俺の夢を聞いた山崎は安心したように微笑んだ。

「…ありがとう、本当に。お前がいてくれて…本当によかった」

お前がいなければ俺はまだ逃げ続けてた。
今日で、バスケをやめていた。

「感謝してる」
「…お前、恥ずかしくないのかよ…そんなに言って、」
「別に?…嘘は何もついてないからな」

俺はそう言って、冷めてしまったオムライスを口に運ぶ。

「…まぁ、これがまず話したかったこと」
「他にあるのか?」
「まぁ、うん」

彼は少し目を彷徨わせてから頷いた。
残りわずかだったオムライスを食べ終えて、山崎に視線を向ける。

「ん?」
「…ここから、全く別の話題なんだけど」
「なんだ?」

正直、伝えるか迷ってた。
伝えない方が良いんじゃないかな、とも思ってた。
けどやっぱり全て隠さずに伝えたいと思った。

「…俺は、今まで中学の仲間に許されるためにバスケをしてた。もちろん、鮫柄で出会った仲間と勝ちたいって気持ちも嘘じゃなかったし、先輩達から受け継いだものを後輩に受け継いでいきたいって気持ちも嘘じゃない。けど、俺はあの事故からずっと、前に進めずにいた」
「…けど、もう進んだんだろ?」
「あぁ、進んだ。止まった時計がまた、動き出した。俺はここから夢を叶えるためにバスケをしていく。山崎が見たいって言ってくれた未来を、俺はこれから歩んでいきたいって思ってる」

真っ暗だった世界を少しだけ明るくしてくれた中学の仲間。
そんな薄暗い世界を一緒に歩んでくれた高校で出会った仲間。
暗闇の先にある明るい世界を見せてくれた山崎。
本当に感謝してる。
そんな皆に恩返しが出来るとするなら、俺はやっぱりこれからもバスケを続けることだと思う。

「絶対に夢を叶える。もう、逃げない」
「あぁ」
「その、夢を叶える瞬間を…山崎には一番近くで見ていて欲しい」

山崎が目を瞬かせ首を傾げた。

「それって、どういう意味?」
「あー…だからさ…」

こういうの自分から言うの初めてなんだよな…。
こんなにドキドキするとは思ってなかった。

「……気持ち悪いって思うかもしんねェけど…俺、お前のこと好きなんだ」
「は?」
「いや、ごめん。マジで、こんなこと普通じゃないって思うんだけど…気づいたら、お前のこと好きになってて…それで、」

お前が俺に光を見せてくれたように、俺もお前に光を見せてやりたくて。

「俺の夢が叶う瞬間に、お前に傍にいて欲しいって…そう、思った」

伏せた顔を上げることはできなかった。
やっぱ、言わない方がよかったかっも知れない。
こんな感情伝えたら、友達としても…傍にはいられなくなるかもしれない。

「あー…あのさ、この感情に応えて欲しいとは、言わない。友達として…傍にいてくれるだけでも構わない。けど、知ってて欲しい。…俺は…お前のために、バスケをする」

訪れた沈黙に、俺は小さく息を吐いた。
恐る恐る視線を上げて、彼を見て「え?」と声が零れた。

口に手を当てて横を向く彼の仄かに紅く染まった頬。
え、ちょっと待て…なにその反応

「や、山崎…?」
「っ!!」

名前を呼べば彼の肩が震えた。

「お前が、バスケを続けてくれるだけで…嬉しかった」
「…うん」
「お前が、夢を叶える瞬間が見たかった。画面越しでも、構わない。お前が…幸せなら、それで本当によかった」

けど、と彼は視線をこちらに向けた。

「…けど、そんなこと言われて…我慢する必要、ないよな?」
「え?」
「お前が夢を叶える瞬間、俺も傍にいたい。俺も、お前を幸せにしたい。…俺も、お前の一番近くに…いたい」

恥ずかしそうに、でもはっきりと俺の耳に届いた彼の言葉。

「それって…」
「俺も、お前に惚れてる…」

これは予想外。
だって、こんなの考えてる訳ねぇじゃん。
想いを伝えて、いかに友達でい続けるかばっかり考えてたのに。

「…ヤバい」
「なんだよ」
「嬉しすぎて、死にそう」

緩む口を手で隠して、俯く。

ヤバい、顔が熱い。
速すぎる心臓の音がスゲェ聞こえる。

「…馬鹿だろ」
「なんで」
「今死んだら…お前の夢が叶う瞬間が見れない。…一度きりなんて、やめてくれよ。もっと、見たいよ。お前がプレーしてるとこ」

山崎はそう言って笑った。

「わかってるって。これから、嫌と言うほど見せてやる。もっと大きな舞台で」
「…あぁ、楽しみにしてる」





瀬尾は嬉しそうに笑った。
今まで見てきた作り笑いとは違う。
結局、あの笑顔は意図してやっていたものではないんじゃないかと思う。

リハビリをしているとき瀬尾と出会った御影。
その時にはもう、瀬尾は高校3年間でバスケをやめることを決めていた。
仲間に気付かれたくなかったのだろう。
自分が逃げることを決めたこと。
だから、笑顔で取り繕った。

それに瀬尾自身は気付いていない。
だが、彼女は気付いたんだ。
そりゃそうだよな。
ずっと、瀬尾のことを見てきたんだから。
そして…焦ったのだ。
別れ話をされて、怪我をさせて。
自分への想いが失われてしまったことに気づいていたからこそ、その笑顔の違いを受け入れられなかった。
だから、バスケを奪おうおした。

体育館で俺が彼の表情について伝えた時、彼がおかしくなったのもきっと…俺の言葉が彼女の言葉と重なったんだろう。

「瀬尾、」
「うん?」
「俺は、バスケしてる時のお前の笑顔が好きだ。…作り笑いは、もう見たくない」

俺の言葉に瀬尾は目を丸くして、困ったように眉を下げた。

「……作り笑いを、してるつもりはなかったよ。バスケをしてる時も俺は…いつも通り笑ってるつもりだったよ。…けど、ホントに違って見えるんだな」
「…違いすぎてる」
「そっか。…うん、じゃあ頑張る」

彼はそう言って、出来るかわかんねぇけどなんて小さな声で呟いた。

「あぁ、そうだ。忘れるとこだった」
「何?」
「お前の彼女からの伝言。もう1つあった」

元彼女だって、と彼は言って少し不機嫌そうな顔をする。

「元彼女な」
「うん」
「…幸せになって、だって」

瀬尾は何も言わなかった。
ただ静かに目を伏せた。
中身がなくなったグラスの結露が表面を滑り、テーブルに落ちる。

「…瀬尾、」
「何?」
「お前は、何も悪くない。俺は…そう、思ってる」

彼は俺を見て、やっぱり優しいなと言った。

「…お前の傍は居心地がいい」
「息苦しくないのか?」
「息苦しいよ」

やっぱりそれかよ、と俺が言えば彼は笑った。

「当然だろ。好きな奴と居るんだ。呼吸の仕方も、忘れそうになる」
「…馬鹿だろ、マジで」
「よく言われる」

彼は飲み物取ってくる、と空になったグラスを持って立ち上がった。

「疲れてんだろ?俺が代わりに行くって」
「そんな柔じゃねぇって。お前は何にする?」
「…コーラ」

ちょっと待ってて、と彼の背中が離れて行く。

間違ってなかったんだなあの日、お前にあの泳ぎを見せたこと。

「よかった」

やっと、報われた気がした。


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