Side:朱希
正式な世代交代の時期を迎え、鮫柄の追い出しリレーを見にコウと鮫柄に向かった。
「どうした!!俺に勝てる奴はいねぇのか!?」
「モモッ」
「勘弁してくださいよー」
凛楽しそうだな、とコウの横で頬を緩める。
それを偶然見られたようで、彼女はクスクスと笑っていた。
「お兄ちゃん、オーストラリアに行っちゃうんだね」
「あぁ」
「寂しくないの?」
コウの言葉に俺は微笑んだ。
「寂しいけど。来年、俺も追いかけるから」
「……そっか。遙先輩と真琴先輩も東京の大学に行っちゃうし…寂しくなるね」
「まぁな。けど…新しい奴も入って来るだろうし楽しくなるんじゃない?」
そうだね、と彼女が笑ったのを見て俺は制服のネクタイを緩める。
「朱希君?」
「制服、ちょっと持っててよ」
「え?えぇぇ!?着てきたの!!?」
折角だしね、と笑えば遙先輩みたいと小さく呟いた。
プールの中でもっと泳ぎたそうな彼が見えて、鞄の中からゴーグルとキャップを引っ張り出して飛び込み台の上に上がった。
「次は誰だー?て、朱希!!?」
「なんだかんだ言って、1度も一緒に泳いでなかったよな」
キャップをつけながら笑えば凛は目を瞬かせた。
「…そういや、そうだな」
「オーストラリアへの餞別ってことで。フリー、何q勝負にする?」
「10qだな」
飛び込み台に立った凛の横顔を見て、俺は口元を緩ませた。
「1年後、追いかける」
「…あぁ」
「寂しくなったらいつでも連絡してくればいいし。壁にぶち当たったなら、まぁ話くらいは聞く。助けてやることは俺にはできねぇし」
それでいい、と凛は言った。
「頑張れよ」
「…お前もな」
顔を見合わせて笑って、スタートの合図でプールに飛び込んだ。
結果は、俺の勝ちで凛は唇をとがらせていた。
「拗ねんなって」
「最後の最後で負けるとは思ってなかった」
「長距離なんて俺の専門分野じゃん。負けるわけにはいかねぇの」
次は勝つ、と言った凛に俺は次も負けないと言葉を返した。
凛がまた他の人と泳ぎ始めて、俺はプールサイドでそれを見ていた山崎さんに駆け寄った。
「山崎さん」
「どうした?」
「大和さんと、付き合い始めたって聞いて。遅くなりましたけどおめでとうございます」
山崎さんはちょっと驚いた顔をしてから笑った。
「サンキュ」
「…幸せですか?」
「まぁな。俺も、アイツも。…幸せだと思う」
優しい顔になった山崎さんに、大和さんの前ではこんな表情をしているんだなと思った。
「凛のこと、よろしく頼むな」
「はい。まぁ、オーストラリアに行っちゃいますけど」
「1年後追いかけんだろ?俺はきっと…数年はアイツに会えないだろうから」
彼のその言葉に首を傾げる。
「えっと、どうしてですか?凛からは地元の大学に行くって…」
「それ、やめたんだ。まぁ、後で凛にも言うつもりだし先に言っておく。…俺、大和とアメリカに行くことになってさ」
「え?」
きっと、当分帰って来ないと彼は苦笑を零した。
「アメリカ…」
「大和が本場でバスケしたいってのもあるし、まぁ俺も色々な」
言葉の裏、何かを隠した。
けどそれは聞いちゃいけない気がして俺はそうですか、と頷いた。
「…また、会える日を楽しみにしてます」
「おう」
「大和さんにも、そう伝えておいてください。会うと凛が拗ねちゃうんで」
山崎さんは笑って、伝えておくと言った。
▽
窓の外に桜が見える、暗くなったプール。
ここに来てよかったと心の底から、思える場所だった。
こことも、今日でお別れかと短い間だったが過ごした場所に心の中で礼を伝えてプールから出ようとすれば俯く凛の姿があった。
「凛」
「…治らねェなんて、誰が決めた」
「え?」
凛の言葉に俺は目を瞬かせた。
「故障が何だよ。勝手に自分の可能性潰してんじゃねぇ」
握りしめられた手。
真っ直ぐと俺に向けられた視線。
「待ってる。お前が戻ってくんの…待ってるから」
あぁ、そうだ。
凛はこういう奴だった。
なんか…こういうところは大和に似てる気がする。
「だよな…。お前ならそう言うに決まってるよな」
俺は小さく息を吐いて笑った。
「なぁ、凛。俺…アメリカに行くんだ」
「は?」
「大和と一緒に」
大和が俺の未来を信じてくれる。
その先で、きっと凛も待ってる。
「…帰って来るよ、必ず」
「宗介…?」
「何年後かなんて、わかんねぇ」
けど、必ず。
オリンピックの舞台で、金メダルを獲る。
アイツが勝手に付け足したけど、きっとその方が叶え甲斐がある。
「また、会おうな。沢山の歓声の中、日の丸背負ってさ」
彼の肩をポン、と叩いてその横をすり抜ける。
きっとまた泣いてるんだろう。
聞こえる嗚咽は聞こえないふりをした。
あの泣き顔は、帰ってきたときに嫌と言うほど拝んでやろう。
「宗介!!!!」
「絶対帰って来い!!俺も、朱希も、ハルも…きっとそこで待ってる」
「…おう」
プールから出て、体育館に向かえばスゲェ泣き声が聞こえて中を覗く。
見覚えのある、御子柴とよく一緒にいる1年が大和に抱き着いて泣いていた。
他の後輩達も涙で頬を濡らしている。
「大和さーん、アメリカ…アメリカって会えないじゃないっすかぁぁ」
「…会えないことはないだろ。大学は言って落ち着いたら会いに来るよ」
「それ、いつっすか」
いつって言われるとなと苦笑を零す大和の隣、副部長は笑っていた。
彼が中学の頃からの仲間だと知ったのは、結構最近のことだった。
「そうだな、うん。まずお前らはIH優勝すること」
「はい」
「そんで、WCの決勝戦だな。応援に行く」
大和の言葉に来なかったら恨みますよ、と言った彼の涙を拭ってやりながら約束だと笑った。
それから2年の後輩に部長の役職と連覇へのバトンを託して、彼はその後輩の背中を押した。
「きっと、連覇の重圧とか王者としての重圧があると思う。けど、今まで積み重ね来たものは偽物じゃない。先輩達が築いたもの確かに、お前らに託したからな」
「はいっ!!」
「…繋いでけ。これから先の世代に。それはいつしか伝統に変わる。卒業したら、振り返ってみればいい。スゲェ景色が見える。それまでは、前を向け」
部長は、キャプテンは…誰よりも夢を信じて誰よりも努力をして、絶対に揺らいじゃいけない。
彼はそう言って笑った。
優しい、嘘偽りのない笑顔で。
「努力をやめなければきっと、みんなついて来てくれる」
「…はいっ!!お疲れ様でした!!」
「おう」
泣きじゃくる後輩達の頭を1人ずつ撫でた彼がこちらに歩いてくる。
「お疲れ」
「あぁ。…絶大な人気だな」
「ちょっと、胸が痛いよ」
松岡には伝えたのか?と首を傾げた彼に頷く。
「一応な」
「そっか。じゃあ…俺達も出発の準備するか」
「あぁ」
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