会場の外。
携帯に映しだした彼の名前を見ながら、小さく息を吐いた。

彼のバスケを見て、胸が高鳴った。
その反面、自分の中の感情はどこかグチャグチャしていた。
彼女が言ったこと、瀬尾のこれからのこと。

「山崎」
「…瀬尾、」

ジャージに身を包んだ彼が微笑む。
その笑顔はずっと見てきた作り笑いではなかった。

「見に来てくれ、ありがとな」
「試合、凄かった。…おめでとう、瀬尾」
「ありがと。…こんなとこで、話すのもあれだし、どっか入ろう?結構お腹空いてんだよね」

彼はそう言って腰かけていた俺の手首を掴んで俺を立ち上がらせる。

「チームメイトはいいのか?」
「アイツらはバスに乗った瞬間爆睡。監督に事情は話してあるし、後のことは任せた」
「そうか」

近くに飯食えるとこあるかなー、と彼は周りを見渡す。
掴まれたままの手首が熱を持った。

「あ、ファミレスあった。あそこでいいか?」
「別に、どこでも」
「ん、了解」

ファミレスに入れば彼は本当にお腹が空いていたのかオムライスを頼み始めた。
俺はドリンクバーだけ頼んで、向かい側に座る彼を見つめた。

聞きたいことは山ほどあった。
けど、言葉にしようとすればなんて言えばいいかわからなかった。
疲れてるだろうから、と彼の分の飲み物も取って席に戻れば彼はありがとなと笑った。

それを飲みながら彼は視線をこちらに向けて、交わった視線に心臓が跳ねる。

「色々、話したいことがあんだけどさ」
「…あぁ」
「まずは、そうだな…。お前と出会えたこと本当に感謝してる。ありがとう」

彼は座ったまま頭を下げた。

「は?」
「電話でも伝えたけどな。やっぱり、直接伝えたかった。山崎には本当に感謝してる」
「…なんだよそれ」

気恥ずかしい。
感謝されるようなこと、俺は何もしていないのに。

「あー…なんか、恥ずかしいなこういうの。…何から、話せばいいかわかんねェし」

瀬尾は頬を掻いて、視線を逸らした。

「…なんだろう、えっと…色々、迷惑かけて悪かった」
「別に、迷惑なんて…」
「逃げ続ける俺に、山崎は真剣に向き合ってくれたのに…それに応えらんなくてごめん」

本当はもっと早く言うべきだったんだけど。
彼はそう言って逸らした視線を俺に向けた。

「アイツと…彼女と、別れたよ」
「……知ってる」
「え?」

目を瞬かせた彼に試合を見ているときに会った、と伝えればそっかと頷いて目を伏せた。

「アイツ…来てたんだ」
「途中で帰ったけどな。…お前に、伝言預かってる」
「何て?」

やっぱり、バスケをしてるお前が一番カッコいい、迷惑かもしれないけど、応援してる。

そう言ってた、と彼女の言葉を伝えれば瀬尾は困ったように笑った。

「…そういうとこ、俺は好きだったんだけどな…」
「今もか?」
「好きだったって言ってんだろ。今はもう、好きじゃない」

瀬尾は俺を見て、微笑んだ。

「アイツはさ、中学の時俺の練習を熱心に見に来てくれる子だったんだ」
「え?」
「やってる方だって退屈になるようなフットワークも、全部飽きずに毎日見てた。声をかけられた時も、バスケしてる姿がカッコよかったって言ってた」

2年で同じクラスになって、よく話すようになった。
アイツはバスケが好きだったから、結構話が合って。
2年の夏ごろ、告白されて付き合うことになった。

グラスの中の氷がからん、と音をたてる。
窓の外に向けられた彼の視線。
俺は彼の横顔を見ながらただ話を聞いていた。

「最初はまぁ、上手くいってた。恋人らしいことなんてできてなかったし、寂しい思いばっかりさせてたけど。時々一緒に帰ったりして、馬鹿みたいにバスケの話をして。時々部にも差し入れくれたりしてさ…」

3年になって、俺が部長になってからもそうだった。
ただ、傍にいてくれた。
弱音を吐く俺の隣にいて、背中を押してくれて。
感謝してたし、愛しいと思ってたし、大切な存在だった。

「けど、最後の大会が近づいて。仲間との全中で優勝して日本一になるって夢を叶えることに神経が全て注がれた。元々少なかった彼女を優先する時間もバスケにつぎ込んだ。アイツを放っておく自分が、気に入らなくて」

それで、事故の日になる。
彼が話を続けようとしたときタイミング悪く、注文していたオムライスが運ばれてきた。

「…食べながらでいい?」
「あぁ、」
「ありがと。…まぁ、その事故の時…俺はアイツに別れ話をしたんだ」

別れたい。
その言葉を聞いて、彼女は逃げ出した。
それを瀬尾が追いかけて…

試合を見ながらあの女が語ったことと一致していた。

「別れ話には続きがあってさ。それを伝えるためにアイツを追いかけて、捕まえた。けど、その手を払われて…突き放すように体を押された。俺はバランスを崩して…道路に投げ出された。それで運悪く車が突っ込んできて…」

俺の仲間と見ていた夢が途絶えた。

そう言った彼はスプーンを置いて彼は鞄の中を漁る。

「事故に遭って、生きてるのも奇跡的なくらいだった。けど、なんで生きてるんだって…思ってた。自分の恋人に事故だったとはいえあんなことをさせてしまったこと。仲間と見ていた夢を俺が壊してしまったこと…罪悪感で一杯だった」

テーブルの上に鞄の中から出した1枚の写真が置かれた。
彼の部屋で見た、病院で撮った中学の仲間との写真だ。

「…バスケは、その時やめるつもりだった。元々リハビリをしても完治する見込みはほとんどなかったし。けど…お見舞いに来たコイツらに言われたんだ」
「何を?」
「今回日本一になれなかった代わりに、高校で部長になってキャプテンになって最高の仲間を見つけて、それで日本一になれって。それで俺達はお前を許すって。…皆に謝るよりも前に、そう言われた」

バスケをやめようとしていた俺には、その言葉は正直言って一生許さないと言われているようなもんだった。
けど、コイツ等は毎日毎日飽きずに俺の所に来て…俺を励ましてくれた。

「真っ暗だった俺の世界が少しだけ明るくなった。治るかわからない、この体であと少しだけ頑張ってみようって。高校3年間だけでいい。今度こそ彼らの約束を守りたいって」
「…高校、3年間だけ…」
「あぁ。この3年間はこいつらのためにバスケをしようって決めてた。それで、残りの人生は…アイツに、俺が変えてしまった彼女に…捧げようって。それが、俺に出来る罪滅ぼしだと思ってた」

もう、彼女のことを好きではなかった。
けど彼女を好きでなくなるきっかけを作ったのは間違いなく俺で。
彼女は俺を殺しかけた、っていう罪まで背負うことになった。
全て、俺のせいで。
だから…それも全て、受け入れてアイツの傍にいなくちゃいけないと思ってた。
そうすることが正しいんだと自分に言い聞かせて、自分の罪に向き合うことから俺は逃げたんだ。
それでも何度も別れ話をアイツにしてたのは、バスケに未練があったからだと思う。

瀬尾はそう言って今にも泣いてしまいそうな笑顔を見せた。

「お前は、何も悪くないだろ…」
「本当に、山崎って優しいよな」
「お前いつもそればっか言ってはぐらかしてんだろ!?」

もう、逃げないよ。
瀬尾はそう言って小さく息を吐いた。

「幸せになれないって、言ったろ?」
「あぁ」
「なれないんじゃなくて…幸せになる資格が、俺にはない。そう…思ってたんだ。そう思うことで逃げようとしてたんだ」

けど、と彼は俺の目をじっと見つめた。

「けど、山崎と出会って色々なことを話した。こんな俺に真正面から向き合ってくれて、逃げ続ける俺を助けたいと言ってくれて。怪我してるのに、夢を叶える瞬間まで見せてくれて。もう、逃げたくないって思った」
「それって…」
「幸せに、なりたい。バスケをやめたくない。…そう、思った。だからアイツと向き合うことにしたんだ」

今まで彼女がしたこと、今まで俺がしたこと。
全てなしにして、終わりにした。
隠していたこと、俺の感情全て話して別れようって伝えた。

「もっと早くそうするべきだった。アイツはいい女だからさ。もっと幸せになる方法がある。俺を傷つけた罪なんて背負わなくていい。その代り、幸せになって欲しい…そう、伝えた」
「…そう、か」
「泣いてたけど、アイツもそれに頷いてくれた。…今日の試合、俺にとってケジメをつける試合だったからアイツも呼んだ。来ないと思ってたけど、来てくれたことは嬉しいと思ってる」

ケジメをつける試合…
中学の頃の仲間との約束を守る最後の試合。
彼が全てをつぎ込んだ3年間の集大成の、試合。
本当はここで終わるはずだった。
けどこれで、終わりじゃないんだろ?
幸せになりたいって、バスケをやめたくないって言ったよな?

「瀬尾、」
「ん?」
「……お前の、夢って何だ?」

彼女と向き合って、別れたってことは…そういうことだろ?
お前は、この質問に答えてくれるんだろ?

「…NBAでプレーすること」

彼はそう言って、笑った。

「俺が受けた衝撃を、今度は与える側になりたい。それが…俺の昔から抱いてた夢だよ」

やっと、聞けた。
俺はずっと、それが聞きたかった。


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