「うわ…もうこんな時間かよ」

時計に視線を向けて、固まった体をぐっと伸ばす。

「走りに行かねーと…」

眼鏡を机に置き、ランニングウェアに着替えて外に出た。
校門に向かっていればバシャンと音が聞こえた。
1度だけ行った室内プールに歩を進め、窓から中を覗き込めばガッツポーズをして叫ぶ山崎と松岡が見えた。

「こんな時間に泳いでんのかよ…」

いや、まぁ人のこと言えねぇか。

「それにしても、スッゲェ筋肉…」

バスケではあそこまでバランスよく全身に綺麗な筋肉は出来ない。
覗き見しているのも悪い気がして俺はすぐにそこから離れて校門から外に出ていつも通りの道を走った。

そろそろ大会の時期だ。
スタメンを決めなくてはいけない時期が近づいてきた。

「先輩は、どうやって決めたのかな…」

バスケ部の監督は自主性を重んじる人だ。
だから、スタメンを決めるときは部長である俺や副部長。
勿論部員たちの声も随分と反映される。
監督の意見と言うのは本当に少なく、最後にOKを出すだけなのだと先輩に聞いていた。
アドバイスはくれるけれど…

「最後だからって3年を選ぶのは間違ってるし…」

去年だって3年の先輩を押しのけて、2年の俺は背番号を貰っていたわけだし。
今年は1年も良いのが多い。
ハッキリ言って、昨年度よりも決めにくくなっている。

「先輩に電話してみるかな…」

一通り走り終えて、校門から中に入る。
見張りの警備員には顔が憶えられたらしく、さっさと寝ろよーと声をかけられた。

「寝る前にシャワー浴びるか…」

流石にこのままは寝たくない。
部室の方に歩を進めていれば先ほど泳いでいたはずの山崎が自販の前のベンチに座っていた。
松岡の姿がないところを見ると、あの後2人は別れたのだろう。

「よう」
「あ?…瀬尾?」
「こんな時間に何してんだよ」

そのまま同じ言葉返す、と山崎は言った。
まぁ、確かに。

「俺はランニング帰り」
「こんな時間にか?」
「ちょっとメニュー考えてたら時間すぎてて」

お前は?と尋ねれば眠れない、と彼は答えた。

「眠気がな、さっぱりで」
「アドレナリン出てんじゃねぇの?さっき派手に喜んでたし」
「何で知ってんだよ」

ちょっと見えただけ、と言えば彼はタイミング悪いなと眉を寄せた。

「山崎って、案外子供っぽいよな」
「は?」
「あんな風に喜ぶとは思ってなかったし」

気まずそうに顔を背けた山崎は少しだけムッとしていた。
そういう表情が子供っぽいと思うんだけど。

「逆にお前は…そういう表情全く見せないよな」
「え?」
「なんか、いつも同じ顔して笑ってる」

そんなこと、初めて言われたな。
自分の口元に手を当てて首を傾げる。

「…そうか?」
「派手に喜ぶとこも、馬鹿笑いするとこも見たことねぇし。基本的に何か、一線引いてるような気がする」
「あんま意識したことねぇな」

そんな風に思われてたのか。

「弟の前でも友達の前でも後輩の前でも、同じ笑い方だった」
「そうか?」
「あぁ」

馬鹿笑いか…
そう言われれば爆笑することって殆どないかもしれない。

「つーか、座ったら?」

ポンポン、とベンチを叩いた彼。
俺は断る理由もなくて隣に腰かけた。
真っ暗な空の下、目の前の自販機の明かりは目に毒で、視線を彼の方に向ける。

「なんか最近、山崎と2人って場面多くね?」
「なんだかんだ言って、よく会うからな」
「教室じゃ喋ったことねェけど」

外に出かけた時とか放課後が多いな、会うの。

「教室じゃお前、いつも誰かといんだろ」
「…そうか?」
「後輩とか他のクラスの奴とか。お前が1人のことって滅多にねぇじゃん」

んー…そう言われればそうかもしれない。
基本的にいつでもバスケ部の連中がやってきている気がする。
まぁ、メニューを考えるのとか手伝ってくれてるから助かってはいるけど。

「慕われてんだな、部員に」
「どうかな。頼りねェだけかもよ?…去年の部長がスゲェ人だったから」
「ふぅん…」

少しでも俺はあの人に近づけているだろうか…
ちょっときついか。

「まぁ、教室でも気軽に声かけてよ」
「考えとく」
「そこは普通に頷けよ」

何か飲み物買うか、と立ち上がろうとしたとき携帯が鳴った。

「…お前の?」
「ん、俺の」

ポケットの中の携帯を取り出して、画面に映る名前に眉を寄せた。

「どうした?」
「…いや、悪い。ちょっと出るな」

携帯を耳に当てれば耳を刺す声が聞こえた。

「こんな時間になに」

自分の声は思いの外、低くなった。





電話に出た途端、瀬尾の表情が変わった。
不機嫌そうに細められた目と低くなった声。
電話からは女のものと思われる声が漏れていた。

「はぁ?普通に寝てたに決まってんだろ。今何時だと思ってんだよ」

うわ、普通に嘘ついてる。

「あーもううるさいな。なんでそうやってすぐに浮気とか考えるわけ?てかさ、時間考えろって。こんな時間に外出られるわけないだろ」

…彼女、か…多分。
まぁ、整った顔してるしいてもおかしくはないと思ってたけど。
あまり良い関係ではなさそうだ。

彼は苛立ったまま電話を切った。
電話口から聞こえていた声はプツリ、と途切れて彼は額に手を当てた。

「悪い」
「いや…今のって」
「……今の聞かなかったことにして。イライラするからバスケしてくる」

彼はそう言って俺に背中を向けた。
普段の優しい雰囲気とは真逆で、どっちが本当の瀬尾なのかわからなくなる。

「今何時だと思ってんだよ」
「いーの、別に」

手をひらひらと振って彼は体育館の方に歩いて行く。

「おやすみ、山崎。さっさと寝ろよ」
「あ、あぁ…」

出会ってまだ少しだ。
話すと言ってもやはり部員の奴らよりも凄く少ない。
それでも、瀬尾大和と言う男について俺は多少なりともわかった気でいた。
だが、多分それは思い違いだ。

御影と同じくらい彼はよくわからない。

「好きじゃねぇなら、別れりゃいいのに」

幸せな恋愛を応援すると彼は言っていた。
それはつまり、瀬尾は今幸せじゃないってことだ。

「馬鹿な奴」

部活の邪魔になるなら、捨ててしまえばいいのに。

「よくわかんねぇな…どいつもこいつも」

凛だって、リレーにそこまでこだわる必要あるのか?
そのこだわりの中に、俺にはわからない何かがあるんだろう。


戻る

Top