「腹減ったー」
朝、学校の廊下に聞こえてきた声に首を傾げる。
その声の主の方に視線を向ければ見覚えのあるオレンジ色の頭。
確か、蛙連れて来た水泳部の1年の…
「寝坊するからだろ」
腹が減ったと訴えるオレンジ色の頭の少年の隣にいるのはバスケ部の後輩だった。
俺に気づいた彼は笑顔を見せて手をぶんぶんと振る。
「大和さーんっ!!」
「はよ」
「おはようございますっ」
彼らの元に歩み寄ればぐー、と間抜けな音が聞こえる。
「どうしたの、その子」
「寝坊して朝飯食い損ねたらしいっすよ。アホですよね」
「アホって言うなっ!!」
蛙連れて来たり、変な奴だな…
なんつーか、小学生っぽい?
「何か食い物ねぇ?」
「あるわけねーだろ」
2人のやり取りを見ながら「あぁ、そうだ」と呟いて鞄を開ける。
鞄から引っ張り出したコンビニの袋をオレンジ色の彼の頭に乗せれば目を丸くしてこちらを見上げた。
「なんすか?」
「朝走りに行ったとき昼飯用に買ったんだけど。食っていいぞ」
「え?」
ガサッと音をさせて袋を開いた彼の顔に笑顔が浮かびキラキラと目を輝かせる。
「おにぎりーっ!!」
「足りるかわかんねェけど、食べないよりはマシだろ?」
「うわ、大和さん甘やかしちゃダメっすよー」
ま、今回だけだからさと言えば後輩は呆れたように溜息をついた。
「ありがとうございますっ!!」
「どういたしまして」
「俺、御子柴百太郎って言うんですけど!!先輩は!?」
前のめりに聞いてくる彼に後ずさりながら瀬尾大和、と答えれば大和さんっ!!と目を輝かせた。
どうしよう、なんか柴犬にしか見えなくなってきた。
「こら、御子柴。大和さん困ってんだろ」
「いーよ、いーよ。柴犬みたいだなーって思ってただけだから」
「何でチョイスが柴犬なんすか?」
え、ぽくない?と言えば彼は御子柴を見てわからなくはないです、と苦笑を浮かべた。
「授業始まる前に食えよ」
「はいっ」
「じゃあ、大和さん。また部活で!!」
おう、と返事をして頭を撫でれば髪ぐしゃぐしゃじゃないですかと文句を言いながらも彼は笑って教室に向かって行った。
「久々に学食で昼飯か…」
まぁ、たまには悪くないだろう。
▽
学食の券売機の前で何にしようかと考えていれば後ろから遅いと声が聞こえた。
「山崎…」
「珍しいな、学食にいるの」
「昼飯あげちゃったから。てか、遅くて悪かったな」
お前何買う?と尋ねればとんかつ定食、と返事が返って来る。
「重いな…俺はオムライスでいいや」
「子供か」
「あんまり食べれないんだよ、昼って」
オムライス、と書かれた食券をカウンターで渡して1人なのか?と尋ねる。
「凛は顧問に呼び出されてっから」
「あぁ、そういうことか」
あの日以来、話していなかったから少し気まずい気持ちがあったけど。
なんだ、案外普通に話せてる。
「どっか席空いてるか?」
「んー…一番奥」
「じゃあ、そこで」
自然な流れで2人でテーブルに着く。
「バスケ部そろそろ試合?」
「あぁ。そろそろ予選始まる。スタメンの発表もして今は調整期間」
OBの先輩達にも色々力を借りてスタメンを決めたわけだけど。
人を選ぶことは酷く難しいと実感させられた。
「決めるの凄い大変だった。今も少し入れ替えとかあるし」
ポケットから出したメンバー表を彼が取って、視線をそれに落とす。
「……あれ」
「ん?」
「なんでお前の名前だけ印刷じゃねぇの?」
変なところ気づくな、と言えば彼は誰だって気になるだろと言い返された。
「最近、あんまり調子よく無くてさ」
俺の言葉に山崎は眉を寄せた。
「選ばれなかった奴らに文句がある様だったら、俺と入れ替わろうと思ってた」
「…そんな軽い気持ちで部長やってんのかよ」
「部長やってるからこそだよ。部長やってるからこそ、勝つために俺が必要ないなら潔く背番号を明け渡す」
俺の部長としての仕事は試合に出ることじゃない。
先輩から受け継いだものを、後輩たちに受け継ぐことだから。
山崎は複雑そうな顔をしていた。
「あの怪我のせいか?」
「あれは、もう別に。ただまぁ…精神的な話」
「…そうか」
山崎は小さく息を吐いてから、俺の名前を呼んだ。
「お前はなんで「大和さーーーんっ!!」は?」
「あれ、御子柴…」
「朝ご飯ありがとうございました!!超助かりました」
彼の後ろからやってきた後輩が容赦なく御子柴の頭を叩く。
「大和さんに迷惑かけんなって言ってんだろ。つーか、人と喋ってるところに突っ込む奴があるか」
「…すいません。て、山崎先輩!!え、2人って仲良いんですか?あれ、そう言えばこの間の夜も一緒に…「御子柴」はいっ」
あまり、触れて欲しくない話をしそうな彼の名前を呼べば元気な返事が返ってきた。
「話してるとまた食い損ねるぞ」
「やべっ。あ、今度ちゃんとお礼しますね!!」
「すいません、大和さん。あとで怒っておくんで」
申し訳なさそうな後輩に気にすんなよ、と伝えて視線を山崎に戻す。
彼はどこか不機嫌そうに目を細めていた。
「山崎?」
「…お前ってさ、なんでそうなの?」
「え?」
僅かに彼の声は低くなる。
「なんつーかさ、お前って。自己犠牲の上に成り立ってねぇ?」
「別にそんなこと…」
「背番号は譲ろうとするわ、飯は譲るわ、調子悪いのだって確実に手首の怪我のせいだろ。精神的とか嘘ついて」
なんなの?と彼は首を傾げた。
「お前が必要ねェなら後輩はあんなにお前を慕ったりしないだろ」
「…どうかな。俺は部長だから懐かれてるだけで、バスケが上手いからじゃない」
「だったら、誰か文句言ったのかよ。このメンバーに」
トン、とテーブルに置かれたメンバー表に視線を落とす。
言ってないと答えればだと思ったよと彼は言った。
「実力があって、チームをまとめられると思ったからお前が部長なんだよ」
「……だったら尚更だな」
「は?」
尚更、申し訳ない。
俺はそう言って笑った。
山崎は目を見開いて、すぐに眉を寄せる。
「なんだよそれ」
「…部員にそう思ってもらえてたとしたら、それに応えられていない。情けねェな、ホント」
スプーンを持っていた手首を摩り、溜息をつく。
山崎は箸を置いて、俺の手を掴んだ。
「ちょ、おい」
手首の包帯を無言で外し、やっとかさぶたになった傷を撫でた。
「…なんだよ」
「まだ痛いんだろ」
「……動かすとな」
山崎は黙り込んで、手を掴む力が強くなる。
「山崎?」
「…これだって、お前のせいじゃないだろ。情けねェってお前が悪いわけじゃねぇだろ?」
「いや、俺が悪いんだよ」
元はと言えばお前の彼女が。
彼の言葉を最後まで聞く前に、名前を呼べば口を閉ざした。
「…山崎ってさ、優しいよな」
「は?」
「放っておけばいいのに」
放っておいてくれれば、よかったのに。
中途半端な優しさが苦しい。
助からないと諦めたのに、またどこかで期待し始めている。
そんなの期待するだけ無駄だと、わかっているのに。
「…俺は大丈夫だよ」
笑いながらそう言って、俺の手を掴む彼の指を1本1本外していく。
「俺は、大丈夫だから」
自分に言い聞かせるようにそう言って笑った。
ほら、大丈夫。
まだ俺は笑えてるだろ?
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