御影朱希と言う男は、一体どういう人間なのだろうか。
江と共に帰っていた彼を思い出して首を傾げた。

裏切ったと、隠さずに言った。
自分のせいで、凛が変わったと。
それでも傍にいることは譲らない、彼は酷く真っ直ぐだった。

じゃんけんに負けて、最後の1本のコーラは隣に座る凛のものになった。
彼の隣に並んで昔話をしてたけど、やっぱり気になって口を開いた。

「…凛、なんでこの5年間連絡寄越さなかった?オーストラリアで何かあったのか?手紙も途中で来なくなった。きっと、壁にでもぶち当たってんだろうなって思った。だから俺は敢えて何も聞かなかった」

御影は、聞くなとは言わなかった。
自分が言うべきではないと、そう言った。

「けど、今は…ちゃんと知りてェ」
「別に大したことじゃねェよ。お前の思ってた通りだ。留学して壁にぶつかって、転んで立ち上がれなかった。それだけだ」

凛は空を見つめて、言葉を続ける。

「いっそ、水泳なんてやめてやろうかとも思った。けど、救われたんだ。ハル達に、仲間達に」
「また仲間、か」
「アイツらと一緒に泳いだら見たこともない景色見せられてまた泳ぎたいってそう思ったんだ。だから、今度は俺を救ってくれた仲間のためにそして、俺自身の夢のために」

彼はどこか楽しそうに笑っていた。
けど、彼の口から御影の名前は出ては来なかった。
俺のせいだと、彼は言っていたのに。

「…御影は?」
「え?」
「……御影は、俺のせいだって言ってたぞ。オーストラリアでお前が変わったこと」

凛はこちらを見て目を丸くした。
そして、顔を歪め俯く。

「朱希は、別に悪くない。…悪くなんて、ないんだ」
「お前ら、言ってること真逆すぎんだろ」
「俺が、何も知らなかっただけだった。壁にぶち当たってた時、一緒に日本に帰国して…またオーストラリアでって約束した。けど、アイツは帰って来なかった」

もう水泳なんてやめてやる、と本気で思ってた。
けどどこかで朱希に会えばまた頑張れるんじゃないかと思ってた。
なのに、アイツは帰って来なかった。
凛はどこか辛そうにそう語った。

「どうして?」
「事故って、アイツの兄貴が死んで。朱希も、死にかけてた」
「は?」

凛はこちらを見て泣きそうな顔で、胸の辺りのシャツを握りしめた。

「朱希の心臓は、アイツの兄貴のものなんだよ」
「…ちょっと待て。なんだよそれ」
「…俺は何も知らなかった。アイツが俺を裏切ったんじゃなくて、裏切らざるを得なかったってこと」

それでも今…アイツは俺の隣にいる。
だから、それだけでいいんだ。
それ以上はもう、何も望まない。

そう言った凛は酷く優しい顔をしていた。
江に向ける表情とも違う、初めて見た表情だった。

瀬尾が言っていた失う辛さを知っている、と言うのはこういうことだったのか。

「…朱希は俺を裏切ったこと、今でも気にしてるけど。俺は別にもう気にしてない。あの時は確かに傷ついたし辛かったけど。今、朱希が俺の隣にいて笑ってくれてるならそれでいい」
「そうか…」
「それに、傷ついたのは俺だけじゃない。俺もアイツを傷つけてるから。だから、お互い様なんだよ」

アイツは自分が悪いっていうばかりだけどな。
自分のことには妙に疎いから、心配なんだよ。

凛はそう言ってどこか困ったように眉を下げた。
御影のことになると、凛はいつもより優しい表情になる。
困ったように眉を寄せてるのに、やっぱり愛おしさというものが滲み出ている。

「御影も…お前の仲間か?」
「朱希は違う。対等に、肩を並べてたい。仲良しこよしとかそういうんじゃなくて…なんだろうな。もっと、特別なんだ」

恋人。
…彼の口からその単語は出てこなかったけど、仄かに紅く染まる頬がそう言っている気がした。

「…そっか」
「おう」

結局2人ともお互いのことを考えてる。
本当に、御影と凛はそういう関係ってことだな。

「…バカップル、ってやつか」
「は?」
「いや、なんでもねぇよ」

今度、アイツともゆっくり話をしてみたい。
凛と、どうして付き合うことになったのか。
何を思って、泳いでいるのか。
それに、同じ全国に出た選手としても…アイツには興味がある。

「なぁ、凛」
「なんだ?」
「今度御影と話してみてェんだけど」

凛は目を丸くしてから少しだけムッとした表情を見せた。

「…あんま、仲良くなるなよ。アイツ…妙に年上と仲良くなりやすいから」
「…別にお前から奪おうってわけじゃなくて。同じ、全国に出た選手として色々話してみたいってだけだ」

今度な、と凛は言ったけど多分その機会を作ってはくれないだろう。

たく、どんだけ好きなんだよ…
御影も御影であんな宣言してたし。
マジで、バカップルだな…


▽ side:御影


コウと買い物に行った次の日のお昼。
屋上に集まった俺達の前には豪華なお弁当が広げられていた。

「わー、これ、江ちゃんが作ったの?」
「美味しそう」
「本当ですか?朱希君と食材買いにわざわざ街まで行った甲斐がありました。お兄ちゃんと宗介君にも会えたし」

凛と山崎?と遙さんは顔を上げる。

そう言えば、この間も山崎さんと遙さんって変な雰囲気流れてた気がする…

「鮫柄水泳部が丁度水着を買いに来ていて」
「そうだったんだ」
「はい、ハルちゃんたちも」

おにぎりを受け取った彼らを見て内心ご愁傷様ですと呟いて視線を逸らした。

「いっただきまーす。ん、おいしー」
「ちょっと待ってください」

怜はおにぎりを見つめて口を開く。

「今の話、おかしくないですか?何故食材を買いに行ったお店で水着を売ってるんですか?」
「んー、食材って言うか…プロテイン?たっぷり入っているので栄養バランスは完璧です」

おにぎりから溢れてきた茶色の液体。
ココア味のおむすびだーと喜ぶ渚と口を押さえて顔を青くする遙さんと真琴さん。

「なんで、朱希がいながら…こんなことに…」
「え、あぁ…すいません。レジを通った後に使い方聞いたので」
「…そこで、戻って欲しかった」

期間限定のだけは止めておきました、と言えばそれだけじゃダメでしょ!!と真っ青な顔のまま真琴さんは言った。

「なんか、すいません。きっと誰か死ぬだろうなーとは思ってたんすけどね」
「だから、思ったら止めよう!?」
「ちょっとだけ、見て見たいなーって気持ちがなかったわけでもないので」

口直しに飲みますか、と水筒を渡せば彼はそれを受け取る。

「あれ…朱希が水筒?」

手に持った水筒を見ながら真琴さんが首を傾げる。

「これの中身って…」
「プロテインです」
「飲まないからね!?」

つき返されたそれを受け取って俺はクスクスと笑う。

「朱希ってそんな悪戯好きだったっけ…?」
「まぁ、ちょっとした出来心で」

クスクスと笑えば真琴さんは困ったように眉を寄せた。

「もー…」
「すいません、つい」


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