side:御影
1日目を終えて、俺達はスイミングスクールに集まっていた。
先に集まっている彼らの所に行こうとした俺だったが写真の張られた壁の前で足を止める。
「朱希君、もうみんな集まってるよ」
「悪いトイレ行ってから行くから先行ってて」
「わかった」
一緒にいたコウもみんなの所に行く。
その背中を見送って、凛と皆の映る写真に視線を戻した。
俺はあの人たちに出会って救われた。
凛とも仲直りできて、今の関係にまでなれた。
けど、俺がアイツを救えなかったことは紛れもない事実だ。
自分の掌を見つめて、ぎゅっと握りしめる。
あの時から。
兄さんを失ったあの日から、伸ばした手は届かない。
凛を救うのは俺の役目じゃなかったと言っても、あの時は悔しい気持ちは確かにあった。
でも、今回は?
大和さんのことも、俺は救えないのか。
大和さんが救いを求めているかはわからないけど、それでも…
あの人の力になりたかった。
山崎さんが何とかしてくれると言っていたけど、関係のない人まで巻き込んでしまったわけだし…
「何やってんだろ、マジで」
明日は試合だって言うのに…
小さく息を吐いて彼らのいる方に向かえば、炭水化物ばかりの料理がテーブルに並んでいた。
あと、渚のそのピンク色のものは何…?
「遅いよ朱希ちゃん」
「あ、うん。悪い悪い」
椅子に座れば明日のメドレーも今日の勢いがあれば勝てるんじゃないか、とコーチが言う。
「いよいよ凛さんのチームと公式戦で戦うわけですね」
「怜、大丈夫だ。リレーは一人じゃない。4人で泳ぐんだ。この4人で泳げばどこまでだって行ける」
「行きましょう、全国まで」
遙先輩の言葉にみんな笑顔を見せて、俺もそれを見ながら頬を緩める。
「全国かー」
「俺達本当に行けるかもしれないね。全国大会」
彼らの会話を聞いていたコウがノートを開く。
「私の情報によれば鮫柄のリレーのメンバーはバックが2年の魚住君。ブレは岩清水君」
「ブレは愛ちゃんじゃないんだぁ…」
「バッタが3年の山崎宗介。そしてもちろんフリーは3年松岡凛」
皆がゴクリと唾を飲む。
「けど、バックの魚住選手は今日の結果があまり良くなかったからもしかしたら補欠で登録されている選手と交代になるかもです」
「補欠って?」
「確か1年の御子柴…金太郎君?」
首を傾げながら言ったコウの言葉に渚がマコちゃんと一緒に泳いだあの、金ちゃん!!と言う。
「いや、そんな名前じゃないです」
「わかった、浦島君!!」
「それも違うって。御子柴百太郎だろ」
てかコウ…あんなに絡まれてんのに憶えてねェのかよ…
「あ、そう。それだっ!!」
「不憫だな、マジで」
▽
大会2日目。
今日は俺の出る1500、個人メドレーと彼らのメインとなるメドレーリレーがあった。
「わー、やっぱり朱希ちゃんは断トツだね」
俺の出場種目を終えて、みんなの所に戻れば渚が俺に抱き着いてきた。
「サンキュ」
「これで、全員で地方大会に進めますね」
「そうだな」
抱き着いたままの渚の頭をぐりぐりと撫でていれば、江がおめでとうと言って微笑んだ。
そして俺の耳に口を寄せ小さな声で囁く。
「お兄ちゃんが凄い喜んでたよ」
コウはそう言って口を隠して笑う。
「そういうのは見てやるなよ」
「だって、あんな表情普段は見せてくれないもん」
「江に見せてる表情も俺には見せてくれないよ。お前にはどうやったって勝てない」
俺の言葉に彼女はそんなことないと思うけど、と微笑んだ。
写真に撮っておけばよかった、と残念がっている彼女から向こう側の観客席にいる彼の方に視線を向ける。
タイミングよくこちらを見た彼に手を振れば彼はふっと、口元を緩めた。
「わ、朱希君ズルい!!」
「何がだよ」
「私もお兄ちゃんに手、振りたかった」
すぐに視線を逸らしてしまった凛を見ながら言った彼女に苦笑を零す。
行われていたレースが終わり、メドレーの召集のアナウンスが鳴る。
遙さん達が顔を見合わせてコクリと頷いた。
「行ってらっしゃい。頑張って下さい」
「頑張って来るね」
「任せてください、1位で地方大会に行ってみせます」
歩いて行く彼らを見送って椅子に腰かける。
「凛たちとの初めての対戦だな」
「うん。どっち応援すればいいかわかんない…」
「あー、それな。まぁどっちも地方大会に進むことを願って」
やっぱりあの人たちのレースはもっと大きなところでやって欲しい。
俺の言葉にコウも笑顔で頷いた。
やはり、というか鮫柄のバックを泳いだのは御子柴さんの弟だった。
スタートを出遅れた真琴さんを先行して彼がバトンを渡す。
続く、渚も普段目立つ最後の伸びがあまり発揮されず2位のままバトンを繋いだ。
伸びが発揮されなかったと言うよりは相手も同じように…いやそれ以上に速かったのだろう。
そして、バッタは山崎さんと怜。
リードはされたままだったが、途中目に見えて山崎さんが失速した。
その隙に何とか差を詰め、遙さんにバトンが繋がれる。
そして、遙さんと凛の勝負は凛の勝ちで終わりを告げる。
一瞬静かになった会場に歓声が沸いた。
「負けた…?」
「…タイムの差は、そんなにない」
地方大会には進めるな、というコーチの言葉に俺とコウは顔を見合わせて頷いた。
「絶対リベンジだろ、これ」
「もちろんっ!!」
戻ってきた彼らも地方大会に進めることは嬉しいが鮫柄に負けたことがどうも引っかかっているようだった。
「朱希ちゃーん」
負けた、と呟く渚に次があるだろと言えばうん、と頷く。
「そうですよ、次があります。地方大会でリベンジです!!」
「当たり前じゃないですかっ」
俺達は無事に全種目地方大会に駒を進めることが出来たわけで。
こっからまたハードな練習になるだろう。
会場から出れば鮫柄のメンバーがバスに乗り込んでいるのが見えて凛の姿を探す。
去年と違って一緒に帰るとか出来ないよな…部長だし。
まぁ帰ったら連絡しよう、と思って視線を前に戻せばコウはニコニコと笑っていた。
「……なんだよ」
「お兄ちゃんのこと探してた?」
「悪いか?」
否定する理由もなくてそう言葉にすれば彼女は悪くないよーと頬を緩める。
「ラブラブだね」
「声がデカいんだよ」
「皆にも言っちゃえばいいのに」
コウは前を歩く遙さん達に視線を向ける。
「恥ずかしがり屋だからさ、凛は」
「私が知ってるってわかったときも1週間ぐらい口もきいてくれなかった」
「可愛いだろ?」
俺の言葉にコウは笑った。
「私にとってはカッコイイお兄ちゃんなんだけどなー」
「俺にとっては可愛い恋人」
顔を見合わせて笑えば前を歩いていた遙さん達がこちらを振り返る。
「どうしたの?」
「何でもないっすよ」
遙さん達は不思議そうに顔を見合わせて、首を傾げた。
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