side:御影


県大の時期が近づいてきた。
江の突然のお弁当チェックにより、栄養バランスの見直しが必要になったらしく。
週末、彼女の付き添いでスポーツショップに来ていた。

「なぁ…何でお弁当の材料買いに来たのにスポーツショップなんだ?」
「え?」
「え?じゃねぇよ」

彼女の足はあるコーナーで止まる。

「……マジで?」
「当然でしょ?」
「うわー…」

眼前に広がる袋の山。
そこにはデカデカとプロテイン、と書かれていた。

「…ご愁傷様、皆」
「ちょっと、それどういうこと?」
「俺、食べれなくてよかった」

事故により胃を摘出したせいでご飯をあまり食べれない俺は、今回のお弁当チェックからは外れていた。
まぁ、ビタミン剤とか飲んである程度補っていたからというのもあるだろうけど。

「朱希君のウィダーだけどかカロリーメイトだけとかもダメなんだからね?」
「わかってるけど、仕方ないだろ」
「おにぎり1個くらいは食べてね?」

努力するよ、と答えて成分表を見ながらプロテインを見ている彼女の後ろから眺める。
女子高生にプロテインって結構シュール…


「あ―――――ッ!!!江さーーーん」
「え!?」

突然の声と、聞こえてきた足音。
肩を揺らした江の向こうに見えたのは御子柴さんの弟だった。

「俺のこと覚えてますか?」
「あぁ、えっと…確か御子柴部長の弟さんの金太郎?」
「百太郎だったはず」

そうです、百太郎です!!と彼は目をキラキラと輝かせる。
御子柴さんも昔はこんなだったのかな…
あ、なんか想像できる。

「御子柴百太郎!!鮫柄水泳部1年専門はバック。趣味はクワガタ取り。これまで捕った最大は…」
「おーい、御子柴君?完全に引いてるぞ」

江の後ろから彼にそう声をかければビシッと固まった。
え、なに?

「な、」
「な?」
「なんだよ、お前!!江さんの彼氏か!!?そうなのか!!!?」

俺の肩を掴んで前後に揺らす彼に、江が目を丸くした。

「いや、違うって…」
「じゃなんだよ!!なんで、江さんと2人で!!」
「いや、だからさ…」

まず、前後に揺らすのやめようよ。
どうやって彼を止めようかと思っていれば見知った顔が彼の向こうに見えた。

「たく…やめろって」
「ぐ、ぐるじい…」

首に腕を回した彼はよう、と笑顔を見せた。

「お兄ちゃんたち…」
「おう、お前らも買い物か?ハルたちは?」

大人しくなった御子柴弟から腕を話した凛。
御子柴弟は足早にどこかに消えていく。

「今日は私と御影君だけ」
「江さん、これなんかどうです?こっちもー」

派手な水着を持ってピョンピョンと江の周りを跳ねる彼は小型犬の様だった。

「モモって呼んでください。遠慮はいりません」
「じゃあ…」
「モモっ!!」

あ、凛が怒った。
相変わらずシスコン入ってるよな。

御子柴弟を連れて水着コーナーに向かった凛の背中を見送って、江はクスクスと笑っていた。
そんな彼女を見て山崎さんが首を傾げる。

「どうした?」
「いえ、なんでも。それじゃあ皆さんごゆっくり」
「おう」

歩き出した江の後を追いかけようとすれば腕を掴まれる。
掴んだのは山崎さんだった。
…あれ、俺何かしたっけ?

「ちょっといいか?」
「あぁ、はい。江、先に言ってて。すぐに行くから」
「うん」

プロテインのコーナーに戻っていく彼女を見送って、視線を山崎さんに向ける。

「どうかしましたか?」
「お前、凛と付き合ってるんだろ?」
「え、あ…あぁ…それは、誰から?」

お前らがデートしてんの見た、と言われ俺はそういうことかと頷いた。
凛が自分から言うわけないか…

「まぁ、はい。お付き合いはさせて貰ってます」
「…ふぅん。それなのに江と2人で買い物か?」
「江も知ってますよ。俺と凛のこと」

は?と前を丸くした彼に俺は苦笑する。

「江が俺の背中押したから、今付き合ってるんです。凛も江が俺達の関係を知ってること知ってます」
「…遊びってわけじゃ、なさそうだな」
「遊びで付き合ったりはしませんよ」

俺は本気で凛が好きですから、と言えば山崎さんは水着を片手に御子柴弟ともめる凛に視線を向けた。

「…アイツとはどこで知り合った?」
「オーストラリアで知り合いました」
「……オーストラリア…」

山崎さんの表情に僅かばかりか、影が生まれた。

「…オーストラリアで凛に何があった?アイツ少し変わったんだ」
「………すいません、俺のせいです」
「は?」

オーストラリアでアイツが変わってしまったのは俺のせいなんです。
俺の言葉に彼は眉を寄せた。

「俺がアイツを裏切ったから。だから…凛は大好きな水泳まで、やめようとした」
「…なんだよ、それ」
「詳しいことは、俺が話すべきことじゃないと思います。凛が選ぶことなので」

ただ、と山崎さんに視線を向ける。

「すいませんでした」

頭を下げて、そう言えば彼は何も言わなかった。

「俺には凛の傍にいる資格がないと言われても仕方ない、とは思ってます。けど…もう、俺はアイツを裏切る気も手放す気もありませんから」
「別に、別れろとか言いてェわけじゃねェよ。まぁ…大切にされてんだなって」
「……今まで、随分と泣かせてきましたから」

今度はアイツを笑顔にしてやりたいんです、と微笑んだ。

「何、話してんだよお前ら」

言い合いが終わったのか凛はこちらに歩み寄ってくる。

「いや、なんでもないよ。てかさ、少し前のランニング断ったあれ。理由くらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「あー、いや…あれはさ、怜がこっそりやりたいって言ったから」
「それでも心配したこっちの身にもなれって」

シュンと肩を落として、悪いと呟いた彼の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「まぁ、体調崩したとかじゃなくてよかった」
「おう」
「そろそろ、江のとこ行くから。またな」

また連絡する、と言った凛に待ってるよ、と伝えて山崎さんに視線を向ける。

「それじゃあ、失礼します。凛のこと、お願いします」
「おう。…あぁ、そうかどっかで見たことあると思ったら」
「え?」

全国で見たのか、と彼は納得したように頷いた。

「個人メドレーだっけ、確か」
「あぁ…はい。今年は長距離も出ますけど」
「…ふぅん。リレーは出ないのか?」

彼の言葉に俺は踏み出そうとしていた足を止めた。

「…水泳は、個人競技だと思ってますから。それに岩鳶のリレーはあの4人って決まってるんです。俺は俺のやりたいことをやりますよ。俺にはやるべきことがあるので」
「そうか」

それじゃあ、と頭を下げてプロテインを籠に詰め込む江に駆け寄る。

「あ、話終わったの?」
「おう。凛のことだった」
「…宗介君、お兄ちゃんのこと気にしてたから」

そっか、と答えて江の手にある期間限定超強力プロテインを棚に戻した。

「なんで戻すの?」
「期間限定はやめようぜ?なんか、胡散臭い」
「そう?…まぁ、これだけあればいっか」

籠を持ち上げようとした彼女は重い、と顔を引き攣らせる。

「何のために俺がついてきたんだよ。ほら、さっさと会計すませるぞ」
「うん」

彼女の手から籠を奪ってレジに向かった。
帰り道、ふと気になって尋ねてみた。

「これ、どうやって使うの?」
「えっとねぇ、おにぎりに入れて…卵焼きとか…」
「あぁ、うん」

確実に誰か死ぬな。
てっきり飲ませるのかと思ってた…


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