いつ、最後が来るからわからない




戦う目的を与えられた。
戦う術を手にいれた。
けど、意志はきっと生まれていない。
それでも俺は戦うことを選んだ。

忍田さんが与えてくれた目的のため、戦うことに今のところ不満はない。
彼の目的が、俺の大切なものを守ることになるから。
でも、俺は戦うことに抵抗がないわけじゃないし。
出来ることなら、この手はこれ以上汚したくない。

「不吹兄ちゃん!!B級隊員になったんでしょ?先生が言ってたよ」
「お兄ちゃんは正義の味方だねっ」

俺の制服の裾を握り、笑顔を見せた子供達に微笑む。

それでも、そうしなければこの子たちを守れないと言うなら。
この手を汚してでも、戦う覚悟はある。

「じゃあ、行ってきます!!」
「いってらっしゃい。頑張れ」
「お兄ちゃんもね!!」

小学校に走っていく彼らに手を振って、学校に入っていくのを確認してから歩き出す。
さっきまで振っていた自分の手のひらを見つめ、小さく溜息をついた。

いつか、彼らの側にいられなくなる日が来る。
だがら、思い出は作らない。
辛い思いはしたくない。
彼らが手を振るときいつもこれで最後だと思いながら手を振り返すようにしていた。
いつ、最後が来るからわからないから。

小学校に背を向けて、いつもの場所に向かった。
真っ白な廊下を歩き、いつもの時が止まったような部屋のドアを開ける。
白いカーテンが揺れて、頬を撫でた風。
まさかと思い慌てて中に入ればよく知る男がそこにいた。

「…忍田さん…か…」
「不吹?学校は?」
「これからですよ」

遅刻か? と尋ねられていつものことだと答えれば彼は呆れ顔でため息をついた。

「珍しいですね、ここに来るの」
「…一応、な。君が正式にボーダーで戦うことになったことを報告しておこうかと思ったんだ」
「必要ないですよ、そんなこと」

目を覚ましたら死ぬんだから。

俺の言葉に彼は眉を寄せた。

「またそんなことを…」
「他に、方法がないんですよ。俺には」
「…本当に他にないのか?」

はい、と答えれば強く吹き込んできた風がカーテンを大きく揺らした。
カーテンが彼の姿を隠す。
風が止んで元の位置に戻っていくカーテンの向こうから腕が伸びてきて、俺の頭を撫でた。

「何してるんですか」
「不吹は昔から、そんな目をしていた。全て諦めて、何にも期待していない目だ」

忍田さんはどこか悲しそうに眉を下げた。

「…何に、期待をすればよかったんですか?期待できるものなんて、なんにもなかった」
「…そうだな」
「きっとそれは、これからも変わらない」

何かに期待する方法なんて俺は知らない。
俺にできることだけを出来る限りやるだけ。

「期待なんてしてませんよ。今にも未来にも自分にも、もちろん他人にも。だから、忍田さんも俺に期待なんてしないでください」

彼の手を避けて、一歩後ろに下がる。

「貴方の駒で居続けることができるとは限らない。貴方の命令次第では、貴方の敵にだってなります」
「…わかっている。あの子達のためなら不吹はきっと敵にだってなるだろうな。それから、彼女も…」

彼の視線が彼女に向けられた。
眠り続ける彼女を見つめて、彼は俺に向けたのと同じ目をした。
可哀想だと、同情している目。

「…そろそろ学校に行きますね」
「あぁ、そうだ。話し忘れていたことがあったんだ」

彼の言葉に足を止め首を傾げる。

「トリオン体になると私との通信が可能になる通信機がついてる。他の隊員が使う物とは別の電波を使っているものだ。任務の時は使用してくれ」
「…了解です」
「耳に差し込むタイプだから、サイドエフェクトを使うときは外してくれて構わない」

わかりました、と答えて俺はその部屋を出た。





いつもより遅めに学校に着いた。
迷うことなく保健室に向かえばいつも以上に騒がしい。

「おはようございます」
「お、ナイスタイミング!!榎本、ちょっと来い」

先生が手招きをして、俺は首を傾げながらそちらに歩み寄る。

「なんですか?」
「アイツの手当て頼むわ」
「はい?」

視線を彼の指差した先に向ける。

「だーっ、暴れんなって言ってんだろ!!」
「ふざけんな、お前がやるのは絶対嫌だ!!」
「文句言うなよ!!」

知ってる人と知らない人。

「アンタ、保険医でしょ」
「昨日左手怪我しただろ?」
「そうでしたね。酔って階段から落ちるの何回目ですか?お酒も大概にしておいた方がいいんじゃないてすか?そろそろ」

悪かったよ、と言った彼にため息をついてわーわーと騒ぐ彼らに近づく。

「陽介さん、変わってください」
「お?不吹じゃん」
「誰?」

怪我をしてる彼は俺を見て首を傾げた。
怪我をしてる人の前にしゃがみ、血が流れる足を固定するために掴む。

「陽介さん、それください」
「あいよ」

消毒液をガーゼにつけて、流れる血を拭う。
出血の割に傷口は大きくはないようだ。

「これ、押さえてくたさい」
「お、おう?」

傷口に当てたガーゼを彼に押さえて貰って棚を開ける。

包帯…は、やり過ぎか?
でも、陽介さんが一緒にいるとこを見るとボーダー関係者の可能性もあるだろう。
動きやすさとかを考えると包帯の方がいいかもしれないけど、トリオン体になってしまえば関係ないか。

「デカイ絆創膏と包帯、どっちがいいですか?」
「包帯で。絆創膏って剥がすの痛いし」
「わかりました」

包帯と傷口に当てるガーゼを取り出してもう一度彼の前にしゃがむ。
押さえて貰っていたガーゼを取り、新しいのを当てる。
くるくると包帯を巻き終えて、ポケットに手を突っ込む。

「どうした?」
「いえ…」

ポケットから出した折り畳みのナイフで包帯を切った。

「え?」

目の前の彼が目を瞬かせているのを無視して、端をテープで固定して、ナイフを仕舞った。

「これで大丈夫だと思います」
「サンキュー。スゲェ綺麗だな」

巻かれた包帯を見ながら言った彼にいえ、と返事をして立ち上がる。

「悪いな、榎本。助かったわ」
「不甲斐ない保険医ですいません」
「おいこら、どういう意味だ」

そのままですよ、と答えて先生の方を見れば悪びれた様子もなく白衣のポケットに手を突っ込んでいた。

そんな時放送が鳴って、彼の名前が読み上げられた。

「呼ばれてますよ、なんか」
「みたいだな。ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるから、寝とけよ?」

そう言い残して先生が保健室から出て行って俺はため息をついた。

「すいません、なんか…」
「別に、お前がしてくれたから平気だぜ?んで、お前米屋と知り合い?」
「はい、一応」

陽介さんが秀次の紹介でな、と言って俺の肩に腕を回した。

「コイツ、強いんだぜ」
「お前ボーダーなのか?」
「強くはないですけど、一応ボーダー隊員です」

俺のこと知ってるか?と尋ねた彼に首を傾げる。

「俺、出水公平。A級1位の太刀川隊所属な」
「A級1位…」

ちょっと待て。
それって、遠征に行ける人たちだよな?
この人、もしかして…

出水と名乗った彼の顔をじっと見つめて、頭の中でこの間の人と繋がる。
…この人黒トリの争奪戦の時、俺を見つけた人だ。

「どうした?」
「え、あぁ…いえ。えっと、榎本不吹です。昨日B級に上がったばかりで隊にはまだ所属していません」
「上がったばっかなのに、強いのか?」

出水さんは陽介さんの方を見る。

「例の黒トリガーの白チビと引き分け」
「へぇ…」
「訓練用のトリガーだったから、まぐれで引き分けただけですよ」

今度対戦しような、と笑った陽介さんに出たよ戦闘狂がと出水さんは笑った。

「俺とも機会があればやろうぜ?」
「…機会があれば、お願いします」

生身でやったからもうやりたくないけど。
まだ治りきってない傷がじくりと痛んだ気がした。

「じゃあ、戻るか」
「だな。じゃあな、不吹」
「またなー」

保健室を出ていく2人を見送り、俺は使ったものを片付ける。

「バレてなくてよかった」

暗かったし、顔は見られていなかったようだ。
片づけを終えてさっさと寝てしまおう、と思っていればガラッとドアが開く。
そこにはたった今出て行ったばかりの出水さんがいた。

「出水さん?どうかしましたか?」
「さっきいい忘れたんだけど、ナイフなんて危ないもん持ち歩くなよ」
「…あぁ、はい」

じゃあな、と彼は笑顔を見せて出ていく。
危ないもん、か。

ポケットの上からナイフを撫でて俺は首を横に振った。

「トリガーだって似たようなもんですよ」

…あれでも、人は傷つけられる。
死なないのはトリオン体になっているからだ。
殺そうと思えば、生身の人間なんて容易く殺せるだろう。

「危ないと思ってるだけナイフの方がよっぽどマシじゃないですか?」

俺は1人そう呟いて、ベッドに潜り込んだ。
再びドアが開く音がして、ベッドのカーテンが開けられる。

「アイツら、もう帰ったのか?」
「帰ったよ」
「そうか。じゃ、おやすみ」

大きな手が頭を撫でて、俺は瞼を下した。
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