「御影君、いる?」
次の日の昼。
教室にやってきたのは橘さんと見覚えのない先輩だった。
「なんすか?」
「えっと、鮫柄って学校と合同練習をすることになったんだけど…最低4人必要で…もう1人の奴も他に当たってくれてるんだけど、俺は御影君に来て欲しいなって」
「俺、水泳部に入る気ないんすけど」
俺の言葉に隣の先輩が無表情で近づいてくる。
「あの、なにか?」
「入れ」
「嫌っす。てか、誰?」
橘さんに視線を向けると困った顔で笑った。
「七瀬遙って言って…」
「七瀬遙…へぇ、アンタが」
凛に何度も聞かされていた奴って、この人のことだったのか…
視線を七瀬さんに向ける。
「ふぅん…」
「水泳部に入れ」
「だから、嫌だって」
隣の橘さんは頭を抱えて溜息をつく。
「泳ぐ気はない」
「…泳げ」
「だから、嫌だって言ってんだろ」
敬語を使うのも忘れて、七瀬さんに言葉を返す。
「まぁまぁ、ハル。落ち着いて」
「コイツが入れば1年中泳ぎ放題…」
「は?」
意味が分からない。
何で俺が入ったら1年中泳ぎ放題になるわけ?
「夏の大会で結果を残せたら部費が出るんだ。それでオフシーズンも近くのジムのプールを借りれるって話をしてて…」
「1人で記録出せばよくね?」
「最低出場選手は4人欲しいって言われて…」
肩を落とす橘さん。
七瀬さんは相変わらず無表情に、俺を見つめる。
「合同練習だけでも参加してくれたら嬉しいんだけど…大会のメンバーはまた他で見つけるから。どう?」
「俺にメリットないんで」
「泳げる」
七瀬さんの言葉に俺は首を傾げる。
泳げるって、もう少し待てば泳げる季節に…
「この間、ハルは外のプールに入って風邪ひいてる」
「あれは風邪じゃない!!誰かが俺の噂を…」
いや、ただの風邪だろ。
今の季節に外プールとか自殺行為だろ…
「て、俺のメリット結局ないじゃん」
「だから、泳げる」
「いや、別に泳ぎたいわけじゃねェし」
俺の言葉に七瀬さんが黙った。
「御影君ズバズバ言うね…」
「今まで大人しくしてたんだからいいじゃないっすか、別に」
この人たちに敬語を使うのはもうやめようかな…
なんか先輩って気がしねぇ…
「なんでもお返しするから…ね?」
「はぁ…前向きに検討はしてみます」
「本当!!?」
こうでもしないと毎時間ここに来そうで嫌だ。
「返事、早めにちょうだいね!!」
「善処します」
2人が帰ったのを確認して机の上に体を預ける。
「大変そうだな、御影」
「しつこい勧誘だ…」
「まぁ、体験するノリで1回行ってみたら?」
体験、ねぇ…
1度そんなことしたら抜けれなくなりそうだな…
結局、どうするか決まらないまま家に着いた。
机の上に置かれたたからばこと書かれた缶に手を伸ばして、やめる。
「どうすっかな…マジで」
床に寝転んで溜息をつく。
視界に入る缶は夕日を浴びてキラキラと輝く。
きっと開けてしまえば元には戻れない。
パンドラの箱みたいなものだろう。
目を閉ざして駆け巡る景色に泣きたくなる。
「忘れてくれよ…もう」
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