人は殺したくない




「B級昇格、おめでとう」

点数が4000に到達して、息を吐く間もなく別室に連れていかれた。
案の定そこには忍田さんがいた。

「どうも」

机の上にトリガーが置かれていて、俺はそれの前に立つ。

「正隊員用のトリガーだ。それにしても、本当に1週間以内だったな」
「自分の言葉にくらいは責任を持ちますよ」
「君らしいな。座ってくれ」

指差された椅子に座って訓練用のトリガーを机に置く。

「戦っているのは、見ていたんですか?」
「あぁ。迅と風間、城戸さんも見ていたよ」
「余計な人がいますね」

風間って誰だろう?
会ったことあるっけ…

「引き分けとは、想像以上だな」
「彼は本気じゃなかった」
「それは君もだ。両手も使っていなかったしな」

彼は恐らく、本当に強いだろう。
判断が的確で、状況に応じた対応力があると思う。

「あの時、あの建物の方に吹き飛ばされてなかったら恐らく負けてましたよ」

俺の言葉に忍田さんは目を丸くした。

「随分と、弱気だな」
「弱気とか、そういうのではないです」

スイッチが、入るきっかけがなかったら俺はきっと負けていた。
ただ、それだけのことだ。

「不吹はどうして、手を使わない?足だけじゃ、限界があるだろ?」
「これ以上この両手を汚したら、子供達の側にいることさえ出来なくなる。だから、使いたくないんです」

自分の手を見つめてそう呟けば彼は眉を寄せた。

手に染みこんだ赤は今も落ちない。
目に見えずとも、この手はまだ汚れている。
絵具のように、手を洗えば終わりじゃない。
あの赤色は罪という名前で、今も確かにここにあった。

「…君は晴れて、B級になったわけだが。どうする?どの部隊に入りたいとかはあるか?」
「あると思いますか?」
「念のため聞いただけだ。あるとは思ってない」

誰かいい人を探しておこう、と彼は言った。

「一人でいいです。そうあるべきでしょ?」
「それはそうだが。そうはいかないだろ。まぁ、少しの間保留ってことにしておくか」
「そうしてください」

それじゃあ次の話に変わるぞ、と彼は言った。

「トリガーの設定だ。どうする?」

トリガーの種類の書かれた資料に視線を落とす。
思いの外種類があるんだな、と思いながら彼と話をしつつ自分に必要そうなものを選んで行った。


新たなトリガーを受け取り今度こそ逃げようがなくなったなとため息をつく。
昇格祝いに飯でもいくか?という彼のお誘いを丁重に断り俺は1人本部を出た。

「お、きたきた」

少し遅くなったが、入れるだろうかと思いながらいつもの場所へ向かっていれば見覚えるある彼を見つけた。

「…迅さん」
「昇格おめでとう。ぼんち揚げ食べる?」
「結構です。あの、何してるんですか?」

ちょっと聞きたいことがあって、と彼は笑った。

「遊真との戦い見たよ。すごかったな」
「…どうも」
「随分と戦い慣れしてみえたけど。どっかで何かしてた?」

別になにも、と答えればそっかと彼は笑った。

「俺の思い違いみたいだ。あ、そうだ今度一緒に任務行こうよ」
「迅さんってS級じゃ…」
「もうA級になった」

あぁ、そう言えばそうだった。
あの黒トリガーは差し出したんだ。

「あ、折角だし俺と組む気ない?」
「は?俺、B級になったばかりですよ。てか、迅さんとは遠慮したいです」
「遊真と互角だったんだから戦力として申し分ないよ。支部は違うけど組めるかな…?忍田さんに頼んでみよう」

…なんなんだ、この人。
勝手すぎる。
いや、今に始まったことではないか。

「楽しみにしてるよ、榎本」
「…全然楽しみじゃないです」
「ひどいな。けど、忍田さんの命令なら従うだろ?」

…はい、と答えればそう言うと思ったと彼は満足げに笑った。

「じゃあまたな」
「…失礼します」





彼から離れるふりをして、後ろを振り返る。
ついていったら何か面白いものが見れると俺のサイドエフェクトが言っていて俺は彼の後を追いかけた。

彼は途中花屋で花束を買った。
彼女にプレゼント?なんて考えていれば彼は市内の大きな病院に入って行った。

「お見舞い?」

彼の乗ったエレベーターは最上階で止まった。
俺も後を追うように最上階のボタンを押す。

周りを気にしながらエレベーターを下りれば真っ白な廊下が目の前にあった。
静かでなんの音もしない廊下に俺の足音だけが響く。

彼の入った部屋はどこだろうとプレートを見ながら歩いていれば話し声の聞こえる部屋があった。

榎本の声だ。

「今日、B級隊員になったよ」

その部屋のプレートを見れば榎本伊吹(10)と書かれていた。
同じ苗字だし…妹かな?

「散々やりたくないって言ってたのにな」

怪我か?病気か?

「来るの遅かったけど俺はもう帰るよ。… じゃあ」

あ、ヤバイ出てくる!?

俺は慌てて物陰に隠れた。
部屋から出てきたのはやっぱり彼で。
さっき、買っていた花束は彼の手にはなかった。
エレベーターに乗り込み、数字が動き出したのを確認してあの部屋をノックした。

「…失礼しまーす」

音を経てずに中に入って、カーテンの向こうを覗きこんで俺は目を丸くした。

沢山の管に繋がれた幼い少女が眠っている。
その少女には見覚えがあった。
彼にトリガーを渡すときに見た未来の少女だ。

と、いうことは彼女が死んでほしい相手?
実の妹じゃないのか…?

起こさないように近づいて周りを見てみれば先程彼が買った花が花瓶に刺さっていて。
ベッドサイドのゴミ箱には僅かに枯れた花が無残に捨てられていた。

花瓶の手前には写真たてがあって、それに手を伸ばす。
よくある幸せそうな家族写真だが、3人しか写ってはいない。
両親とここに眠る少女の3人だけだ。
じゃあ、彼は?

「榎本…」
「なんですか?」

予想してなかった突然の返事。
慌てて少女を見るが目は閉じられたまま。

「そいつは喋りませんよ」

カーテンが風に揺れ、向こう側に彼が立っていた。

「窓を閉め忘れて戻って来たんですけど。何してるんですか?」
「いや…」

…喋らないって、どういうことだ?

視線だけ少女に向ければ彼は気にした様子もなく口を開いた。

「4年前の侵攻の時からずっと眠ってるんですよ」
「…あの日から…」
「起きないでくれてこちらとしては助かってますけどね。それで、どうしてここにいるんですか?迅さん」

ついてきたんですか?と首を傾げた彼に俺は素直に頷いた。

「…そんなことだとは思いましたけど」

彼は俺の横まで来て、窓を閉めた。
静寂に包まれた部屋にピッピッと心拍を教える音が響いた。

「ここを知ってるのは貴方と忍田さんだけです。くれぐれも口外なさらないように」
「…怒らないのか?」
「怒ってますけど、いずれ誰かにバレる日が来るとはわかっていましたから」

申し訳ないとか思ってるんですか?と尋ねられそれにそりゃ少しはね、と答えれば彼は笑った。

「じゃあ、こいつを殺してくれませんか?」

こいつ、と指差されたのは眠っている少女だった。

「ちょ、なに言って…!?」
「…冗談ですよ。迅さん、少し時間ありますか?」
「え、うん。あるけど」

じゃあ、ちょっとついて来て貰えますか?と彼は歩き出した。

さっきの言葉、冗談なはずない。
真面目なトーンだったし、何より彼は彼女に死んでほしいと言っていた。

前を歩く彼についていけば、彼は少し薄暗い路地に入っていった。

「なぁ、どこ行くの?」

声をかけた時、見えた未来に慌ててしゃがんだ。

「あーぁ、外れた」

頭上を通り過ぎた彼の足。
今、未来が見えてなかったら確実に食らってた。
こんなのをずっと、遊真は避けてたのか?

2人きりの暗い路地で彼は何も言わずにしゃがんだままの俺の顔の真横の壁をガンッと音をさせて蹴った。
恐る恐る彼を見上げれば楽しそうに笑っていた。

「あまり、詮索しないでいただけますか?」
「詮索されたら、ヤバい何かがあるってこと?」

笑う彼の目が殺気を帯びていた。
つい最近までC級だったただの学生がこんな目、出来るのか?

「深いとこまで行きすぎないでくださいね」
「え?」
「俺、人は殺したくないので」

静かな路地に場違いに軽い音が流れて、彼はポケットから携帯を引き出した。

「それじゃ、次はないと思ってくださいね」

彼はそう言い残して、携帯を耳に当てて大通りへ戻っていく。
背をあてていた壁から離れて、立ち上がる。

「あんな顔するんだ、榎本って」

戦闘中の太刀川さんみたいな、ギラついた殺気。
彼の蹴った壁に視線を向ければひび割れて、大きく凹んでいた。

確かに少し古い建物だけど、普通たった1度の蹴りでこうはならない。
戦い慣れして見えたのは、多分思い違いんなんかじゃない。
生身でこれって…榎本は何者なんだろう。

「うん、確かに面白いものは見れたけど」

彼の言う行き過ぎた先に何がある?
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