期末試験を終え、あとわずかで夏休みを迎える7月。
代表合宿のため私は東京に向かっていた。
及川達からの激励の言葉を貰い、荷物を抱えて新幹線に乗った。

「よく来たな、寿」

新幹線を下りた私を見つけて、そう声をかけてきた監督にはいと返事をした。

「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。車、来てるから」
「はい」

私にとってはこれが日本代表メンバーとの初顔合わせになる。
バレーが出来ることを嬉しく思う反面、昔のことがチラついて仕方なかった。
何かあったらすぐに連絡してね、と念押ししていた及川に平気だよと笑っていた数時間前の私にお前は馬鹿だと言ってやりたい。

「合宿に参加、と言っても寿は基本的にリハビリがメインになる」
「はい」
「朝と夜の練習だけはみんなとコミュニケーションを取ることに重点を置いて練習に参加してくれ」

わかりました、と答えて小さく息を吐いた。
合宿所に到着すれば体育館からぞろぞろと女の子が出てきた。

「あ、嘘。マジで寿麗亜だ」
「ホントに!?あ、髪の毛短くなってる」
「私、超ファンなんだよね」

女の子たちを見て少したじろいでいれば背中をポン、と叩かれた。

あぁ、そうだ。
逃げないって決めたんだった。

「あ、えっと…3年の寿麗亜です。足手まといになるとは思いますが、出来る限りのことはやりたいと思っているのでよろしくお願いします」
「よろしくね、寿さん」

よろしく、と挨拶を交わしていれば他のコーチが姿を現す。

「じゃあ寿。来て早々で悪いが移動な」
「あ、はい。わかりました」
「みんな事情は知ってるから、気を使う必要はない」

コーチの言葉に女の子たちを見れば可愛らしい笑顔を見せた。

「コートで待ってるから、寿さん」
「私のトス、打ってねー」
「え、えっと…うん。ありがとう」

病院へ行く準備を始めながら小さく息を吐いた。

及川。
ここでなら、頑張れるかもしれない。
てか、送り出してもらったからには頑張るけど。
……早くあの子たちとコートに立ちたいって、思ったよ。






甥っ子の付き添いで来たバレー教室が終わって、俺は体育館の壁にかかった時計を眺めて溜息をつく。

麗亜チャン大丈夫かなー…
きっと今頃向こうについているだろう。

「準備終わったー」
「じゃあ帰るか」

夜に電話でもしてみよう。
出なかったらメールでもいいや…

「徹!サーブ教えてくれよ!!」
「ちょっ!!?まず呼び捨てやめようか」

俺の言葉なんて全く聞きやしない甥に溜息をつきながら外に出れば見知った顔があった。

「「アッ?/ゲッ!!!」」
「「及川さん/飛雄!!!」」

固まっていた飛雄が恐る恐る口を開く。

「…お、及川さん何してるんスか」
「甥っ子のバレー教室の付き添い」
「オス!」

元気に手をあげた甥っ子を見つめ、飛雄は納得したように頷いた。
部活は…と言う彼の問いかけに仕方なしに口を開く。

「青城は基本月曜はオフなの」
「しゅ、週一で休みが!?もったいない…」
「休息とサボりは違うんだよ。じゃ」

さっさとこの場を離れたい一心で彼の横を通り過ぎようとすれば彼が俺を呼び止めた。

「あの…」
「嫌だね!!バーカバーカ!!」
「…お願いします。話を聞いてください」

嫌な予感はした。
コイツが俺に話しかけるのなんてそういうことしかない。
麗亜チャンなら、きっと話を聞いてあげるんだろうけど俺はそんなに優しくない。

「なーんでわざわざ敵の話聞いてやんなきゃいけないのさ」

頭を下げた飛雄に背を向けて歩き出そうとすればスゴイ勢いで彼は俺の前に移動してきた。

そうだった。
コイツは中学の頃から、ウザいくらいにしつこいんだった。
額に手を当てて、溜息をついて頭を下げる飛雄をどうしようかと頭を悩ませた。
目の前に下げられた頭を見ながら少しの間考えた後、携帯を取り出す。

「猛」
「何?」
「写真撮って。ここ持ってここ押して…」

不思議そうに顔を上げようとした飛雄を止めてカメラにピースサインを向ける。

「イェーイ。飛雄及川さんに頭が上がらないの図」
「徹こんな写真が嬉しいのか?ダッセー」
「はっううぐう!!?」

何で子供ってこうも真っ直ぐ言葉を向けてくるんだろう。
まぁ、確かにダサイかもしんないけどね!?
こうでもしないとやってらんないデショ!!

「…で、何?俺忙しいんだよね」
「カノジョにフラレたから暇だってゆったじゃん!!」
「猛ちょっと黙りなさい!!カノジョじゃないしままだフラれてないし!!ただ合宿に行ってるだけだから!!」

猛を黙らせて飛雄に視線を向ければ飛雄は不思議そうに首を傾げていた。

「麗亜さん、合宿に行ってるんですか?」
「ちょ、なんで麗亜チャンって!!?」
「及川さん、中学の時から麗羅さんのこと好きでしたよね?」

は?ちょっと待て。
なんで?
国見ちゃんたちでさえ仲悪いって思ってたのに…

「な、なんで…?」
「いえ?放課後一緒にいるときいつもと違う顔してたので」

何でバカの単細胞なのにこんな鋭いわけ?
ちょっと、あり得ないんだけど。

「えっと、まぁそれはいいや。麗亜チャンは合宿だよ」
「何の?」
「何ってU-18日本代表合宿に決まってるデショ」

俺の言葉に飛雄は目を丸くしたがすぐに納得したように頷いた。

「だからウシワカと一緒にいたのか…」
「は?ちょっと、何それ。聞いてない」
「この間、ウシワカと走ってるところに会って…」

麗亜チャン!!?
ちょっと待って、何それ聞いてないよ。
てか、ウシワカと繋がりあるの!!?
……電話して聞いてみよ。

「あーうん。まぁ、その話もいいや。で?なんなの?」
「あーあの、もし大会が近いのにえ〜っと、あっ岩泉さんが無茶な攻撃をやるって言い出したら」
「チョット。何か相談したいならヘタクソなたとえ話やめて直球で来なよ」

飛雄はぐっと口を閉ざしたが決心したのか口を開いた。

「…今まで球を見ずに打っていた速攻を日向が“自分の意志で打ちたい”って言いだしました」
「へー出来たらすごいじゃん。やれば?」
「そんな簡単に言わないでください!!日向に技術なんてないんですよ!!」

飛雄の言葉に俺は笑った。
なんだかんだ言って、コイツは変わっていないのかもしれない。

「だから、“俺の言う通りにだけ動いてろ”っての?まるで独裁者だね?」
「っ!!」
「お前は考えたの?チビちゃんが欲しいトスに100%応えているか。応える努力をしたのか。現状がベストだと思い込んで守りに入るとは随分ビビリだね?」

押し黙った彼に追い打ちをかけるように口を開く。

「勘違いするな。攻撃の主導権を握ってるのはお前じゃなくチビちゃんだ。それが理解できないならお前は独裁の王様に逆戻りだね」

行くよ、猛と声をかけて階段を下りる。
鼻歌交じりに歩いていればゴキゲンカと猛が俺を見上げた。

「思ってた以上に飛雄がポンコツで嬉しいね〜!!」

笑いながらさっき撮った写真を、と携帯を開く。

「写真俺だけブレブレじゃんか!!」
「失敗した」

猛はそう言って笑った。


****


1週間の合宿を終えて帰ってきた麗亜チャンはどこかキラキラしていた。

「どうだった?」
「楽しかったよ。まぁ、全然追いつけないけどね」

久々に隣に並んで学校に向かいながら麗亜チャンは困ったように頬を掻いた。

「3年間、及川達のプレーを外から見てきたから今までとは違う目線でコートには立てるようにはなったんだけどね」
「うん」
「怪我のことを引いても3年間プレーをしてなかったとなると、昔みたいにいかない」

体が重いよ、なんて麗亜チャンは言った。

嫌なことがあったら、とかまた昔みたいなことがあったらと心配していたけどどうやら大丈夫そうだ。
麗亜チャンの横顔は昔の彼女に少しだけ戻っていた。

「またすぐに合宿でしょ?」
「うん。夏休みに入ってすぐに合宿で。そのあと少しして最終調整。で、国際試合…かな」
「一緒にいられる時間は短いかー…」

麗亜チャンが頑張ってくれるのは嬉しいけど、寂しくないわけじゃない。
てか、凄い寂しい。
1日2日彼女がいないだけで死にそうだったのだ。
今回の1週間は本当に耐えられなかった。

「寂しいね」
「うん。……ん?」
「ん?」

麗亜チャンの言葉に頷いたが俺は足を止めた。
不思議そうに彼女も足を止め首を傾げる。

「寂しいって思ってくれるの?」
「え?そりゃ思うでしょ。3年間ずっと一緒にいたわけだし」
「う、うん」

1人って言うのは慣れないね、と彼女は苦笑する。

「なんだかんだ言って、中学で怪我して…ずっと、及川が隣にいたからさ。ふとした時に隣を見て及川がいないとあれ?ってなる」
「なにそれ、凄い照れるんだけど…」
「珍しいね、及川がそういう顔するの」

顔紅いよ、と彼女は言ってクスクスと笑った。
俺は彼女の中で少なからず特別でいられた。
たったそれだけで凄く胸が熱くて、口元が緩んだ。

「頑張れって、背中押してくれたでしょ?リハビリの時も合宿行く時も」
「うん」
「なんか、凄い力になった」

及川もみんなもこういう風に感じてくれてたら嬉しい、と彼女は呟いた。
感じてないわけ、ない。
背中を押されて、頑張れって言われて。
飛雄と試合した時俺だけじゃなくてみんな、力になってた。

「ふふっ」
「ちょっと、何笑ってんの?」
「やっぱり、麗亜チャンは大事な仲間だなって」

ちゃんと、仲間になれてたんだなって思ったらすごく嬉しかった。
あの時一緒に泣けなかったから、どこか離れてしまった気がしてたけど。
やっぱり、彼女は俺達の仲間なのだ。
だから最後はやっぱり、一緒に笑って欲しい。

「麗亜チャンが頑張ってる間、俺達も頑張るね」
「うん」
「あ、頑張るのはいいけど無理はしちゃダメだからね!?」

それ、及川が言う?と麗亜チャンが首を傾げた。
うっと言葉に詰まればありがとね、と柔らかい笑顔を見せてくれる。

「及川も、無理はしないでね」
「うん」





久々の部活を終えて、ジャージを脱ぐ。

「及川ー、練習付き合って」
「もちろん」

トス上げて欲しいんだよねーと言えば及川は嬉しそうな顔で何度も頷いた。

「じゃあ俺、レシーブ」
「じゃ、俺も」

向かいのコートに入ったのは松川と花巻で。
そこに2人に呼ばれた渡も加わる。

「渡、お前も入れ」
「はいっ」
「何おうっ岩ちゃん!!」

なんで、俺がと言いながらも岩泉はこちらのコートに入ってきた。

「え、なにこれ?」
「えー、これより3vs3を始めまーす」
「ちょ、ちょっと待って」

私の静止の声なんてガン無視で彼らは挨拶を済ませて各ポジションへ移動していく。
点数板の所には国見と金田一。

「私スパイクの練習したいだけなんだけど…」
「実践形式の方がいいデショ?」
「負けた方がアイス奢る感じで」

うわ、これ…
みんな結構ガチじゃん。

「麗亜チャン、ナイッサー」

渡されたボールを受け取って仕方なしにコートの外に出る。
まだフルで試合に出れるほど足は回復してないんだけど…

「10点先取だから心配しないで」
「つーか、無理そうだったらすぐに止めるからな」
「…うん」

こういうの、憧れたな。
一緒にバレーしてみたいってずっと思ってた。
彼らとコートに立つことはできないけど、この足が治ったらこんな風にバレーできるんだ。


結局、勝負はつかなかった。
デュースに持ち込み15点まで戦ったが決着がつかないと途中で断念した。

「渡がポンポンサーブ拾うんだもん」

奢る話はなくなったがアイスは食べたい、と言うことで全員でコンビニに行った。
こんなにデカい男たちがぞろぞろ入ってきたから店員さんは少しビビってたけど。

「ホントにね。仲間だと頼もしいけど、悔しいなー」
「それより、お前らのチームワークキモすぎでしょ」

アイスシューを食べながら花巻がそう言って私たちを見た。

「なんでサインもなしに寿を囮にバックアタックとかしちゃってんの」
「え?なんでって…」

私と岩泉は顔を見合わせる。

「「及川ならそうすると思ったから」」
「……なんですか、それ」

国見が首を傾げた。
なに、と言われると困ってしまう。
ただ及川が岩泉にバックアタックを打たせたいのだと肌で感じた。
だから、岩泉の前で飛んだのだ。

「俺らの超絶信頼関係だよねー?」
「それはねぇな。キモい」
「岩ちゃん酷い!!」

ずっと、外から見てきたから。
昔よりも攻撃の予測を出来るようになった気がする。
自分が中心じゃなくて、全体に目を向けるそんなプレーが出来るようになってきた…のだと思う。

「まぁけどあれだね」
「なになに?」
「楽しいね、みんなといると」

ただ、思ったことを言った。
口の中に広がる冷たさと、居心地の良さに微笑めば彼らは顔を見合わせた。

「…麗亜さんってたまにとんでもなく小悪魔ですよね」
「あー、それわかるわ」
「さらっとそういうこと言っちゃうもんね」

国見たちの言葉に首を傾げれば、及川は顔を真っ赤にして固まっていた。

「あれ、及川?大丈夫?」
「ほっとけほっとけ」

岩泉はそう言って及川の背中をバシッと叩いた。

「及川置いて帰るぞー」
「りょーかい」

やっぱり、仲間って良いな。
私は内心そう呟いて口元を緩めたのだった。
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