ちゃんが手を離して、俺の手は重力に従って落ちる。

「せめてもの罪滅ぼしさえ、俺は!!できなかった!!」

あの試合。
俺はずっと見てたのに。
彼女の異常に気付いたのに止めれなかった。
止めていれば彼女はまだ…まだ、戦えた。

「麗亜チャンの翼は……折れちゃ、いけなかったんだ…」

膝から崩れて、俺は唇を噛む。

静かになった控室。
聞こえたのはコーチの声と足音。

「戻ったか、寿」
「…はい。あとどれくらいで出れそうですか?」
「もう少しかかるだろうな」

わかりました、麗亜チャンは言って足音が控室の前に止まる。

「寿」
「はい?」
「…お前も、泣いていいんだぞ?チームの為に頑張ってきたんだ。お前にも泣く資格がある」

麗亜チャンはすぐには何も言わなくて。
控室の中はさらに静かに聞こえた。

「…私には、泣く資格はありません」
「どうして?」
「私は、彼らの重荷でしかない。人生を背負わせて夢を押し付けて…でも、私はただベンチに座って彼らを見ていることしか出来なくて。」

重荷なんかじゃない。
俺が勝手に麗亜チャンの人生を背負おうとしただけなんだ。
麗亜チャンは悪くない。

「自分の無力さに腹立たしくて…。何もできない自分が不甲斐なくて…それなのに、みんな私を仲間だと言ってくれた。けど…私は彼らのために何もしてあげれていない」
「寿…」
「だから私には…彼らと泣くことはおろか、泣いている彼らの傍にいることさえできない。…私は所詮、マネージャーでしかないんです」

麗亜チャンは今、どんな顔をしてる?
泣きそうな顔して、笑ってるの?

「…マネージャーって…どうしてこんなにもどかしいんですかね。もともと選手だったから…試合に勝った時の嬉しさも負けた時の悔しさも知ってるつもりです」

コーチは何も言わない。

「だから、だからこそ…何もできない自分が、一緒に戦えない自分が…許せないんです」
「…お前はよく頑張ったよ。いつだってこのチームの勝利のためにアイツらを支えて、思考を止めたことはない。お前が泣くこと許さない奴はこのチームにはいない」
「ありがとう、ございます。…私、もう少し外してます。移動できそうになったら連絡ください」
「お、おう…」

離れて行く足音。
俺は涙を擦って立ち上がる。
傍に行きたい。
ただ、それだけで…

走り出そうとした俺の手を掴んだのは国見ちゃんだった。

「国見、ちゃん…?」
「俺達に、何が出来るんですか…?」
「え?」

国見ちゃんは唇を噛みしめて、悔しさを珍しく表情に出していた。

「俺達は、負けたんです…」
「知ってるよ。そんなこと、わかってる!!けど麗亜チャンはっ!!」
「誰よりも、俺達の勝利を願ってくれた人なんですよね?誰よりも俺達のために自分を犠牲にした人なんですよ…?そんな人に何も返せずに…どんな顔して、どんな言葉をかけるって言うんですか…」

国見ちゃんは俯いて、俺の手を離す。

「及川…国見の言う通りだ」

岩ちゃんもそう言って、顔を伏せる。

「自分が無力だから、何もできなかったから、マネージャーだから…泣く資格がないって、寿が言うなら…」
「負けた俺達には、傍にいる資格はない」

マッキーとまっつんの言葉に俺はまた唇を噛んで。
涙をタオルで擦って。
真っ赤になっているであろう瞳をぎゅっと閉じて、大きく息を吐いて口を開く。

「…帰ろう」
「え?」
「泣いたって、強くなれない」

鞄に涙で濡れたタオルを押し込んで彼らを見る。

「強くなって…麗亜チャンに返そう。それ以外…できることはないよ」
「及川…」
「立ち上がらないと…強くなれない…」

皆も頷いて、涙を拭う。

ごめんね、麗亜チャン。
きっと、次こそ頂の景色を見せるから…
俺達は強くなるから。
だから、待ってて…。
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