3年に上がり、寮の部屋が変わることになった。
寮の部屋は部活ごとにまとめられている。
配られた部屋割りを眺めながら首を傾げる。

「え、なに。俺一人部屋?」
「1人余ったらしいぜ」
「いや、それにしてもさ。何で俺?」

俺の疑問に友人が首を傾げる。

「お前って夜にさ作業多いじゃん」
「え?」
「つかー寝るのが遅い?それで去年後輩から苦情来てたろ」

あぁ、そういやそうかと苦笑を零した。

「それで俺と同じ部屋になる人が可哀想っていう配慮からこうなったわけか」
「多分」

部員に新たな部屋割りを発表すればざわざわとざわつき、歓喜の声を上げたりがっかりしていたり皆それぞれの反応を見せた。

「じゃあ、2年は1年が部屋入りするの手伝えよ」

はい、と大きな声が聞こえて3年も各自移動と声をかければぞろぞろと動き始めた。

「午前中の内に部屋入り済ませろよー。午後から部活だかんな」

部員が出て行ったあとの体育館で1人溜息をつく。

「俺もさっさと移動するか…」

部屋割りのプリントに改めて視線を落とせば今回、バスケ部と水泳部は同じ階に割り振られていた。
鮫柄じゃ1、2を争う部員数だし…
まぁ、まとめられても仕方ねェか。

数日前から荷造りをしていた部屋に戻って段ボールを抱える。

「大和さん、運ぶの手伝いましょうか?」
「あー、平気平気。1年の手伝いしてやってくれ」
「はいっ」

段ボールを3つ積み上げて部屋を出る。
今回は階の移動がなくて助かったな。

「つーか、前見えねェし…」

横着しすぎたかな、と思いながら新しい部屋に向かっていれば丁度通り過ぎようとしていたドアが開いた。

「うおっ!!?」
「あ、悪ぃ…て、瀬尾か」
「またお前か」

またって何だよ、と言った山崎に口が滑ったと笑う。

なんか山崎との遭遇率が異様に高い気がするのは俺だけか?

「スゲェ荷物だな」
「あー…本が多くてさ」
「ふぅん…てか、それでどうやってドア開けんの?」

山崎の言葉に考えてなかったと言えば笑われた。

「部屋どこだよ。ドア開けてやるから」
「悪い、助かる。部屋はこの階の一番奥」

部屋に荷物を下して肩をぐるりと回す。

「ありがとな、山崎」
「ついでだついで。お前、同室の奴は?」
「いないよ。俺は1人部屋」

余ったらしくてさ、と言いながら持ってきた段ボールを開ける。

「寂しくなったら言えよ。来てやるから」
「俺そんなキャラじゃねぇよ」
「確かにな」

彼はそう言って笑った。
この間見た子供みたいな笑顔だ。

「山崎は誰と同室?」
「凛」
「あー…なんかそうだろうとは思ったけど」

御影のこと弄ってやるなよ、と言えばどうだろうなと不敵に笑いながら部屋から出て行った。

「じゃあな」
「おう、サンキュ」

バタンとドアが閉じて、段ボールの中身を出す。

「月バス…そろそろ捨てた方が良いかな…」

教本や雑誌を本棚に並べていればノックの音が聞こえた。

「どーぞ」
「大和さん!!」
「おー、どした?」

さっきまで同室だった後輩が忘れ物ですよ、と差し出してきたのは1枚の写真だった。
去年、日本一に輝いたときの集合写真だ。

「あぁ、サンキュ」
「1人部屋だからって夜更かししすぎちゃダメっすよ?」
「わかってるって」





寮の移転を済ませて数日。
いつも通り部活後にランニングをしていれば見知った顔を見つけた。

「御影?」
「あ、大和さん」
「1人?松岡は?」

隣に並んでそう、尋ねればなんだか断られちゃってと困ったように笑った。

「用事があるってここ2、3日。怪我とか体調不良とかなにかありました?」
「いや、いつも通り来てるけど」
「俺なんかしたかな…」

首を傾げた彼は少し不安そうだった。

「聞けたら聞いておこうか?」
「いえ、平気です。俺は…信じてます、凛のこと」
「そっか。本当に好きなんだな」

じゃなきゃ、男となんて付き合ってないですよと彼は言った。
まぁ、確かにそうか。

「幸せ?」
「それは勿論、幸せですよ」
「…そっか」

柔らかな彼の笑顔に俺もつられて微笑む。
幸せな人の表情、好きだな。

「大和さん、恋人とかは?」
「あー…俺は、まぁうん」

歯切れの悪い返事に彼は首を傾げる。

「…説明できないくらい…酷いかな」
「、え?」

目を丸くした彼に俺は苦笑を零す。
部活があれば俺はいいや、と言えばカッコいいのに勿体無いですねと彼が言った。

「大丈夫?そういうこと言って。松岡って嫉妬とかしねぇの?」
「します。しますけど…それもまた、可愛いって言うか…」
「うわー、完全惚気じゃねぇか!!」

松岡もこんな風に惚気たりすんのか?
…うわ、想像できねェ…

それから彼の話を聞きながら海沿いの道を走った。
鮫柄の前で彼は足を止め、それじゃあと丁寧に頭を下げる。

「じゃあな」
「はい。凛に、よろしくお願いします」
「まだまともに喋ったことねぇって」

話しながら走ったせいか、いつもより距離が短く感じた。
動き足りないと思って、俺はこっそり体育館に向かった。
ドアの施錠はしっかりされているが、体育倉庫のドアノブを逆に回せばガチャリと音がする。
そこから中に入り、倉庫に繋がっている体育館に入る。
僅かな月明かりに照らされた誰もいない真っ暗な体育館が広がっていて、つい口が緩んだ。
倉庫の鍵の秘密は去年の先輩に教えて貰ったものだ。

ボールを一つ手に取って裸足になってシュートを打つ。
リングをくぐったボールが跳ねて、静かな体育館に大きく響いた。

夢中になってシュートを打っていた俺を現実に引き戻したのは携帯の着信音だった。
待ち受けに浮かぶ名前に首を傾げて、電話に出る。

「もしもし?」
「おいこら、大和。今どこだ」

聞こえたのはどこか不機嫌そうな副部長の声だった。

「ミーティングするって言ったのお前だろ」
「あ、忘れてた。すぐ戻る」

ボールを籠に戻して体育館を出る。
ちゃんと倉庫の鍵も閉めて自室へと急いだ。
その途中、プールの明かりがついているのが見えた。
普段ならとっくに消えているはずだ。
プールの横を通るとき聞こえた松岡の声とこの間のフェスの時に見た眼鏡の少年に良く似た声。

「…ま、いっか」

御影は信じてるって言ってたし、俺が説明するべきことではないだろう。
それより、今は部屋に戻ることが先決だ。
あの副部長は怒らせると面倒だし。

まぁ、小言を言われるのは必須だなと内心ため息をついたのは言うまでもない。


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