9月の終わり。
私は今も東京のリハビリ施設に通院を続けていた。

リハビリを終えて、家に帰る前にスポーツショップに向かった私は目に入った看板に足を止めた。

「梟谷…」

確か若利に引けを取らないくらい凄いスパイカーがいたような…

「見学、出来るかな…?」

お願いしてダメだったら諦めよう、と私はその看板の矢印の先へ向かった。

「おー…流石東京の高校。広いなぁ…」

校門からも見える大きな体育館の方へ歩を進め、こっそりとその体育館の中を覗き込む。

うわ、凄い…
試合形式の練習だ。
部内で2チームに分かれてここまでハイレベルな試合できるって選手層厚いのかな…?

「て、あれ…違うかも」

試合をしている人に見覚えのある人がいた。
音駒の人だ。

ということは合同練習か。

「何してるんですか?」
「あー、ごめんなさい。ちょっと見学させてほしい…え?」

後ろから聞こえた声に振り返りながらそう言えば、視界に入った人の姿に言葉が止まる。

「え?」

同じように彼もそう、声を漏らし目を瞬かせた。

「蛍?」
「…何してるんですか、麗亜さん」
「いや、こっちに用があって。偶然、ここ通りかかって梟谷ってバレー強かったの知ってたから練習覗かせて貰おうと思ったんだけど」

蛍がいるってことは…この合同練習には烏野も参加してるのか。
なら、見学するのはフェアじゃない。

「烏野さんが居るなら、ここは帰った方が良いね」
「試合前の偵察とか禁止されてましたっけ?」
「されてないけど、暗黙の了解?…私が見たら、烏野とはフェアに勝負できないから」

正々堂々、叩き潰したいって及川も言うだろうし。
うん、けどまぁ…梟谷に音駒と合同練習をしてるとなると嫌なくらいにレベルアップしてると考えた方が良さそうだな。
色々な面において…

「じゃあ、バレないうちに私帰るね。みんなには内緒でよろしくね、蛍」
「…そうした方が良さそうですね。音駒も梟谷も面倒な人がたくさんいるので」

蛍が遠い目をして、溜息をついた。
何か、苦労しているのかもしれない。

「じゃあ、みんなによろしく伝えておいて。それから蛍もあんま無理しないで」
「はい、ありがとうございます。じゃあ気を付けて」

逃げるように帰ろうとした私の手を誰かが掴んだ。
ゲッと顔を歪めた蛍が見えて、これは最悪なパターンかもしれないと内心ため息を吐く。

「無視して帰るのは酷いんじゃね?お姉さん」

あぁ、やっぱりそうだ。

「お久しぶりね、音駒のキャプテンさん」
「あれ、キャプテンだって言ったか?」
「あの試合を見てれば嫌でもわかった」

それは嬉しいね、と彼は笑う。

「本当に烏野と知り合いだったんだな、寿選手」
「嘘はつかないんだけど。その選手って何?」
「俺、寿麗亜の大ファンだったんだよね。見たよ、この間の復帰戦」

えげつないサーブだな、と言ってくる彼は一向に私の手を離そうとはしなかった。

「見てくれたのは嬉しいけど、不甲斐無い姿でごめんなさい。まだブランクがあってね」
「ブランクあって、あの動きはちょっと他の選手が可哀想だな」
「てか黒尾さん、麗亜さんの手離してくれませんか」

蛍のその言葉に彼はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

「ツッキー、もしかして嫉妬してる?」
「してません。迷惑そうにしてるので言っただけです」

じゃあ仕方ないな、と手を離した彼は折角だから見てけよと体育館の中を指差す。

「嬉しい誘いだけど、遠慮させてもらうね。私、烏野とは正々堂々フェアな状態で戦いたいから。秘密兵器は今見たら攻略で来ちゃうし」
「うおっスゲェ自信」

少しだけ、蛍の瞳の色が変わった気がした。
秘密兵器にはあのコンビだけじゃなく蛍も含まれているのかもしれない。

「まぁ…見えないカードを予想するだけ無駄か」

問題はそれを見てからの迅速な対応。
それから、こちらの秘密兵器の投入のタイミング。

「ヘイヘイへーイ、なにしてんだー?」
「また増えた…」
「悪いな、月島。毎回絡みに行って」

赤葦さんは悪くないです、と蛍は疲れた顔で言った。
赤葦と呼ばれた彼は気だるげな視線をこちらに向ける。
その隣、ニコニコとしている彼とはハッキリ言って正反対の様だ。

岩泉と及川みたいな感じ?
いや、あれは母親と子供か…

「お姉さん、誰?」
「えーっと…寿NAME2####です」
「寿って…あの、日本代表の?」

そう言って首を傾げた赤葦さんに確かに本物だっ!!と隣の彼が目を輝かせた。

「俺、木兎!!」
「木兎って…若利に並ぶスパイカーの…?」

本当に失礼だけど、そうは見えないんだけど。

「そうそう。一応5本指には入るけど3本指には入らないのがコイツ。俺は黒尾鉄朗。んで、こっちが…」
「梟谷2年の赤葦です。木兎さんがうるさくして申し訳ないです」
「あー、平気平気。こちらこそ、ごめんなさい。突然お邪魔しちゃって。もう帰るから」

見てけよ!!と木兎君が笑った。

「烏野とは同じトーナメントだから、フェアじゃないでしょ」
「ん?寿って高校でバレーしてねェの?」
「高校では男バレのマネージャー」

意外だな、と笑った彼に変に突っ込んで聞いてくる人じゃなくてよかった、と内心ほっとした。

「お前ら練習中に何騒いでんだよ」

そんな声が聞こえて、視線をそちらに向ける。
ドンドン人が集まってくる…いや、私がここにいるのが悪いんだけど。

「あ、麗亜?」
「久しぶり、繋心」
「お前なんで?…あぁ、この近くでだったか?」

一応リハビリのことは彼に言っていたので、説明する前にわかってくれたようだった。

「調子は?」
「まぁまぁって感じかな。前よりはよっぽど、動ける」
「そうか、よかった。で、ここに来たのは…?」

梟谷って強豪だから、ちょっと見学したいなーって思ってと苦笑交じりに言えばお前らしいなと呆れられた。

「烏野がいるとは思ってなくて。すぐ帰ろうと思ったんだけど、この様で…」

周りを取り囲む長身の男達を見ればお前はどこに行っても人気だなと言われた。
別に、そんなことはないと思うんだけど。

「前から気になってたんですけど、烏養監督と麗亜さんって何でお互い名前呼びなんですか?」
「昔、私に専属で付いて貰ってたの。烏養のおじ様にもね」
「…へぇ…てっきり、監督が一回りも年下の麗羅さんに手を出したのかと」

強ち間違ってないとこが、困る。
繋心もどこか困ったように笑った。

「そんなわけないでしょ。ほら、練習戻って。私帰るから」
「すいません、それ無理だと思います」

落ち着いた声で赤葦君がそう言った。
何で?と首を傾げる前に両腕を黒尾君と木兎君にがしっと掴まれる。

「え?」
「そんなつれないこと言うなよ」
「そうだそうだっ!!一緒にやろうぜ」

いや、ちょ!!?
後ろにいる蛍の方を見ればすいませんと口パクで言って、その隣赤葦君も頭を下げた。

「繋心!!」
「まぁ、怪我すんなよ」

面倒だからって逃げたな、確実に。
体育館の中まで引きずりこまれれば、視線がこちらに集まった。

「麗亜―っ!!」
「わっ夕?」
「会いたかったぜ、麗亜


目をキラキラとさせて笑った彼に私も微笑む。

「久しぶり」
「試合!!見たぞ、この間の」
「ありがと」

あのサーブは及川と一緒だな、と彼は無邪気な笑顔で笑った。

「及川には負けるよ。威力も質も」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるんだよ。及川以上の選手はいないから」

私の言葉におやおやー?と黒尾君がニヤニヤと笑った。

「もしかして、彼氏?その、及川クン」
「え?いや、彼氏じゃないけど」
「本当に?」

本当に、と私は迷いなく答えた。
私が好きなだけで、彼氏じゃないし。

「けど、彼の代わりはいないってくらいに特別な人」
「おおーっ言うねー」
「まぁそんな彼が怒っちゃうから帰らせてね」

解放された両腕に私は足早に出口へ向かう。

「ちょ、逃げんな!!」
「またね、黒尾君。他のみんなも」

急いで靴を履いて、校門へと急ぐ。
後ろから聞こえる声は悪いが無視させて貰った。
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