接戦で迎えた第4Q。
点を取られれば取り返し、取れば取り返される。
観客のボルテージもMAXで、体育館は入ってきた時とは比べものにならない熱気に包まれていた。

コートの中を駆け回る選手たちの顔にも疲れが見えてきた。
そんな中でも瀬尾は楽しそうで、誰よりも声を張り上げていた。

2点ビハインドで時計は残り6秒。
相手のパスをカットして、ボールは鮫柄に渡った。
御子柴とよく一緒にいる後輩が相手を抜き、瀬尾にパスを出す。

残り3秒。

ボールを受け取った瀬尾の目がゴールを見た。
彼を止めようと駆け寄る相手の選手。
その手が届く前に彼はシュートを打つ態勢に入る。

何度も見てきた。
2人きりで話していた夜の体育館で、何度も何度も見てきた。
見惚れてしまうほど綺麗なシュート。
いつもと同じように、でもいつもよりキラキラとして見えた。

彼の手からボールが離れ、時が止まったようだった。
あんなに煩かった体育館が水を差したように静まりかえる。
スローモーションでボールはゴールへ吸い込まれていく。
それをみんなが見ていた。

時が止まった体育館の中、しっかりと時を刻んでいた時計が0になる。
ボールがリングを潜るのと同時に、ブザーが鳴り響いた。
2点ビハインドだった、点数表示が1点リードに変わる。

リングを潜ったボールがコートの床に落ちた瞬間、耳を劈くような歓声が沸き上がった。
止まった時が、動き出した。

コートの中、相手チームは呆然と立ち尽くし鮫柄の選手は仲間に飛びつき涙を浮かべながら声を上げた。

そんな中、瀬尾は1人体育館の天井を仰いだ。
肩の力を抜いて大きく息を吐き出した彼の瞳が瞼に隠れた。

このボールを自分の体の一部みたいに操って、あんな小さくて遠いゴールに入れる。
試合はたった1秒、2秒で流れが変わって。
最後の土壇場、ブザービーターで逆転することだってある

瀬尾が嬉々として語ったバスケに出会った瞬間。
それを今、目の前で見た気がした。

彼に抱き着いて涙を流す選手たちを見て、瀬尾は笑った。
心の底から、楽しそうに安心したように笑った。

「……ここで、終わりなのか?」

違うよな?
違うって、言ってくれ。

「お前の未来を…俺に、見せてくれよ」

まだ、見たい。
お前がバスケをする姿を。
もっと大きな舞台で、もっと大勢の観客の前で。
まだ、見続けていたい。

「これで、終わりなんて…あんまりだろ…なぁ、瀬尾っ!!」

握りしめた手。
自分の肩がもうダメだと悟った時と同じくらい、苦しかった。





泣き喚く後輩と泣きながら笑う同級生たちを見ながら俺は涙を流さず笑っていた。

「大和さんんん」
「なんだよ、そんな泣くなって」
「優勝の瞬間コートに立ってるなんて…思ってなくて。俺、俺…ッ」

最後に俺にパスを出した後輩は涙で濡れた顔を俺のユニフォームに押し付けた。

「…ナイスパスだったよ」

彼の頭を撫でながらそう言えばありがとうございますと嗚咽交じりの返事が返ってきた。

「あんとき、大和さんだけが見えたんすよ」
「俺だけ?」
「敵も誰もいなくて。コートに大和さんだけいて。あぁ、大和さんに渡せばいいんだってそう思って」

それを決めてくれて、と彼の涙は止まることはなくてただただ泣きながらそう話してくれた。
彼が離れれば俺の前に副部長が歩み寄ってきた。

「お疲れ、大和」
「お前もな」

副部長の彼と拳をコツン、とぶつけて笑った。

「先輩達が築いてきたものが…本物になってよかった」
「そうだな」
「…あの時、お前らと叶えられなかった夢…あの償いも、俺…できたよな?」

副部長の彼は笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「みんな、来てる。ちゃんと観てたよ、きっと。お前がキャプテンとして最高の仲間と日本一になるところ」
「…あぁ」
「あの事故の時から、お前を恨んでる奴なんて…誰もいない。悔しかったけど、夢が叶わなかったこと悲しかったけど。それ以上にお前が生きてて、みんな安心したんだ」

ずっと堪えていた涙で目の前の彼が歪む。

「あの事故で、お前バスケやめそうだったから。だから、俺達はあんな約束を持ちかけた。お前にバスケを続けて欲しかったんだ」
「…なんだよ、それ…」
「お前は俺達のキャプテンだからな。お前が歩みを止めたら皆、進むべき道を失う。お前が道標なんだ。俺達の」

中学の仲間と日本一になる。
拳を突き合わせて、宣言したあの夢。
それが叶わなかった代わりに、お見舞いに来た彼らが言った。

今回日本一になれなかった代わりに、高校で部長になってキャプテンになって最高の仲間を見つけて、それで…日本一になれ。
それで、俺達はお前を許す。

彼らはそう言った。
その約束を守るために。
許されたかったからじゃない、申し訳なかったんだ。
罪悪感に苛まれながらも、俺はその罪から目を背けようとしてたから。
罪に向き合う勇気がなかった。
逃げていることが何よりも申し訳なくて、必死にその約束を守ろうとした。
許しを請うためじゃない、ただ償うために。
罪から逃げることの罪を、約束を果たすことで償おうとした。

「ごめん、」

お前らの気持ちを俺は何も理解してなかったんだ。

「ごめん、みんな…」

涙は頬を伝い、俺は唇を噛んだ。

「バーカ。なんで、謝ってんだよ」
「だって、俺…」
「ありがとな、大和。バスケ、続けてくれて。リハビリ、辛かったよな?夢を壊したって、お前自分のこと責め続けてたよな?…全部、知ってる。けど、お前ならまた…俺達の先頭を歩いてくれるって信じてた」

ありがとう。

鼓膜を揺らしたその5文字に、巻き戻そうと必死になっていたあの日止まった時計がカチッと音をたてて前に進んだ気がした。
やっと、前を向けた。
そんな気がした。

「あー、くそ…お前ら全員最高だ、馬鹿野郎」

中学の仲間も、今日ここまで一緒に戦ってきた鮫柄の仲間も皆。

「出会えてよかった、本当に。仲間になれて、一緒にバスケ出来て、日本一になれて…本当、よかった」

ありがとう

彼らは顔を見合わせてから笑った。
涙で濡れた、今までで一番最高の笑顔だ。
それにつられて、俺も笑った。

本当に久々に。
心の底から、笑えた気がした。


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