「弥生、帰るぞー」
「蓮君と欄ちゃんと遊ぶ!!」
「はぁ?」

話しを聞けばこのあともプールを解放してくれるらしい。

「て、言ってもなぁ…」
「俺が家まで送るから平気だよ」

橘さんの言葉は嬉しいけど、流石にそこまでは任せられないし…。

「このあと俺達もここで練習していくから」
「ね、兄ちゃんお願いっ!!」
「はぁ…もうわかったわかった。母さんになんか言われても知らねーかんな?」

うん、と頷いた弟の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「スイマセン、こいつのことお願いします。今度ちゃんとお礼するんで」
「いいよいいよ気にしなくて。ジュース買ってもらっちゃったみたいだし」
「いや、ついでだから全然。じゃあ、弟のことお願いします」

帰りにスポーツショップでも寄って帰るか、とスイミングスクールを出ればまた彼の姿。
なんか、もう驚かねェわ。

「山崎」
「あぁ、瀬尾か」
「何してんの?」

これから帰るとこ、と彼は答えて肩に鞄をかけた。

「なんか、岩鳶の2年の…御影?ってのと凛がどっかいっちゃってさ」
「あぁ…そういうこと…さっきの小さいの2人は?」
「飯食いに行くってよ」

松岡と御影は確実にデートだな…

「お前、弟は?」
「まだ遊んでいくって。橘さんが俺の実家の近くに住んでるみたいで。家まで送ってくれるって」
「…来た意味なくね?」

それな、と俺は溜息をついて歩き出す。

「まぁ、最初から人に任せるのは気が引けたんじゃね?」
「そういうもんか。瀬尾、これからどうすんの?」
「飯食って、スポーツショップでも行こうかなって」

俺の言葉に山崎は首を傾げる。

「俺も行っていいか?欲しいものあるんだよ」
「別にいいけど」





「お疲れ、凛」
「サンキュ」

遙さんと泳げたのが楽しかったのか、彼は上機嫌だ。

「御子柴さんの弟。なんか、凄く似てたな」
「ホント、それな…」
「今度話してみたい」

俺の言葉に彼はむっと口を紡ぐ。

「凛?」
「お前、御子柴さんとも仲良かったよな」
「まぁ、同じ種目だし。嫉妬してくれるのは嬉しいけど、今回は俺もしていい?」

そう言って首を傾げれば凛も同じように首を傾げた。

「宗介さんだっけ?聞いてねぇなって」
「アイツはただの幼馴染で」
「けど親友なんだろ?」

そうだけど、と凛は頷いて顔を俯ける。

「…悪い」
「あんま仲良くしてると妬くからな」
「それはそれで嬉しいけど」

そう言って恥ずかしそうに笑った凛の額を指で弾いた。

「そういうこと言うな。可愛いだけだから」
「可愛いって言うな。なぁ、これからどうする?」
「久々のデートだし、凛の行きたいところでいいよ」

凛はまず飯食いに行くか、と俺の手を掴んで歩き出す。
恋人つなぎとかそういうカップルっぽいものではなく、彼は手首を掴んでいる。

「なぁ、凛。手、握るならこっちにしてよ」

そう言って彼の手に指を絡めれば顔を真っ赤にした。
この初心な反応はいつまでたっても変わらなくて、愛しい。

「は、離せって」
「離していいの?」
「うっ………この、まま…がいいです」

段々小さくなっていく彼の言葉を全て拾い上げて笑う。

「じゃあ、行こうか」
「…おう」





「あぁ、そういうことか」

山崎とご飯を食べていれば突然彼はそんなこと言って窓の外を見た。
そちらに視線を向ければ松岡と御影の手を繋いでいる姿があった。

「あぁ…」
「男同士って現実でもあるんだな」
「男子校じゃそう珍しいことじゃないよ」

すぐに慣れる、と言えば彼は苦笑した。

「そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ。それに、男だろうが女だろうが本当に好きな奴といられるなら幸せだろ」
「…まぁ、確かに」

その幸せを常識にはめ込んで否定するのは間違ってるよ。
俺の言葉に彼はどこか驚いたような様子だった。

「どうした?」
「いや…お前も、ああいうあれなの?」
「俺?いや、違うけど」

ズズッとメロンソーダを飲んで視線を逸らす。

「妙に庇う言い方だなって思ったんだけど。ああいうの応援してるのか?」
「同性愛を応援というよりは、幸せな恋愛を応援してる感じ」

そう言って笑えば彼は目を丸くしてから笑った。

「あれ、凛に聞いてもいいと思うか?」
「俺はちょっと前に知ったけど一応聞かないでおいてる。松岡とは話すような仲でもねぇし」
「…聞かれた時の反応も気になるけど、まぁ…やめておくか」

いつかからかってやろう、と山崎は子供みたいな笑顔を見せた。

コイツ、こんな風に笑うんだな。

「御影だっけ?どんな奴?」
「松岡のことは大事に思ってるみたいだったよ。松岡の話するときスゲェ顔が優しくなる」
「へぇ…」

彼は2人を眺めながら僅かに目を細めた。

「なんつーか、松岡も御影と話すときは表情が緩い…気がする。普段のこと知らねェからあんまわかんねぇけど」
「確かにまぁ、幸せそうだな」
「心配なのか?松岡のこと」

俺の問いかけに彼は何も答えなかった。
ただ、彼の表情に影が出来た。

「…御影は平気だと思うぞ。アイツは…失う辛さを知ってる奴だから」
「は?」

彼が運ばれてきた日のことは憶えている。
お兄さんも一緒に運ばれてきて、お兄さんの心臓を移植したとかなんとか…
病室が近かったから散々暴れ狂うアイツとそれを宥める看護士の声が良く聞こえていた。

まぁ、御影は俺がそんなことを知っているとは思っていないだろうけど。

「御影は、松岡を悲しませるような奴じゃないよ」
「…なら、いいけどな」


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