戦場では笑顔も武器になる




なんだこれは。
誰もが思っただろう。

章平が慌てた様子で来てください、と言ったのでそれについていけば信じられない光景が広がっていた。

画面の中、戦っていたのは例のネイバーと榎本だった。

「おー来た来た、秀次」
「陽介、これは…」
「5分近く戦ってるよ」

榎本は武器を出しておらず、ネイバーによるスコーピオンの攻撃を軽々と避けていた。

「榎本は攻撃しないのか?」
「それが全く。なに考えてんのやら」





「いつまで逃げるの?」
「そろそろ、止まるよ」

拓けたスクランブル交差点で彼は足を止める。
周りにはいくつかの高層マンション。
所々だが古い建物も残っている。

「狭いところでの戦闘は確実に小回りのきく小柄な君が有利だから」
「…誘導したってこと?ここがあるってどうしてわかったの?」
「視えたから。じゃあそろそろ反撃させてもらうよ」

見えた?
あんな場所からここが?

そんなことを考えながら地面を蹴り、こちらに向かってきた彼を避ける。

登録されていたのはスコーピオンだった。
武器はどこだ?
どこから出す?

自分の背後にいる彼の方を向こうとして目の前に迫る何か。
慌ててそれを避ければ白い髪が僅かに切れた。

「なっ!?」
「あーぁ、避けちゃったか」
「足…」

手に武器はない。

「スコーピオンの刃は…」
「ここだよ」

とんとん、と爪先で地面を蹴った彼は無表情だった顔に笑顔を見せた。
ぞわり、と嫌な空気がトリオン体なのに肌を撫でた気がした。

避けてから振り返るまで何秒あった?
1秒あるかないかの短時間に音もなく蹴りをいれる体勢に入った。
どうやら、想像していた以上にヤバそうだ。

それにスコーピオンの刃は何処からでも出せる。
足に注意を向けすぎれば手からの攻撃もあるかもしれない。

向かってきた彼の蹴りをスコーピオンの刃で止める。
だが、止めるために接触した場所を基点に利用して反対の足で顔めがけて蹴りが飛んできた。

「っ!?」

彼を弾き飛ばしてなんとかそれを避けるが、これはやりにくい。
何とかして、片足を封じなければ戦いにくくて仕方ない。

「さっきのも避けられるか…」

そう呟きながら彼は楽しそうに笑っていた。





空閑の攻撃は俺の片足だけに狙いを定めた。
片足がなければ俺の攻撃力は半減する。
早い判断だ。

だが、お互いの攻撃は殆ど当たっていない。

「キリがないね、ホント」
「榎本さんが以外に強いから」
「ありがと。けど、君には黒トリガーがあるからね」

黒トリガーを使っていない今の状態で負けたりなんてしたら、本来の目的の為には力不足だ。
忍田さんに与えられた目的のため、戦うと決めてしまったから。
それ相応の結果を残さなければいけないだろう。

彼の攻撃を避け、蹴りを入れるがやはり止められる。
彼から距離を取って、小さく息を吐いた。

本当に、これで黒トリガーを持ったりしたらどうなることか。

彼の攻撃を受けて、振り上げた足はやはり止められる。
攻撃を切り替えるほんの僅かな隙に体に彼の拳が入って、吹き飛んだ体。
都会風なこの通りには珍しい少し古びた建物の壁に背中を打ち付けた。

もう、切り替えの隙をつかれるのか…
あー、くそ。
体の節々が痛い。

自分がぶつかったマンションの壁には亀裂が入っている。

痛みに顔を歪ませてはいけない。
忍田さんには言わずに痛覚をMAXに…つまり、生身と同じ状態にしているからもしこの戦いを見ていてバレたら面倒なことになる。
小さく息を吐いてから、立ち上がるために足に力を入れた。

立ち上がる前に目の前に迫ってきた彼の刃を足で止めるが、腕から現れた刃にアキレス腱が切られた。
僅かに漏れたトリオンを見ながらこれでは走れないとまだ冷静な頭で考える。

「強かったけど、ここまでだね」

彼が笑った。

沢山の痛みがじくじくと熱を持ったように脈打つ。
痛い、痛いけど。
こんな痛み、あの頃に比べれば痛くない。

笑え。
どんな状況でも、自分は余裕なんだと笑ってみせろ。
戦場では笑顔も武器になる。

頭の中に流れてきた彼の言葉に、ふっと口許を緩めた。
一瞬、空閑の目が見開かれる。

ここまで?
そんなはずはない。
まだ、負けてはいない。
まだ、俺は死んでない。

「俺は、死なないよ」
「え、」
「あの人がそれを望まない」

振り上げた右腕。
背中を当てていたひび割れた壁を殴った。
スコーピオンの刃を亀裂に沿って壁の中に走らせる。

「なっ!?」

目を見開いた彼。
背後にあった壁が音を経てて崩れてきた。





建物の崩落に彼が巻き込まれ、砂煙が視界を奪った。

「どうなった?」
「…わからない」

だが、彼の足は切れていた。
あの崩落を自ら起こしたとしても逃げられるのか?

砂煙がゆっくりと消えていく。
その中心、見えてきた光景に息を飲んだ。

ネイバーの片腕がなくなり、首筋に大きな傷。

『伝達系切断。空閑ダウン』

だが、見えてきた榎本の首にもスコーピオンが刺さっていた。

『同じく伝達系切断。榎本ダウン』

「あちゃー相討ちか」
「…あの状態でどうやって動いたんですかね?」
「自分で足を切断してるな」

奈良坂はそう言って画面に映る榎本の足を指差した。
切断面からスコーピオンの刃が生えていて、あれのお陰で機動力が死ななかったようだ。

「あの短時間にそこまで考えたのか」
「…凄いですね」

ブースから出てきた彼は首を擦って小さく、息を吐いた。

「榎本、」
「え、三輪さん?」

彼の名前を呼べば、彼はこちらに気づいた。
足早にこちらに下りてきた彼は見てたんですか?と首を傾げる。

「まぁな。…あの砂煙の中で何があった?」

俺の質問に彼は視線をネイバーのアイツに向けた。

「え?えっと足が切られて機動力がなくなったので使えなくなった足を切り落としてスコーピオンで代用しようと思ったんですけど。あの場面で足を切ってる暇はなかったので壁を崩落させて時間を稼ぎました」

彼の説明に皆、口を閉ざし耳を傾けていた。
そのことに気づいているのかいないのか、彼は言葉を続ける。

「崩落の砂煙の中、彼のいるところまで接近してスコーピオンを持っている手と反対の腕を切り落として。切り落とした腕と同じ方向から首を狙って蹴りを。…まぁ、腕を切ったあとの切り替えの隙に首を狙われましたけどね」

後ろからやるのが正解でしたね、と彼は淡々とした声で言った。

「楽しかったよ、空閑」
「またやろう。次は負けないから」
「俺も。まぁけど…」

榎本は冷めた目で彼を見た。

「お互い本気になってやりあう、なんてことがないことを祈ってるよ」

ネイバーのアイツの本気は多分黒トリガーのことだ。
じゃあ、榎本の本気は?

「やっぱり本気じゃなかったんだ。手、壁を壊すときにしか使ってない」
「手に武器を持つのは好きじゃない。けど、その時がきたらやるよ。まぁ来ないことを祈ってるけど」

また機会があれば戦ってくれと、榎本は言ってネイバーとの会話を終わらせた。

そしてこちらに視線を戻す。

「すいません、あと少しやっていくので」
「まだやるのか? 」
「引き分けだと点が入らなくて。」

彼は手の甲の数字を見て眉を寄せる。

「あと少しなので終わらせてきます」
「そうか。頑張れよ」
「はい」

他の三輪隊の皆さんもまた、と会釈をして彼はブースに戻っていった。

「俺達も帰るぞ」
「俺も戦いてーな」
「…B級に上がったら誰と組むんですかね?」

章平の言葉に陽介が笑いながら答えた。

「誰だろうなー。けどさすぐにA級にもなっちゃうかもな」
「あれだけ動ければわからなくはないな」

透もそれに頷いた。
もし、A級になったとしたらアイツは誰と組むのだろうか。
いや、そんなことは…俺には関係ないな。

「…アイツが誰と組もうが興味ない」
「うわ、冷たっ!!?仲良いのにひでぇ…」
「別に良くはない。時々話すだけだ」
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