〜数年後〜
オリンピックの代表選手に名前を連ねた人達は、どこか見覚えのある顔が並んでいた。
松岡凛。御影朱希。七瀬遙。そして、山崎宗介。
同じ世代に競い合った彼らが、日の丸を背負いそこに立っていた。
オリンピックの選手として宗介が召集され、彼よりも俺の方が喜んだのを憶えている。
彼の夢が、あと少しで叶うのだ。
一度、夢を諦め未来が閉ざされた。
だが、俺と共にアメリカに渡り一度水泳を離れリハビリに勤しんだ。
泳ぐことの許可が下りてからも、昔のように上手くいかない体に何度も壁にぶち当たった。
それでも、彼は彼の足で前に進み続けた。
そして、やっとこの日が来たのだ。
宗介が松岡と御影と顔を合わせたのは一体何年ぶりだろうか。
顔を合わせて、松岡が大泣きしたとかで宗介から笑いながら電話がかかってきた。
バタフライ100m。
松岡と宗介が隣に並んで、スタート台に立つ。
観戦席の一番前で見ている俺に宗介は視線を向けて、笑顔を見せる。
あぁ、本当にこの時が来たんだな。
スタートの合図で一斉に飛び込む、松岡と宗介がぐんぐん他から距離を取っていく。
接戦で折り返し、耳を劈くような歓声の中2人がゴールへ向かう。
ほぼ同時に2人がゴールに触れ、水から顔を出した。
電光掲示板に浮かぶ2人の名前。
1という数字が浮かんだのは宗介の名前の横だった。
ガッツポーズをして、水面を叩いた彼に俺は安堵の息を吐き出した。
「…よかった…」
あの時の俺に、伝えてやりたい。
お前は間違っていないと。
「間違ってなかったんだな…」
頬を伝った涙。
松岡と抱き合い笑う宗介を見て、頬を伝う涙を拭って笑った。
よかった。
本当に、よかった。
「お前の夢を信じて…本当によかった」
おめでとうよりも、ありがとうと言いたかった。
俺の我儘に付き合って、勝手に夢まで大きくして。
それでも彼はその夢を叶えてくれた。
試合のあと、会場の外で彼を待っていれば松岡たちと共に彼が出てきた。
特別に入れて貰った選手入口で彼に駆け寄る。
「大和」
「…よかった、本当に。本当に、ありがとな…宗介」
また泣きそうになる俺に彼は笑顔を見せて、ぎゅっと俺に抱き着いた。
「大和と、アメリカに行ったこと…間違ってなかったぞ。だから、俺も本当にありがとな」
「…おう。次は、俺の番だな」
あぁ、と彼は頷き笑った。
「御影と松岡もおめでとう。元気そうで安心したよ」
「ありがとうございます。大和さんも元気そうで安心しました。NBAで活躍してるのは知ってますよ」
「新人賞獲ったんだろ?」
まぁ、お陰様でと笑う。
「2人は相変わらずみたいで、安心した」
「相変わらずのバカップルを発揮してたぞ」
「お前もだろ、宗介!!」
言い合いになる2人を余所に御影は微笑んだ。
「山崎さんを先生の所に連れて行ったんですね」
「まぁな。あの人が一番、信頼できる。結果、これだぞ?やっぱりスゲェよなあの人」
「そうですね。…今度大和さんの方が落ち着いたらゆっくりどこかでご飯でも食べましょう?」
もちろん、4人でと彼が言って俺もそれに頷いた。
「また、連絡するよ」
「はい」
「宗介、俺もう帰るな」
松岡と言い合っていた彼がこちらを見て首を傾げた。
「もう帰るのか?」
「お前のあんな姿見て、大人しくはしてらんねぇだろ。無理言って抜けてきてるから、すぐ戻らねェといけねし」
「そっか。…ありがとな」
こちらこそ、と彼にキスをして笑う。
「家で待ってるよ」
「…あぁ」
▽
俺が金メダルを獲って、少しして。
優勝したチームがMVP発表のステージに並んでいた。
その中に彼の姿があった。
その会場の一番前に俺と凛、御影が座っていた。
彼の両親と、大きくなった弟も駆け付けた。
アメリカに渡る時に彼の見送りに来たときはまだ小学生だったのにな…
珍しくスーツを着込んだ彼の名前が呼ばれ、会場に歓声が沸く。
笑顔を見せて、彼はマイクの前に立った。
バスケに出会ったこと、中学での悲劇。
高校でのこと、アメリカの大学に来て馬鹿にされたこと。
彼は1つ1つ大切そうに語った。
「最後に一緒に戦ってくれたチームメイト。頑張れ、と俺のことを送り出してくれた中学と高校の仲間。アメリカのバスケを教えてくれた大学の仲間。…バスケばかりで迷惑をかけ続けた両親と、幼いながらも俺の未来を信じて送り出してくれた弟に心から感謝しています」
聞こえてくるのは多分彼の両親の嗚咽。
弟君も目に涙を浮かべ、真っ直ぐ大和を見ていた。
「それから…高校3年で、出会って。逃げ出そうとしていた俺に真正面から向き合ってくれて夢を叶える瞬間の素晴らしさを見せてくれて…ここまで俺を支えて一緒に歩んできてくれた誰よりも大切な恋人に…心から感謝しています。ありがとう」
交わった視線、彼は目を細め微笑んだ。
「俺も、お前も昔から抱いてた夢が叶った。けど、まだここが始まりだから。…これからも、一緒に歩んでいきたいと思ってる。お前と出会えて、一緒に歩んでこられたこと本当に幸せだよ」
テレビ放送されてるってのに、なんてこと言ってんだって思った。
けど頬に涙が伝って、隣に座っていた凛が笑った。
「…よかったな」
「うっせ」
涙を拭って、彼を見れば彼の瞳は真っ直ぐ前を見ていた。
「…これからも、この舞台で頑張っていこうと思っているので応援よろしくお願いします。また…この場所にも戻ってきます」
相変わらず、彼は自信満々にそう言って笑った。
湧き上がる歓声と拍手に笑顔で応える彼に、俺は頬を緩めるのだった。
▽
「お前、マジで馬鹿だろ!!?」
「え、なんで?」
発表を終えて出てきた彼が不思議そうに首を傾げた。
「あんなこと言ったら絶対騒がれるってのに…」
「別に、名前は出さないよ。ただ虫よけにね」
「…馬鹿野郎。…けど、おめでとう」
この目で見た彼の夢が叶う瞬間。
ずっと見たかった景色が見れた。
「サンキュ。…まぁ、また新しい夢決めてさ、2人で頑張ろう?」
「だな」
そんな俺らの会話を聞いていた凛と御影は微笑ましそうに笑っていた。
「お前らもバカップルだと思うぞ?」
「え?そんなことないだろ。あ、レストラン予約してるから行こう?」
「…大和さんって変な鈍感ですよね」
御影の言葉に俺が頷けば大和はやっぱり首を傾げていた。
各席個室になったレストランで食事をした。
離れていた数年間のことだったり、思い出話だったり、話は途切れることはなかった。
一番最後のデザートを食べ終え、お酒を片手に話しをしていたとき。
大和はそう言えばとかけてあったスーツのポケットに手を入れた。
「松岡と、御影に証人になって欲しくてさ」
「…証人?」
「そう、証人」
彼は微笑んで、俺の前にしゃがみ込んだ。
「大和?」
「左手、出して」
首を傾げながら左手を出せばそこに指輪が通されて、俺は目を瞬かせる。
「…待たせてごめんな?…俺、瀬尾大和は山崎宗介を生涯、愛し続けることを誓います」
「っ!!お前…」
「絶対、幸せにする。俺を好きになったこと、間違ってたなんて絶対思わせないから。結婚しよう」
熱くなる顔を隠すように俯いて、小さく息を吐く。
あんな昔の約束、まだ憶えてたのか。
「…おう、」
「ん、ありがとな」
ぎゅっと抱きしめられて、泣きそうになるのをぐっと堪える。
「俺もお前を幸せにする」
「…お前がいたら、俺は永遠に幸せでいられるよ」
「俺も、だ」
彼から離れれば2人は照れくさそうにおめでとうと言ってくれた。
「証人にするためにわざわざ食事に誘ったのかよ、瀬尾」
「宗介が不安にならない為には大事だろ?けど、食事しようっていうのは御影とオリンピックの時に話してたんだよ」
「…まぁ、いいけど。良かったな宗介」
そう言って笑った凛に照れくさいが礼を伝えた。
「御影も、いつでも呼んでいいから」
そう言って笑った大和に御影は意味ありげに微笑んで。
それを見てあぁ、呼ばれるのはそう遠くない未来だなと思った。
「なぁ大和。俺も…お前に指輪あげたい」
「ホントに?スゲェ嬉しい。楽しみにしてる」
笑っている彼と過ごせること、それが何よりも幸せなことだと俺は改めて思った。
「大和、」
「ん?」
「ありがとな。お前と出会えて本当によかった」
何度目かわからない感謝の言葉。
大和は微笑んで、頷いた。
「俺もお前に出会えたよかった。ありがとう」
2人がいるにも関わらず彼は俺の頬にキスをした。
ただ、彼が傍にいる。
それだけで、俺はきっとこれからも幸せだと笑えるのだと思う。
そして、彼もそうであってくれたら嬉しい。
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