決勝に進んだ。
携帯に届いた短いメール。
IHの決勝を観に来て欲しいと言われた日にアドレスを交換して、初めて届いたメールがそれだった。
なんて返信しようか考えながら、テンキーに指を滑らせて打ち込んだ文字を眺めで消す。
元々メールとかはあまりしないタイプだから尚更、好きな相手にどんなメールを送ればいいのかなんて俺にはさっぱりわからなかった。
携帯を片手に悶々としていればその様子を見ていた凛が溜息をつく。
「なんだよ」
「瀬尾からだろ?」
「…まぁ」
悩むくらいなら電話かけちまえよ、と言った凛に俺は眉を寄せる。
「こんな時間にか?」
時計はもう12時近くを差している。
決勝戦は明後日とはいえ、大事な時期にこんな時間まで起きていると思えなかった。
「…明日の方が電話かけにくいだろ。前日だぞ?」
「まぁ、確かに…」
「邪魔なら部屋から出ておくけど」
立ち上がろうとした凛に、平気だと断りを入れて立ち上がる。
「電話かけてくる」
「おう、いってらっしゃい」
部屋から出て、まだ真新しい彼の名前を押して通話ボタンを押す。
数回の電子音の後、彼の声が聞こえた。
『もしもし?山崎?』
「あー…こんな時間に悪い」
『あぁ、平気。眠れなくて困ってたとこ』
どうかしたか?と言う彼の言葉に俺は少しの間口を閉ざす。
『山崎?』
「いや…どうってわけじゃない。ただ、なんつーか…おめでとう」
『え?…あぁ、ありがとな。まぁ、一番大事な試合が残ってるけど』
ベンチに腰かけて、小さく息を吐く。
「見に、行くからな」
『おう。優勝するとこ見せるから』
「前から思ってたけど、瀬尾って結構自信家だよな」
そうか?と彼は言ってクスクスと笑った。
『まぁ、あれだよ。俺が信じないで誰が信じるんだって話。やれることは全部やってきたつもりだし。その努力は、俺が認めてやらねぇと結果にならないような気がするからさ』
「…そうか」
『ん。…何か、慣れないな。電話って』
何喋ればいいかわかんねぇ、と彼は小さな声で呟いた。
「それは俺も思った」
『やっぱり?』
「けど、お前がいつもと変わらない感じで安心した」
あと1試合で、瀬尾のバスケ人生が終わる。
もっと思いつめてるかとも、思っていた。
『試合前に緊張とかしないからな、俺。ただひたすら楽しみたい』
「あぁ、なんかお前らしい」
『なんだよそれ』
微かな笑い声を聞きながら、目を閉じる。
彼は今、どんな顔をしているんだろうか。
いつもと同じ、あの偽物の微笑みを張り付けている?
それとも、時々見せる本当の彼なのだろうか?
『山崎、』
「なんだ?」
『…いや、お前と出会ってよかったなって』
突然の言葉に心臓が跳ねた。
「な、んだよ…それ」
『いや、本当に。お前に出会ってお前と短い時間だけど一緒に過ごして。…本当に色々…うん、ありがとな』
そんな言葉、聞かされると思っていなくて言葉を紡ごうとした口からは何の言葉も出てこなかった。
好きな相手にそんなこと言われてどんな反応をすればいいのかなんて俺に分かるはずもなかった。
『…まぁ、電話で伝えるのはズルいか。優勝したら、またちゃんとお礼を言わせてほしい』
「別に、俺は何も…」
『試合の日…その、終わってから時間空けておいてほしいんだけど』
祝賀会とかいいのかよと呟けばそういうのは学校に帰ってからやるから平気と彼が答えた。
『試合の後なんて皆疲れて動けないよ。まぁ、夜にはホテルでプチ祝賀会みたいなのやると思うけど。その前なら結構時間あるから』
「…わかった。適当にどっかで待ってる」
『おう。悪いな』
お互いに口を閉ざして、沈黙が訪れる。
何か言わなければ、と思いながらも言葉は出てこなかった。
その沈黙には居心地の悪さなんてなくて、ただあの体育館で彼と過ごしていたとき感じた空気に良く似ていた。
『山崎、』
「なんだ?」
『……いや、なんでもない。そろそろ、切るな』
あぁ、と返事をするが通話が切れることはなくて首を傾げる。
「切るんじゃないのか?」
『んー…そのつもりだったんだけど。もうちょっといいかなって』
「なんだよそれ」
ふっと口元を緩めれば電話の向こうの彼も小さく笑い声を零した。
『ありがとな、電話くれて』
「メールの返信浮かばなかったから、かけただけだ」
『別に返信なんて気にしなくてよかったのに。一応報告しただけだし』
そういうわけにもいかないだろ、と言えばそういうもんか?と彼が不思議そうに言った。
「まぁ、声…聞きたいって思ったのも、ある」
『俺も、聞きたいって思ってた。最近ずっとさ、夜に山崎と話してたからさ。ちょっと物足りないなって思って』
「…明日は、流石にかけないからな」
同じように彼が思ってくれていたことは嬉しかった。
でもその裏に抱く感情が違うことが少し申し訳なかった。
彼と話せば話すほど、彼と接すれば接するほど…
彼を好きだと自覚させられる。
彼に幸せになって欲しいって感情に嘘はない。
その為なら、俺の想いなんて捨てていいと本当に思ってる。
けど、お前を俺の手で幸せにできたらってほんの少しでも思わないのかと言われたら首を縦に振ることはできなくなっていた。
「瀬尾、」
『ん?』
「…頑張れよ」
けど、やっぱり。
お前が幸せになれるなら他には何も望んではいけない。
『ありがとう、山崎』
お前は目を逸らしてしまっているが、お前の未来はきっと眩しいくらいに輝いてる。
その未来を、俺にも見せて欲しい。
お前の、友人でもファンでも…何でもいい。
お前の未来を応援したい。
「…おう」
だから、諦めないでくれ。
切れた電話。
俺は大きく息を吐いて笑った。
「頑張れよ、」
▽
「あーぁ、ホント…」
カッコいい奴…
頬を風が撫でる。
髪が揺れて、携帯を持った手をゆっくりと下した。
「なぁ、山崎…」
月も浮かばぬ曇天を仰ぎ見る。
「お前が見てた未来はどんなだった?お前が追いかけた夢は、キラキラしてたか?」
誰に届くこともない独り言。
俺はただ、言葉を吐き出した。
「きっと、眩しいくらいにキラキラした夢だったんだろうな…」
それを終わりにしてしまうのは、きっと悔しくて仕方がないよな。
目指していた光が消えることは心の底から、怖いことだよな。
俺は、それをよく知ってる。
中学の頃、俺がその光を奪ったのだから。
バスケが消えた世界は、未来が、夢が消えた世界は真っ暗だった。
暗闇は本当に、怖いよな。
けど、その暗闇を照らしてくれる仲間が俺にはいた。
俺にもう一度光をくれる人たちがいた。
お前には、いるか?
「お前の世界は、まだ真っ暗か?なぁ、もしそうなら…」
雲に隠れていた月が顔を出す。
真っ暗だった周りが少しだけ、明るくなった。
「もし、そうなら。俺がお前の光になりたい」
その暗闇を、照らしてやれるように。
また、お前が前に進めるように。
だから、ちゃんと見ていてくれ。
こんな俺と約束してくれた仲間たちのために。
俺に光をくれた仲間たちのために。
そして、全てを賭けて俺の背中を押してくれたお前のために。
「俺は、俺達は…必ず勝つ」
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