麗亜チャンは合宿に参加することを決めた、と俺達の前で言った。
迷いはなくて昔の冷たくて、でも闘志を宿したその瞳に俺の心臓がぎゅっと握りしめられた気がした。
あの頃の彼女の目だった。

7月に何度か行われる合同合宿に参加して、8月が試合。
それまでは出来る限りリハビリとマネージャー業を兼任すると彼女は俺達に説明して。
少しの間のわがままを許してください、と頭を下げた。

俺達の答えは元々決まってたから彼女の背中を押した。
頑張れ、と伝えれば麗亜チャンは嬉しそうに笑ってくれた。

よくよく日程について考えてみると俺達ががむしゃらに努力するところは彼女に見られてしまうらしい。
あんなにカッコつけたこと言ったんだけどなぁ〜…

「リハビリって東京なんだっけ?」
「うん。毎週日曜に行って月曜に帰って来る感じかな。両親は東京にいるからそっちで1泊」
「そっか。2日も麗亜チャンに会えないのかー…」

寂しいなぁ、と呟けば彼女は困ったように笑った。

「ごめんね」
「いいよ、別に。俺バレーしてる麗亜チャン好きだし」

ふわりと上げたトスを打った彼女は「私にはこれしかないしね」なんて昔とよく似た笑顔で応えた。

「けど、無理はしちゃダメだよ」
「それはわかってる。使えないって判断されたら候補からは外れることになるし」
「麗亜チャンに限ってそれはないと思うけどな」

そう?と首を傾げた麗亜チャンの向こうからぞろぞろと部員が入ってくる。

「みんな遅いよー」
「おめぇが早いんだよ、クソ川。おーし、じゃあアップしろよ」

アップを始める部員を見て彼女はじゃあ準備してくるとマネジの仕事に戻っていく。
その背中を見つめていれば頭にものすごい衝撃が走った。

「なにすんの、岩ちゃん!!!」
「寿見てねェでアップしろ、アップ」
「もう終わってるよ!!」

俺の返答に岩ちゃんは不服そうに眉を寄せた。

「お前が言ったんだろ。ちゃんと見送ってやれよ」
「わかってるってば!!引き留めようなんてしてないデショ」
「目が行かないでって目してんだよ。あぁ、キモ」

ひどっ!!と声を上げれば柔軟をしていた国見ちゃんが「確かにそんな目してますね」と小さく呟いた。

「国見ちゃんまで!!?」
「そんなになるなら何で行かせるって言ったんですか?」
「…コートにいる麗亜チャン…もう1回見たかったんだもん」

彼女は酷く綺麗に跳ぶから。
コートの中を誰よりも必死に駆け回って、誰よりも必死にボールを繋いで、誰よりも勝利を目指して。
そんな彼女に俺は惚れたから。
あの姿が見れるなら、どうしてもまた見てみたかった。

「…麗亜チャンの翼は、折れるべきじゃなかったんだって言ったデショ。生き生きしてるんだよ、コートの上の麗亜チャンって」

麗亜チャンにとってコートは空なんだよ、と言えば首を傾げられた。

「鳥籠は…似合わないから」

鍵を開けても出ていこうとしなかった鳥籠から、彼女は出ていこうとしてる。
この鳥籠を拠り所にして、また空を目指してる。

「もう帰って来ないわけじゃないからね〜」
「…寂しいくせに」
「何か言った?国見ちゃん」

イイエ、と目を逸らした国見ちゃんに俺は笑った。

俺はね、寂しいけど嬉しいんだよ。
塞ぎ込んで、バレーを捨てようとした彼女を見てきたから。
俺はなんとか繋ぎ止めただけだったけど、また自分でバレーに向き合おうとしてるから。

「アップ終わった?練習始めるよー」





タオルとドリンクを準備しながらカレンダーに視線を向ける。
春高予選までまだまだ時間はある。
何倍も何十倍も強くなって今度こそ、若利に勝ちたい。

「その為には…もっと何か必要なんだよね…」

今のチームが悪いわけじゃない。
凄く綺麗にまとまってるし、まだまだ伸びしろがある。
ただ、なにか…スパイスというか起爆剤みたいな…

「あ、そういえば…」

彼はどうしてるんだろうか…?
いつからかめっきり姿を見せなくなった後輩を思い出して首を傾げる。
来なくなってすぐは何度か呼びに行ったんだけど、応じてくれなかったんだよね。

「戻ってこないかな…」

彼ならいい起爆剤になる気がするんだけど…

タオルとドリンクを抱えて体育館に行けば既に練習は始まっていた。

緊張感も集中力も増して熱気にあふれる練習にドクリと心臓が脈打った。
日に日に体がバレーを求める。
早く勝ちをくれ、早く飛ばせろ。
そんな風に自分の体を動かそうとする体を何とか抑えてベンチに置いてあったノートを開いた。

ここに居る時は私はマネージャーだ。
こんな私をそのまま受け入れてくれた彼らに中途半端なことはしたくない。

「頑張れ」

小さく呟いた言葉は体育館の中に響く掛け声に飲み込まれた。


****


日常生活を送れるようにするためにやったリハビリとは比べものにならない。
がちがちになって痛む足を撫でて大きく息を吐いた。

「ここまでキツイとか聞いてないし」

多分あの頃だったらすぐに逃げ出していた。
それくらい、辛い。

「まぁ、逃げないけど」

逃げるわけにはいかない。
彼が送り出してくれたのだから。

朝、駅まで及川が見送りに来てくれて。
無茶はしないようにね、とどこか心配そうに彼は言った。
試合の時のお返しで、今度は俺が頑張れって応援する。
そう言って押された背中は熱を持って。
好きな相手に送りだされたから、とかそういうのじゃない。
頑張れって気持ちが直に伝わってきた気がした。

「えっと…確かこの辺り…」

スマホの地図を片手にたどり着いた場所。
私は口元を緩めた。

リハビリと言っても続けて何時間も続けてやり続けるわけじゃなく、自由な時間があった。
その時間は何をしようか、と考えていた私に主治医の先生が教えてくれたのだ。

「IH東京都予選…」

携帯をポケットに押し込んで体育館に向かった。

「へぇ、空気は全然変わらない」

ギャラリーに上がってコートを見下ろす。
戦っているチームは正直知らない学校だ。

あれならうちの学校の方が上手いなぁ…なんて思いながら試合を眺めていれば隣にどこかのバレー部員の人が2人並ぶ。

「勝った方が次の対戦相手?」
「そういうことになるな」

どうやらこのあとに試合に出る学校のようだ。
視線だけそちらに向ければNEKOMAと書かれた真っ赤なジャージ。

「ねこま…?」

あれ、どっかで聞いたことあるような…

「お姉さん、俺達になんか用か?」

学校名を呟いたのが聞こえたのかツンツンとした黒髪の男が私を見下ろす。
パッと見、及川より少し背が高いようだ。

「あぁ、ごめんなさい。どこかで聞いたことある名前だと思ったんだけど…」
「東京じゃそこそこ名の知れた学校だからな」
「残念ながら、東京のことはさっぱりだけど?」

私の言葉に彼は首を傾げた。

「ちょっと訳あって宮城から来ててね」
「…烏野…」

金髪の男の子が呟いた名前には聞き覚えがあった。

「烏野、知ってるの?」
「昔からの縁があるらしくて練習試合したことあるんだよ」
「あぁ、そうなんだ」

音駒って書いてねこま、か。
確か蛍からのメールにそんな話が出ていた気がする。
練習試合だったから日向君がもう1回を連発して大変だった…みたいなことを言っていた。

「烏野にいる友人から話を聞いたことがあったみたい。うん、スッキリした」
「知り合い?仲良いのか?」
「数人、親しい子がいるの」

こんな偶然があるものなんだ。
…ちょっとびっくりした。

「お姉さんはどこの学校なの?」
「青葉城西。今年のIH予選で烏野が負けた相手だよ。まぁ、私のとこも決勝で負けたんだけど」

翔陽に勝ったんだ、と金髪の子は小さく呟く。
翔陽って日向君のことかな?

「うん、そうだよ」
「へぇ、じゃあそこそこ強いってわけか」
「そこそこじゃなくて、強いよ?」

ツンツン頭の彼にすかさずそう言い返せば目を細めて笑った。

「戦ってみたいな、そこまでいうなら」
「まぁ春高で。としか、言えないかな?」

コートで行われていた試合の勝敗がついたようだった。

「そろそろ行くか。研磨」
「…うん」
「お姉さん、時間あるなら見てけよ。俺達の試合」

自信ありげな視線に私は笑う。

「そのつもりだよ」
「クロ、早く行かないと怒られちゃうよ」
「そうだな」

2人は遠くにいた赤色ジャージの軍団に合流して姿を消した。

少ししてコートにさっきの人達が姿を現した。
ツンツン頭の人はこちらに視線を向けてにやりと笑う。
どこか楽しげな雰囲気のチームは円陣を組んで空気が一変した。

「及川のときに良く似てる…」

円陣を組んだとき、及川の言葉で空気が変わる。
それによく似ていた。

「動きが柔らかい」

なんだろう、音もなくしなやかに動く…そんな感じだ。

「まさしく猫、って感じだ」

及川の連携とも違う。
金髪君の連携は少し独特な雰囲気がある。

「リベロの人も技術は高いけど負けず劣らず全体的はレシーブ力が安定してる」

面白いなぁ、とコートを眺めていればポケットに突っ込んでいた携帯が震えた。
帰る時間を報せるアラームを切って、もう一度視線をコートに向ける。

「縁があればまたどこかで。音駒さん」

緩む口元を何とか抑え込んで、私は体育館を出た。
もっと色々な所と戦いたい、戦う姿を見たい。

「必ず、春高に行かないとなぁ…」





試合を終えてさっきのお姉さんがいた方に視線を向ける。

「あれ、いない…」
「途中で帰ったよ」
「なんだ、つまんねぇの」

俺の呟きに研磨がねぇと声をかける。

「どうした?」
「さっきの。多分。寿麗亜」
「は?寿麗亜って…あの?」

コクリと頷いた研磨に顔を思い出してみれば確かに似てる。
髪が短くなったし背も少し伸びているようだったし、何より雰囲気が全然違ったけど…

「マジかぁ…サイン貰っときゃよかった」
「…クロ、昔から好きだったもんね」
「おう。同い年なのに日本代表って。あり得ないだろ。プレーマジで凄かったし」

また会えっかなぁ、と彼女がいた場所を見つめる。

「…烏野の人に聞いてみれば?」
「あ、そっか。知り合いいるって言ってたもんな」
「うん」

また会えることを願って俺はコートから出た。
prev next
back


Top