瀬尾と別れてからホテルに戻った。

「ただいま」

ドアを開けて中に入ればおかえり、と2つの声が聞こえる。

「お邪魔してます、山崎さん」

凛の隣。
ベッドに腰掛けていた御影が微笑んで会釈をした。

「…邪魔したか?」
「平気だ。お前、早かったな。もっと遅くなると思ってたんだけど…」
「部活、抜けてきてるから帰るって」

凛と御影が座っていない方のベッドに寝転び目を閉じる。

「…どうだった?」
「わかんねぇ」
「は?」

わからないんだ、本当に。
アイツは何か変わったのだろうか。
彼を呼んだことは間違っていなかったのだろうか…
本当に、わからない。

「お前、さっきまで一緒にいたんだろ?」
「いたけど。いただけだな…」
「はぁ?告白は?してねぇの?」

好きなわけじゃねぇって言ってんだろ、と言って彼の方を見る。
眉を寄せる凛の隣、御影は話についていけないのか首を傾げていた。

「一緒にいたのって大和さんじゃないんすか?」
「瀬尾だよ」
「え、じゃあ告白って…?」

こいつ瀬尾のこと好きなんだよ、と凛が俺を指差しながら言った。

「え…?」
「だから違ぇって」
「絶対違わねェだろ。俺には嘘つけねぇんだろ?」

そうだけど、そうじゃない。
好きか嫌いかで言われたら…多分俺はアイツが好きだ。
アイツに、俺は惚れてる。
けど、違う。

「俺らの前なら別に隠すことねぇだろ」
「話の腰を折るようで悪いんだけど…凛、山崎さんに言ったの?付き合ってるって」
「違ェよ、元々知ってた」

御影はこちらを見て言ったんですか?と首を傾げた。

「つい、口が滑った」
「あー…」
「まぁ、一応何とかなったけど」

俺と御影の会話を聞いていた凛が朱希!!と怒ったように名前を呼んだ。

「お前、知られてること知ってたのか!!?」
「え、まぁ…確認、されたし。付き合ってんのかって」
「はぁ!?じゃあなんで言わねェんだよ!!」

言ったら凛、山崎さんとまともに話せなくなるだろ?と御影が首を傾げれば口をとがらせてそっぽを向いた。

「そうかもしんねぇけど…隠し事されんの、嫌だ」
「…ごめんって」
「つーか、お前が瀬尾のこと大和って呼んでることも納得いかねェし。なんでお前知り合いなの?」

2人の痴話喧嘩はどうやら長引きそうだ。
てか、どっちが年上なのか分かったものじゃない。
凛が子供っぽいのか、御影が大人びてるのか…

「事故ってリハビリしてた時に、あの人もいたんだ」
「…なんで教えてくれなかったんだよ」
「あの頃の話すると、凛泣きそうな顔するから」

思い出させたくないんだよ、と御影は凛の頭を撫でた。
その手を恥ずかしそうに受け入れる凛が自分の知っている彼ではないな、と思った。

そういや、俺も瀬尾に頭撫でられたんだよな…
しかも、抱きしめられて…
なんであんなこと、したんだろうか。
あの時のごめんの意味ってなんだったんだよ…

「すいません、話逸らしちゃって」
「あぁ、いや別に。お前ら甘ったるいな」
「え?そうですかね…?」

あー、自覚なしか。
バカップルって奴だな、本当に。

「それで…大和さんの話に戻しますけど…」
「あぁ」
「その、好きなんですか?」

素直に答えろよ、と凛が言った。

「俺達の秘密知っておいて、お前だけ隠してるなんて許さねぇから」
「餓鬼だな、マジで」
「うっせ」

はぁ、とわざとらしく溜息をつく。

「お前の言う通りだよ。俺はアイツに惚れてる」
「ほらみろ」
「けど…お前らみたいになりたいわけじゃない。付き合いたいとかそんな感情、ない」

は?と凛は目を丸くした。

「ないわけないだろ。瀬尾のこと好きなんだろ?」
「好きだけど。俺は、アイツが幸せならそれでいい」
「…それ、本音ですか?」

真っ直ぐと、俺の目を見て言ったのは御影だった。

「朱希?」
「幸せになれない大和さんを自分の手で幸せにしてやりたいって思わなかったんですか?」
「……思わねェよ。だって、バスケをしていること以上の幸せはきっとアイツにはないからな。だから、アイツがバスケをしていれくれるなら俺はそれでいい」

彼が夢を追いかけてくれるなら。
彼が未来を捨てずにいてくれるなら。
好きだとか、こんな感情どうでもいい。
どんな関係でも構わないから、アイツが夢を叶える姿を見ていたい。
画面越しだって、いいんだ。
ただ、アイツが夢を叶える瞬間を見届けられるなら俺はそれ以上なにも望まない。
結局、アイツの夢は聞けず終いだけどな…

けど、アイツは俺が夢を聞いたときに俺から目を逸らした。
何か言葉を躊躇って、隠した。
多分、高校卒業してからもバスケを続けていなければ見られない夢なんだと思う。
だからあの時、アイツは答えなかった。
答えられなかった。
答えてしまえば俺に、本当の気持ちがバレてしまうから。

「俺は本当に、そう思ってる。アイツが…バスケを続けて夢を叶えてくれればそれでいい。俺のこの感情は必要ない」
「…それって、凄く悲しくないっすか?」
「そうかもな」

御影は眉を寄せた。
優しい奴だなって前も思ったけど、やっぱり優しい奴。

「この話はもう終わりな。俺はもう寝る」
「え、」
「スゲェ、疲れたんだよ」

寝返りを打って彼らに背を向ける。
閉じた瞳。
瞼の裏に映ったのは、瀬尾の怒った顔だった。
バスケしてなくても、あんな顔出来るんだな…アイツ。
なんだかんだ言って、いつもバスケをしてるときかボール持ってるときだけ表情があったけど。
やっぱり、彼はどこか無理をして自分を押し殺している。

いつか、本当の彼に会えるだろうか…

ゆっくりと沈む意識の中、俺はそんなことを考えていた。





駅のホームで目の前を通り過ぎていく電車を眺める。
山崎の言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。

握りしめた携帯の画面には彼女の名前を番号が浮かび上がっている。
俺はそれに視線を落として大きく息を吐いてから、通話ボタンを押した。

少しの電子音の後、もしもしと彼女の声が聞こえる。

「もしもし、俺だけど」

どうしたの?と彼女の声。
自分からかけたのはあの事故以来初めてだった。

「お前と話がある」


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