「御影!!」
「あ、大和さん。すいません、お待たせしました」
「平気。俺も来たとこだからさ」

向かい側の席に座った御影に何飲む?と言えばアイスティーお願いしますと答えた。
顔見知りになってしまった店員に注文をすれば、今日は男の子と来たんだねと笑われた。
まぁ、元カノと会うのは基本的にここだったからわからなくはないけれど…

「悪いな、急に呼んじゃって」
「いえ、それは平気なんすけど…何かあったんですか?」
「んーお前にも色々迷惑かけたから報告をね」

運ばれてきた紅茶を彼が微笑みながら受け取る。

「報告ですか?」
「うん。彼女と、別れたよ」
「え?」

色々心配させちゃって悪かったな、と言えば彼は首を横に振った。

「あの、じゃあ…バスケ…続けるんですか?」
「あぁ、続けるよ。バスケを続けて欲しいって言ってくれる人がいるからさ」

よかった、と彼は肩の力を抜いた。

「前は答えらんなかったけどさ」
「前?」
「幸せになったよ、俺」

彼は俺が何を言ってるのか分かったのか嬉しそうに笑った。

「良かったです。…やっぱり、バスケを続けられるからですか?」
「え?あぁ、それもあるけど。好きな人が傍にいて応援してくれることが一番幸せかな」
「好きな人?え、彼女出来たんですか!?」

彼女じゃないけどな、と言えば彼は目を瞬かせる。

「別れたばっかりだけど。本当に好きな奴を見つけた…的な?」
「……山崎さん、だったりします?」
「あれ、なんでそんな簡単にわかったの?」

山崎さんが大和さんのこと好きだって、言ってたのでと御影は言って。
あれ、これ言ってよかったのかなと首を傾げた。

「アイツには言わないでおくからいいよ。…そっか、アイツがそんなこと話してたんだ」
「はい。その時は、大和さんがバスケを続けて幸せになってくれるなら自分の感情はどうでもいいって言ってましたけど」
「…アイツらしいね。優しすぎるよ、ホント」

俺が告白しなければ、彼は感情を押し殺して俺の応援をしていたのだろうか。
そう、考えるとあの時ちゃんと伝えてよかったと思う。

「大和さん…男の人、好きでしたっけ?」
「んー…好きになるのって男も女も関係ないだろ?幸せなら、常識とか世間体って関係ないと思うよ、俺は」
「…なんか、大和さんらしい答えですね」

そうか?と首を傾げて、そう言えばと言葉を続ける。

「俺らのリハビリの担当医だった先生、憶えてるか?」
「憶えてますよ」
「この間、ちょっと連絡したんだけどさ。元気そうだった」

今、アメリカでしたっけ?と言った彼に俺は頷く。

「御影の世界記録のこと知ってたよ。これからも頑張ってって言ってた」
「相変わらず優しいですね、言葉だけは」
「あー…見た目も優しかったろ」

先生はまぁ、見るからにいい人そうな人で。
優しい言葉をよくかけてくれる人だった。
それに対してリハビリはきつかったけど。

「あの人に出会ってたから、今があるんだけどさ」
「それはそうっすね。けど、もう2度と御免ですよ。あのリハビリ」
「だよな…」

お互いに苦笑を零して、紅茶で喉を潤す。

「まぁ、話したいことって本当にこんなもんでさ。本当は電話でもいいかなって思ったんだけど、やっぱり面と向かってお礼を言いたかったからさ。本当にありがとう。俺のこと気にかけてくれたことも、あの時宗介に連絡してくれたことも」
「いえ…力になれたならよかったです。それに、山崎さんに連絡したのは偶然で…」
「あれ、そうなの?」

本当は凛にかけたんです、と御影は言った。

「凛にかけたんですけど、蛙を連れてきた後輩を説教してるとかで、代わりに山崎さんが出て。それで、山崎さんが大和さんと知り合いみたいだったんで伝えただけで…。本当にあれは偶然ですよ」
「あー…蛙な。思い出すだけで鳥肌立つ」

腕を摩ってそう、言えば彼がクスクス笑った。

「結局誰が連れてきたんですか?」
「柴犬。…じゃなくて、名前なんだっけ…御子柴?」
「あー…やりそう」

途中で逃げ出したらしくて、寮に帰ったらパニック状態だったと言えば彼は苦笑を零した。

「楽しそうですね、寮って」
「いやー…どうだろう?点呼とかあるし、外泊届出すの面倒だし…何より、夜遅くまで起きてると同じ部屋の奴から苦情が来る」
「それ、実体験ですか?」

うん、と頷けば笑われた。

「同じ部屋って言えば、去年は凛が似鳥と同じ部屋だったらしくて」
「似鳥?…あぁ、あの水泳部の子か」
「はい。凛が昔俺と撮った2ショットを飾ってたらしくて。それをわざわざ報告してくれました」

それ、松岡的にすごく恥ずかしくね?と言えば彼は笑いながら頷いた。

「何で知ってんだって、顔真っ赤にしてて」
「うわー…可哀想に。てか、松岡が赤面することあるんだ…」
「大和さんの中で凛ってどんな奴になってるんすか…?」

なんだかんだ言って今もまともに喋らないから、水泳部の部長の松岡凛の印象しかないと答える。
それを聞いた御影はあれとは完全にキャラ違いますねと言った。

「水泳に関しては本当に馬鹿みたいに真っ直ぐだし。遙さんって言う、ライバルのことになると突拍子もないことしたり、普段見せないくらい必死になったり落ち込んだりするし。あれでいて、結構嫉妬したり不安になったりして。…まぁ、それも全部可愛いんすけどね」
「結局最後は惚気んのかよ。てか、平気なのか?嫉妬するのに俺と2人でいて」
「あーそれは多分、バレなければ…あ、」

窓の外を見て固まった御影に俺も視線を窓の外に向ける。
道路の向こう、今話していた彼と宗介の姿があった。

「これ、ピンチなんじゃない?松岡は俺が2人が付き合ってることを知ってることも俺と宗介が付き合ってることも知らないし」
「…あー…完全にやらかした。…大和さんは平気なんですか?山崎さん」
「どうだろう?アイツ嫉妬とかしないと思うけど」

付き合ってまだ数えるほどしか経ってないから、わからない。

逃げることも出来ないから諦めたのか御影は額に手を当てて溜息をついた。
いらっしゃいませー、という呑気な声が聞こえて、足音はこちらに近づいてくる。

「朱希!!」
「…凛。1回落ち着こう」
「落ち着くってなんだよ。お前、また俺に隠れて…」

ほんの一瞬、松岡が泣きそうな顔をして御影は彼の頭を撫でた。

「それはお互い様だろ。山崎さんと出かけるとか、俺も聞いてないけど」
「っそう、だけど…」
「あー…お取込み中悪いけど座ったら?」

今のまま喧嘩をされては店側にも迷惑だろう。
俺がそう、彼に言えば心底不機嫌そうな顔をこちらに向けた

「…お前、なんで朱希といるんだよ」
「迷惑かけたから、謝罪とお礼をね。それから、先生からの伝言を伝えただけ。別にお前から奪う気はないし。大事な恋人がいるのに浮気はしない」

テーブルの上の伝票を持って、俺は席を立つ。
松岡の後ろでそっぽを向いていた宗介の腕を掴みレジへ向かう。

「ちょ、おい」
「松岡って普段何飲む?」
「…甘いものはあんま飲まないようにしてるっぽいけど」

そっか、と頷いて伝票をレジに置く。

「すいません、あのテーブルにアイスティー追加で。俺が使ってたグラスは下げてください。それで、お会計お願いします」

3人分の代金を払い、宗介の腕を掴んだまま店を出る。

「…おい、」
「ん?」
「さっきの追加って…」

見るからに長引きそうだから松岡の分だよ、と言えば彼は溜息をついた。

「松岡って案外嫉妬するんだな」
「まぁ、俺と御影が話すだけで妬く」
「あー…それは失敗した。次からは電話で済ませておこう。まぁ、次はないだろうけど…」

何話してたんだ?と言われて首を傾げる。

「色々、アイツにも迷惑かけたろ?だから、謝罪とバスケを続けることの報告と幸せですって報告。あとは、先生のこと少し話しただけ」
「…そう、か。てか、腕離せ」
「あぁ、ごめん」

彼の腕から手を離して手首にはめた腕時計を見る。

「んー…」
「…どうした?」
「いや、宗介のこと連れ出したのはいいけど。あの2人あとどれくらいで終わる?お前、松岡と何かしてたみたいだし。後でまた合流しないといけないだろ?」

俺の言葉に彼は目を瞬かせてから溜息をついた。

「別に、そんな大事なことはしてねぇから合流しなくていい」
「ならいいんだけど。宗介、なんか怒ってる?」
「別に」

視線を逸らした彼に俺は首を傾げる。

んー…宗介って嫉妬とかするイメージじゃなかったんだけどな。
いや、けど結構子供っぽいところあったんだっけ。

「宗介、」
「何だよ」
「さっき言ったろ?大事な恋人がいるのに浮気はしないって」

宗介は目を丸くしてから視線を逸らした。

「別に、疑ってるわけじゃない、御影が凛と付き合ってることも知ってるし」
「けど、ムカついた?」

眉を寄せた彼に可愛いな、と心の中で呟いて彼の髪を乱暴にかき混ぜた。

「なんだよ」
「いや、嬉しいなって思っただけ。俺も誰かと2人になるとき言った方がいいか?」
「キリがないだろ、そんなの。2人じゃなくたってムカつくときはあるんだし」

初めて知った、彼がこんなこと思ってたなんて。
俺の気づかぬうちに、彼は嫉妬とかしてくれていたのかもしれない。

「じゃあ、その分俺はお前を甘やかせばいいかな」
「だから、別に…っ!!」
「…嫌?」

彼の目を見ながら首を傾げれば彼は目を伏した。

「…嫌じゃ、ないけど」
「ん、じゃあ帰ろうか」

宗介は恨めしそうに俺を見たが、溜息をついて笑った。

「コーラも奢れ。それで許す」
「了解」


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