side:御影


県大会当日。
俺が出るのは前回同様2日目の個人メドレーと元々の専門1500m。
1500mは前回は出なかったから、ちゃんと試合に出るのはこれが初めてだった。

「去年の夏以来だね、この会場!!うー、燃えてきた」

渚の声を聞きながら会場の入り口を眺める。
ここで泳いだから俺は凛と今の関係になって、こうやって仲間が出来たんだよな…

「去年は緊張のあまり寝不足でしたが今年の僕は違う!!体調管理も万全です!!」
「怜ちゃん少しは心臓に毛が生えた?」
「やめてください!!そんな美しくないもの生えてませんよ!!」

そんな彼らの話を聞いていればコウが俺達を呼んだ。
おはようございます、と挨拶をしていれば後ろから少しうるさいくらいの挨拶が聞こえてきた。
視線をそちらに向ければ鮫柄の生徒がいた。

「あ…」

そんな彼らの前に立つのは久しぶりに見る人だった。

「あれは…御子柴部長!!」

弟君と戯れていた2人が何かを見て固まった。

「「江(さん/くん)」」

重なった2人の声にやっぱり兄弟なんだなと苦笑を零す。
うん、でも元気そうでよかった。

「あー…それじゃあ私たちは行きましょうか?」
「うん、そうだね」

会場に入ろうとする彼らに一声かければ、彼らは足を止めこちらを振り返った。

「ちょっと御子柴さんに挨拶してきてもいいですか?」
「あぁ、そっか。朱希は仲良かったもんね」
「そういうわけじゃないんですけど…」

いいよ、いってらっしゃいと真琴さんが微笑んでくれて、俺は御子柴さんの方へ駆け寄った。
俺の気づいた御子柴さんは笑顔を見せる。

「御子柴さん」
「久しぶりだな。朱希」
「お久しぶりです」

いつからか御子柴さんは俺を朱希と呼ぶようになった。
まぁ、昔の苗字で呼ばれるよりは全然いいんだけど…

「泳ぐのか1500m」
「それはもうバッチリと。個人メドレーの方も出ますけどね」
「そうか、そうか」

楽しみだな、と彼はバシバシと背中を叩いた。

この人に叩かれると結構痛いんだけど…

「あぁ、そうだった。こいつは俺の弟だ。仲良くしてやってくれ」

コウがいなくなってしまったからか肩を落としていた御子柴弟が顔を上げる。

「あ――ッ!!江さんとデートしてた人!!」
「いや、デートじゃないって」

あの時誤解を解いたつもりだったんだけど…
あ、いや解けてないな…多分。
まともに話聞いてくれなかったんだった。

「何を言ってるんだ、百太郎?朱希は松岡と「御子柴部長!!!?なに言おうとしてんすか!!?」」

御子柴さんの言葉を遮ったのは顔を真っ赤にした凛で、御子柴さんは愉快そうに笑った。

「仲が良さそうでなによりだな」
「…はぁ、これだからこの人は…。朱希、お前行かなくていいのか?」
「え?あぁ行くけど」

一番端でそっぽを向いていた山崎さんに視線を向ければ彼もこちらを見た。

「あの、」
「……アイツのことか?」

言わずとも、わかってくれたらしい。
山崎さんは凛に視線を向けてから俺に視線を戻す。

「昼、時間空けとく」
「すいません、ありがとうございます」

それじゃあ、と鮫柄の人達に頭を下げて俺は会場に向かった。





順調に皆地方大会への切符を手に入れた。
午後にはフリーのレースがある。

「スイマセン、ちょっと抜けますね」
「あ、うん。時間までにさっきの場所に来てくれればいいよ」
「了解です」

お弁当を食べる彼らから離れて、会場の方に歩いて行けば目的の人を見つけた。

「山崎さん」
「御影。…探したか?」
「いえ、探す前に会えたので」

ここじゃ目立つし、場所変えるかと歩いて行く彼の少し後ろを歩いて会場の裏に移動する。

「そういやさっき、お前が俺に声かけたから凛が拗ねてたぞ」
「え、マジすか?うわー…後で大変だ」

苦笑してそう言えば山崎さんは少しだけ微笑ましそうに目を細めた。

「それで、大和さんのことなんですけど…」
「あぁ…」
「この間、どうでした?」

山崎さんは壁に背をあてて腕を組む。

「帰ってはきたぞ。怪我だらけで、ジュース頭から被ってな」
「…やっぱりそうですか」
「理由は詳しいことは聞けてないけど。あの怪我をさせたのはアイツの彼女だ」

え、と彼の方を見れば酷く冷たい目で地面を睨みつけていた。

「アイツと彼女の間で何がどうなってんのかはわかんねェ。瀬尾は好きではねぇみたいだけどそれでも付き合ってる」
「…好きじゃないのに、付き合ってる…?」

少し前、彼と話した時のことを思いだした。
彼に恋人のことを尋ねた時だった。
珍しく歯切れが悪くて「…説明できないくらい…酷いかな」と言っていた。
…酷いって、そういうことだったのか。

「あの怪我、全部爪でできた傷みたいでさ。まだ、傷は残ってるし手首の傷は部活の時に痛むって」
「そんな…これから大会ですよね?」
「バスケ部のトーナメントは明日からだよ」

手首、首、肩にあった爪の傷。
腫れた頬。
喧嘩したにしては少し、やりすぎだ。

「…大和さんの今の様子は?」
「いつも通り。最近バスケの方は調子が良くないって言ってたけどな。多分手首の怪我のせいだけどアイツに言わせれば精神的な問題だそうだ」
「彼女と大和さんの間に何があったんですかね…」

それがわかりゃ苦労しないよと彼は溜息をついた。

「アイツは大丈夫の一点張り。彼女が原因だってこともこっちから聞いてやっと答えた。幸せになれねぇんだとよ、アイツは」

どうにかしたいとは思うけど、俺もそこまで親しいわけじゃないしな…と山崎さんは言った。

「大和さんの親しい人とは?」
「気付いてないよ。アイツ嘘つくときと普段の笑顔全く同じなんだよ」

そう言えば、あの時声をかけた時もいつもと変わらぬ笑顔だった。
リハビリの時もいつだって同じ笑顔を俺に見せた。

けど、あの時から不思議だった。
どうしてこんな辛いリハビリでこの人は笑っていられるんだろうって。
あの笑顔に何度も救われたのは確かだけど、よくよく考えてみれば少しおかしい。

「…全部、作り笑顔…」
「え?」
「大和さんが見せる笑顔って、全部偽物なんじゃないですか?」

嘘をつくときと普段の笑顔が同じなんじゃない。
普段も嘘を吐いているから、全部同じ笑顔なんだ。
そうだとしたら、全て納得がいく。

「…ちょっと待て。それじゃあバスケしてる時も……」

山崎さんはそう言いかけて口を閉ざした。

「そういや、真面目にバスケしてるとこ…見たことねぇな…」
「その時の表情が違かったら…全部作り笑顔ってことですよね?あー…けど、バスケの時に本当に笑ってるかどうかもわからないか…」
「アイツが本当にバスケが好きなら、作り笑顔でなんてやらないだろ。けど、もしアイツが作り笑顔だったとして…チームメイトは気付かないのか?」

確かにそうかも知れないけど…

「プレーしてるときだけ、だったら…気付かないんじゃないですか?休憩のとき、ミーティングの時…そういう時間は普段通りでボールに触れてるときだけ違う表情だったら?」
「それはまぁ、あり得なくはないか…」
「まぁ何も知らない俺が仮説たてても意味ないですけどね」

彼には感謝している。
辛いリハビリの時、いつも彼は俺を支えてくれていた。
出来ることなら、恩返しをしたかった。
けど学校は違うし会うことも滅多にない。

「なんで、こういう時無力なんだろう」

凛の時も、そうだった。
本当に助けたいと思ったとき自分の無力さを思い知る。

「……お前、優しいんだな」
「はい?」

山崎さんは壁から背中を離して俺の頭をポンポンと撫でた。

「アイツのことは俺が何とかする」
「え?いや、でも…親しくないって…」
「乗りかかった船だって言うのもあるんだけど。俺自身気に入らねェんだよ」

彼はそう言ってふっと笑った。

「お前は心配しなくていい。お前がそんな顔してると凛まで悲しむしな」
「けど、」
「またなんかわかったら連絡するし、俺一人じゃどうにもならなくなった時も連絡するから」

連絡先を交換すれば山崎さんがじゃあな、と歩いて行ってしまう。

「あの、山崎さん」
「ん?」
「…大和さんのこと、お願いします。大和さんから見たらお節介かもしれないですけど」

おう、と彼は返事をした。
そんな彼を見送って壁に背をあてる。
また、頭を下げるのか…

「凛の時も、遙さん達に頭下げたっけ…」

悔しいな、やっぱり。
自分の手で救いたいものが救えないということは。


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