Side:朱希


「…行ってらっしゃい」

空港の搭乗ゲート前。
耳に届くのは遠い国の名前を読み上げるアナウンス。

「…おう」
「あーもう、なんでそんな泣きそうな顔すんだよ」
「別に、してねぇよ」

俯いた凛に俺は小さく息を吐いてコートのポケットに手を入れる。

「凛、」
「…なんだよ」
「1年後、ちゃんと追いかけるから。だから待ってて」

もう、1人にはしないから。

俺の言葉に凛は頷いた。
ポケットの中、人差し指に触れた箱を取り出して小さく息を吐く。

「朱希?」
「…右手出して」

不思議そうに首を傾げた凛の右手の薬指にシンプルな指輪を通せば、彼が目を丸くした。

「…左手は、また今度な」

そっとその薬指にキスをして微笑めば凄い勢いで彼は俺に抱き着いた。

「苦しいって、凛」
「……ありがとう」
「あぁ。…頑張れよ」

彼は頷いて、俺の背中を向けた。
次に会うのは多分1年後。
大会もあるし、長期休暇に彼の所を訪ねることはできないだろう。

「凛、」

進みだした彼を追いかけて、手を掴んでこちらを向かせる。
涙の浮かぶ彼の唇にそっと自分のモノを重ねた。
公共の場でこれはヤバいな、なんて思ったけどまぁ仕方ない。

「…愛してるよ、凛」
「俺もだ、朱希」
「……行ってらっしゃい」

彼の背中を押して、俺は彼に背中を向けた。
あの頃とは、もう違う。
きっとまた、会える。





〜1年後〜


兄の墓に別れを告げ、飛行機に乗り込んだ。
遙さんと真琴さんは今年から大学2年生。
渚や怜も都内の大学に行くことを決め、コウも別の大学へ行くことを決めた。
水泳部は今年も実績を残し、また来年部員が増えることになるだろう。

日本を離れる前、コウから凛にとアルバムを託された。
その中身は似鳥が部長になった鮫柄の様子や、俺達岩鳶、そして大学に通う遙さん達の写真が収められていた。
聞いた話、来年の鮫柄の部長は御子柴に決まったようで。
御子柴さんはウザいくらいに喜んでいた。

久々に降り立ったオーストラリアの空港。
凛の姿を探せば、目立つあの赤い髪を見つけた。

「凛!!」
「っ朱希!!」

俺に気づいた凛は凄い勢いで俺に駆け寄って、苦しいくらいに俺を抱きしめた。

「会いたかった」
「俺も、凛に会いたかった。元気そうで安心したよ、凛」
「おう」

涙を浮かべる彼の目尻にキスをして微笑めば彼も照れくさそうに笑った。

「行こうぜ」

繋がれた手。
左手に触れた彼の右手の薬指には変わらずシルバーのリングがはめられていた。

「荷造り出来てるか?」
「まぁ、粗方。突然引っ越すことになるとは思ってなかった…」
「父さんもアンナさんも張り切りすぎだよな」

オーストラリアに戻ることと、凛と一緒に住みたいということを伝えればものの数日で2人で住める部屋を借りてくれた。
凛との関係は打ち明けたわけではないけど、アンナさんはもう薄々気づいているようで電話口で楽しそうに笑って、私たちへの紹介はいつかしらと言っていた。

「俺の荷物は新しい部屋にもう届いてるって言ってたし…先にそっちに行って平気か?」
「おう」

4月から俺も昔世話になったところの戻る。
まぁ、今凛が所属しているところに戻るわけだ。

「みんな元気?」
「ウザいくらいにな。朱希が戻るって話をしたら、スゲェ喜んでた」
「久しぶりだからな。楽しみだよ、みんなに会うの」

タクシーに乗り込んで、新しい家の住所を伝える。
窓の外通り過ぎる景色は昔と変わっていなかった。

「ハルとか、元気か?」
「こっちに来る前に会ってきたけど元気そうだったよ。大会とかにもよく出てるし。写真、預かってきたから帰ったら見ようか」
「おう」

タクシーを降りて、眼前にそびえ立つマンションに眉を寄せる。

「なぁ、ここって結構高いマンションじゃなかったか?」
「結構どころの話じゃねぇぞ、多分」
「…あの2人、金銭感覚大丈夫かな…」

エレベーターに乗って、自分の階のボタンを押す。

「そういや、お前の住んでたとこも結構高いとこだったよな」
「あれでも、必死に抑えて貰ったんだよね」
「…会ったことないけど、ヤバいな。お前の親」

チンと、軽い音が鳴りエレベーターのドアが開く。
受け取っていた鍵に書かれた自分の部屋の番号の前で足を止める。

「ここかな」
「…高所恐怖症じゃなくてよかった」
「あー、それは確かに」

鍵を開けて、ドアを開けば予想通り広い部屋が広がっていた。

「話によれば、そこまで広くないって聞いてたんだけど…」
「広いな」
「広いね」

リビングに置かれた家具は多分アンナさんの趣味だろう。
カッコイイ雰囲気のものが置かれていた。

それぞれの部屋を開ければ俺の部屋には既に家具が運び込まれていた。

「あとは、凛の部屋に運べば普通に生活できそうだな」
「…お前の親って何なの」
「んー…社長と、有名化粧品会社のオーナー?」

何だそれ、と呆れる彼に俺は苦笑を零した。

「あー、うん。俺でもびっくりするくらい凄い人」
「今度挨拶しねぇとだよな…」
「息子さんをくださいって?あ、これ逆だ」

口をパクパクとさせて顔を真っ赤にした凛に俺はクスクスと笑う。

「冗談。今度会いに来てって、2人とも言ってたし。落ち着いたら会いに行こう」
「…おう」

リビングのソファに腰かけて、腕を広げれば凛は少し躊躇ってから俺に抱き着いた。

「…1年ぶりの凛だね」
「会いたかった」
「うん」

彼を抱きしめたままソファに横になって、彼の髪を撫でる。

「大学も凛と一緒だし…チームも一緒だし。もう、離れないですむな」
「…おう」

猫のように俺の胸にすり寄る彼の背中を撫でながら俺は口元を緩めた。

「また、一緒に頑張ろうな」
「おう。…すぐに、追いつくからな」
「先に日の丸背負って待ってるよ」

俺も、ハルも、宗介も…きっとそこに行く。
凛はそう言って笑った。

「山崎さん…今頃何してんのかな?大和さんは希望の大学入ったって聞いたけど」
「…あの2人上手くやってんのか?…付き合うとは思ってなかったし」
「んー…けど、なんか大和さんも山崎さんもお互いの話するとき凄い愛しそうな顔してた」

そう言われれば宗介はそうだったかもしれない。
結局瀬尾とはまともに話さなかったし。
凛はそう言って、いつか話す機会が来たらいいけどと笑った。

「いつか、連絡が来るよ」
「…そうだな」
「機会があれば会いに行きたいけど」

向こうから連絡が来るまでは無理だろ、と凛は言った。

「…今度は、俺が待つ番だからいいんだよ。いくらでも、待ってやる」
「そうだね」


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