「あ、よかった来てくれて」
地方大会を終えて数日。
久々に体育館に行けばいつもと変わらず彼がシュート練をしていた。
「待ってた、山崎」
「は?」
ボールを小脇に挟んで彼はステージの方へ歩いて行く。
「前にさ、俺がバスケしてるとこ見たいって言ってただろ?」
「え?あぁ…言ったけど…」
「見に来ない?試合」
彼はそう言って一枚のプリントをこちらに向けた。
「これ、IHの会場」
彼の方に歩み寄り、そのプリントを受け取れば印刷された地図だった。
「で、これが日にちと時間ね」
地図の右下辺りに書きこまれた彼の文字。
話について行けなくて彼を見れば、暇だったら見に来て欲しいと言った。
「水泳部の全国大会のすぐ後だから少しバタバタしてるかもしんねぇけど…」
「いや、別にそれは平気だけど…」
「そう?まぁ、嫌だったら、いいんだけど。そのなんつーの?」
お前に見てて欲しいんだよね、と彼は微笑んだ。
「それ、決勝の日なんだ」
「決勝?…進むって決まったわけじゃないだろ?別にこの前の試合でも…」
「決勝じゃなきゃ意味ねェんだよ。それに、負けるわけないだろ俺達が」
なんの迷いもなく彼はそう言った。
「……期待してる」
「ん、期待してて」
カッコイイ所見せるから、と彼は冗談っぽく言った。
「そういや、肩…平気か?」
「あぁ……水泳は、もうやめるからな。日常生活が可能なくらいには治さねぇといけねぇ。ちょっと無理しすぎたしな」
サポーターをしている肩を少し動かせば彼は眉を寄せた。
「何でお前がそんな顔してんだよ」
「いや…もっと、見たかったなって。お前が泳いでるとこ」
「え?」
目を丸くして彼を見れば彼は言葉を続ける。
「お前が泳いでるとこ、スゲェカッコよかった。今まで水泳なんて全然興味なかったけど、初めて…もう1度見たいって思った」
「悪いな、1度きりで」
俺と視線を合わせた彼は少しの間口を閉ざす。
「……瀬尾?」
「あ、悪い。ちょっと考え事」
「はぁ?」
彼はいつものように微笑んで、ドリブルをしながらゴールの方へ歩いて行った。
そんな彼の背中を見ながらステージに腰かけてふと、違和感に気づく。
ステージを見渡しても普段あるはずのものが、そこにはなかった。
「瀬尾」
「ん?どうした?」
「携帯は?」
いつもここにあった。
彼を悩ませる原因と繋がるそれ。
ここにないことが凄く、不思議だった。
「あぁ、そういえば…部屋に忘れてた」
彼はそう言って苦笑を零した。
部屋に忘れた?
お前が?
…あり得ないだろ、それ。
「お前、彼女は…」
「平気」
彼はそう言っていつもの綺麗な動作でボールを放った。
「平気って、お前…」
「大丈夫だって、心配ない」
また強がりかよ。
結局、彼は何も変わってない。
大丈夫って、お前…絶対大丈夫じゃないだろ。
「…やっぱりさ、優しいよな。山崎って」
「は?今、そういう話してなかっただろ」
俺の言葉に彼はただ笑っていた。
▽
Side:御影
凛から1本の電話がかかってきた。
ちょっと会えるか、という彼の誘いに俺はOKを出して、実家に帰っていた凛が俺の家にやってきた。
ベッドに腰掛けて真剣な表情をする凛にどうかした?と首を傾げる。
「オーストラリアにハルと行ってくる」
彼の言葉に俺は「は?」と間抜けな声を出した。
真琴さん達から遙さんが凛ともめたことは聞いていたし、遙さんの様子がここ最近おかしいことにも気付いていた。
だから、凛の突然の話に正直訳が分からなくなった。
「ちょ、は?なんで?」
「見せたいんだ、ハルに。向こうで見てきた世界を」
凛はそう言って手をぎゅっと握った。
「アイツは夢がないって、言った。けど…俺はアイツに夢を見て欲しい。いつまでも俺の前をハルに泳いでいてほしい。そうじゃなきゃ、ダメなんだ」
「…うん」
「朱希じゃダメとか、そういうんじゃねぇぞ?朱希はもっと特別だからな」
俺のことを不安そうに見つめながら凛は眉を下げる。
「うん、それはわかってる」
「ホントか?これで俺のこと嫌いになったりしねぇ?」
「しない。ほら、それで?」
コクリと頷いて凛は静かに口を開いた。
「俺、オリンピックで戦いたい。その時にはやっぱりハルと競い合っていたい」
「うん」
「だから、こんなところでハルに止まって欲しくない。まだ、まだ先があるんだ」
凛の言葉を聞きながら、オーストラリアで凛に出会った頃のことを思いだした。
遙さんのことを目をキラキラさせながら話していた凛が今、目の前にいる気がした。
なんだかんだ言って、凛はあの頃から変わっていない。
遙さんに憧れて、水泳が大好きで、ずっと同じ夢を抱いている。
「…行ってきな、遙さんと」
「朱希?」
「今まで凛が遙さんに導かれてきたのと同じで、遙さんを導いてやれるのはきっと凛だけだよ」
彼の頬を撫でて俺は微笑んだ。
「世界の舞台で、俺も戦いたいって思ってるよ。種目は違うけど、同じ日本代表として日の丸を背負って最高の仲間と戦いたい。そこには凛がいて欲しいし、遙さんにもいて欲しい」
「朱希…」
「だから、行っておいで。その未来を作るにはやっぱり、凛の力が必要だよ」
頬に添えていた俺の手に凛の手が重なって。
優しい目をして、彼は俺の手にすり寄る。
「サンキュ、朱希」
「…ちゃんと、帰って来てね」
「あぁ、約束する」
微笑んだ凛の額にキスを落として、ぎゅっと抱きしめた。
「…ねぇ、凛」
「なんだよ?」
凛はなんだかんだ言って今まで俺にこれからのことを話そうとはしなかった。
大学に行くのか、とかそういう話は妙に避けているようなそんな気がしていた。
けど、今日なんとなくわかってしまった。
「1年後、俺も追いかけるから」
「え、」
凛が遙さんの為とは言え、オーストラリアに帰ることを決めた。
それがこれからの未来を指し示しているような気がした。
「1年間、遠距離になるけど…まぁ仕方ないよな」
「ちょ、朱希!!?」
腕の中、驚く凛を見つめて微笑む。
「行ってらっしゃい、凛」
「、朱希…お前、なんで…わかって、」
「凛のことなら、なんでも分かるよ。…浮気は絶対許さない」
それは俺のセリフだ、と凛は言った。
「いいのか、卒業してから…オーストラリアに行って」
「いいよ、行ってきな。もう音信不通ってわけでもない。電話もできるし、会おうと思えば…まぁ、会えるし」
「おう」
凛は嬉しそうに笑って、俺の首に腕を回す。
首もとに顔を埋めて、ありがとうと小さな声で呟いた。
「全国終わったらさ、泊まりでデートしよう」
「する」
「それで、凛が向こうに行くまでに沢山思い出作る」
そうだな、と凛は言った。
「まぁ、まずは遙さんと行ってらっしゃい」
「おう。行ってきます」
微笑んだ彼を引き留める必要はなかった。
離れることを怖いとは思わない。
もう、彼を悲しませるようなことは絶対にしないとわかっていたから。
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