彼と付き合い始めてもう数か月となる。
凛には御影と大和が2人で会っていたときに、関係がバレた。
大和が御影に俺達の関係を話して、凛には隠しておこうとしたが2人で会っていたことに対して凛が酷く不安がったから仕方なしに言ったのだと後で御影が申し訳なさそうに教えてくれた
てっきりからかわれるものかと思っていたが、凛はよかったなと笑顔で言った。

そんな出来事ももう昔のことで、彼は目前に控えたWCに向けてまたバスケに熱を注いでいる。
去年、先輩達とともに優勝したのがWCだったらしく、何がなんでも勝ちたいと話していた。

施錠をした後の体育館で2人話すことはもう日課となっていて。
自主練をする彼を眺めながらいつも他愛もないことを話している。

その会話の中で、進路のことに触れることは1度としてなかった。
きっと彼は気を使っているんだ。
俺が答えを出すことを急かさないように。
だが、そろそろ答えを出さなければいけないことはわかっていた。
進路調査で毎回彼が呼び出されていることを目にしていたし。

家族に話はした。
お金がかかることも含めて、それを伝えれば俺がやりたいと思うなら行けばいいと言われた。
結局両親も俺の気持ちを優先してくれた。
散々迷惑かけてきたのに、お前の行けるところまで行っておいでと背中を押してくれる両親には感謝してもしきれない。

彼から話を貰ってからずっと考えていた。
俺がどうしたいのか、どうなっていきたいのか。
思えば、あの時から気持ちは決まっていたのかもしれない。
ただ、それを言葉にするには覚悟が足りていなかった。

「あー…長かった」

暗い体育館に溜息をつきながら戻ってきた大和は俺の隣に寝転ぶ。

「進路のことか?」
「…あぁ」

頷いた彼は何も言わなかった。
言わないようにしている。

「…大和、」
「ん?」
「行くか」

俺の言葉に彼は首を傾げた。

「どこに?」
「アメリカ」
「………え?」

体を起こした彼が目を丸くして俺を見た。

「それって…」
「遅くなったけど。…やっぱ、俺は水泳をやっていたい。それに、お前がアメリカでプレーする姿も見てみたい」

大和は唇を噛んで俺に凄い勢いで抱き着いた。
それのせいで俺の体はステージに倒れることになる。
打ちつけた背中が痛かったけど、俺を抱きしめて喜ぶ彼を見て何も言えなくなった。

「本当に?本当に、いいのか?」
「……お前が、いてくれるなら。きっと、頑張れると思う。…それに、やっぱり諦めたくねぇって…思うから」

彼の隣に並んで、時々思うことがあった。
歩み続ける彼の隣を歩みを止めた俺がいていいのかって。
釣り合うとか、釣り合わないとかそういうことを考えていたわけではない。
俺が歩みを止めたままなら、いつか彼も歩みを止めてこちらを振り返るんじゃないかってそう思ってしまった。

七瀬が歩みを止めれば、つられて凛も歩みを止める。
凛は1人では進めなくなる。
それと同じことが、起きてしまったらと考えて不安になった。

やめたくない気持ちはあった。
出来るとこまで挑戦してみたいって気持ちもあった。
けど、もう1度夢を目指す覚悟は、大和といたから生まれたんだと思う。

結局俺は大和のことばかりを考えていた。
彼が夢まで一直線に向かって行くために、俺が出来ること。
それはやっぱり、俺も前に進むことだと思った。

一歩踏み出すんだよ!!

俺が七瀬に伝えたあの言葉が、自分に帰ってきた気がした。

「宗介っ!!」
「…苦しい。締め付けすぎだっつーの」

彼の背中に腕を回して、目を閉じる。

「大和が夢を叶える瞬間を見せてほしい」
「見せるよ、絶対に」
「…俺が、夢を叶える瞬間も…見ていて欲しい。いつになるかわかんねぇけどきっと…叶えてみせるから」

お前が照らしてくれる道をこの足で歩む。
閉ざした未来への扉はこの手でぶち壊す。
その向こうには、きっとお前もいるから。

「待ってる。何年経ったって構わない。俺はずっと、宗介の傍で待ってるから」
「っあぁ…」
「一緒に行こう、アメリカに」





宗介がアメリカに行くことを決めてくれて、俺はすぐに先生に電話をかけた。
俺の声が随分と喜んでいたからか、彼は楽しげに笑っていた。

俺も一緒にアメリカに渡り、アメリカの大学でバスケをしたいとと告げれば施設の近くの大学はバスケの強豪校だと教えてくれた。
家のことや、宗介の必要書類の提出や書かなきゃいけないことがいくつかあるらしく近々アメリカに来て欲しいと言われた。

「宗介ー、1回アメリカに来いって。必要な書類の提出とかいろいろあるって」
「急ぎなのか?」
「急ぎってわけじゃねェけど。なんで?」

宗介はステージに腰掛けて、むっとした顔をした。

あれ、なんか拗ねさせた?

内心ハテナを浮かべる俺に宗介は視線を逸らす。

「…WC、」
「え?」
「WC…見に行きたい、から」

宗介の言葉に俺は口元が緩むのが抑えられなかった。

「…にやけてる」
「いや、悪い。そんなこと言ってもらえると思ってなかった。…じゃあ、WC終わってから行くか。年末年始は実家帰るよな?…じゃあ、年明けてからな」
「一緒に行くのか?」

そりゃ勿論、と頷けば彼は笑った。

「一緒に住む部屋も見つけなきゃいけないし、大学も見ておきたいし…先生にも久々に会いたいし」
「そうか。………て、は!!?」
「なに?」

一緒に住むのか!?と驚く彼に俺は首を傾げた。

「付き合ってんだし、態々別である必要ってあるか?家賃とかかかるし、食費も一緒の方が安いし…。あ、宗介が嫌なら別に強制はしないんだけど」
「嫌ってわけじゃねぇけど…」
「そうか?なら、よかった」

嫌だって言われたら多分結構凹んだ。

「…付き合って半年も行ってねぇのに…いいのかよ、一緒に住むとか」
「別にどれだけ付き合ってたかなんて関係ないだろ。これから先、ずっと一緒なんだし」

目を丸くした山崎の顔が暗い体育館に入り込む月明かりでもハッキリわかるくらい真っ赤に染まった。

あれ、俺なんか変なこと言ったか?

首を傾げながら彼の方に近づけば無言で俺の肩に顔を埋めた。
遠慮がちに腰の辺りのシャツを彼の手が掴む。

「どうした?」
「…少しは、恥じらいはねぇのか…」
「え、恥じらうとこあったか?」

今の、完全にプロポーズだろと彼のくぐもった声が聞こえて俺はふっと口元を緩めた。

「プロポーズ予行練習ってことで、どうよ」
「はぁ?」
「…NBAに行ったらちゃんとプロポーズするから。それまでは恋人」

お前やっぱり、自信家だなと彼は言った。

「NBAに行くってこと?」
「それも、あるけど。ずっと、一緒にいるって…ことだろ、さっきの」
「俺にはお前から離れる理由ないし。宗介にはあるのか?」

ねぇけど、お前が他に好きな人が出来ない保証なんてないだろと小さな声が耳に届く。

「…不安?」
「俺は、男だからな」
「そっか」

証明する方法か…
彼の背中を撫でながら、ステージの上にボールを見つける。

「あぁ、そうだ」
「…なんだよ」

彼からゆっくりと離れて、ちょっと待っててと彼の頭を撫でる。
不思議そうな彼を残して自室に戻り、あるものとペンを持って体育館に戻った。

「お待たせ」
「…お前、何それ」
「何って、バスケットボール」

そのボールを彼に投げればそれをキャッチして首を傾げた。

「見てみ、そのボール」
「え?」

そのボールを見た宗介は目を瞬かせた。

「この間IHで優勝した時に、書いてくれたんだ。鮫柄バスケ部のOBとチームメイト。中学の時の仲間。みんなが、書いてくれた」

綺麗なボールに書かれた仲間からのメッセージ。
感謝と、俺のこれからを応援する言葉が綴られている。

「俺の宝物だよ」
「…いい奴らだな」
「うん。これはアメリカにも持っていくし、これからの人生きっと手放すことはない。だから、」

手に持っていたペンのキャップを開ける。
沢山の言葉が書かれたボールの、空いている場所にそのペンを走らせた。

「お前、何書いて…」
「これで、よし」

自分の書いた文字を彼に見えるように向ける。
宗介は目を丸くして、気の抜けた笑顔を見せた。

「…馬鹿だろ」
「馬鹿でいいよ。…俺、瀬尾大和は山崎宗介を生涯、愛し続けることを誓います」

ボールに書いた言葉を読み上げれば、宗介の頬はまた赤くなった。

「ペン、俺にも貸せ」
「ん?うん」

ペンを彼に渡せば、彼は俺が書いた言葉の下にペンを走らせる。

「ほらよ」
「…なんだよ、お前だって馬鹿じゃん」

俺の言葉の下には『俺、山崎宗介は瀬尾大和を生涯、愛し続けることを誓います』と書かれていた。

しっかりと刻まれた今日の日付と、誓い。
交わった視線にお互いに笑った。
どちらからでもなく唇を重ねて、俺はそのボールをぎゅっと抱きしめた。


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